升目世界の謎
一同は襖の奥へと移動した。
そこは百畳もある広い部屋で、巨大な双六の盤面が広げられていた。
「なんて大きなスゴロクですかぁ!!」
「このわし自慢の特大絵双六……日本各地の妖怪名所をめぐる遊びにゃ……その名も『猫又道中妖物双六』じゃらほい!!」
その名のごとく、スゴロクの升目には日本各地の風景と妖怪が描かれていた。
上りは猫又坂の上にある『古御所の妖猫』とある。
「お大尽というだけあって、贅沢な双六をつくりやがって……」
紅羽がひがみっぽい眼で猫又大尽を見る。
「まずは客人から骰子をふるじゃらほい! 当人が駒の代わりになって升目にいくにゃよ」
次第高がお手玉ほどもあるサイコロをふたつ、黄蝶に放り投げて、それを受けとった。
「わかったのですぅ!!」
「待て……細工がないか、調べさせてもらうのじゃ」
「好きにするじゃらほい!」
「イカサマ骰子は中に鉛の錘を入れて、同じ眼ばかりが出るという……なんどか振ってみるのじゃ」
双六は七世紀ごろに中国から日本に伝わったといわれ、偶然に頼る遊びであるから、賭博につかわれることが早かったという。
「あたしにまかせちゅか!」
紅羽がサイコロ二つを五回ふってみたが、出る眼はニ、四、一、六、三と、ばらばらだ。
「それじゃあ、ふるのですよ!!」
黄蝶がサイコロを振ると、六の目が出た。
「やったのですぅ!!」
「いきなりついているなあ……さすが双六名人だ……」
「へへ~~んなのですぅ!!」
三人が猫の額ほどの升目に人間駒となって移動すると、急に視界が変じた。
真夜中のカボチャ畑に立っている。
「ここはどこだ?」
「そこは絵双六の升目の中の世界じゃらほい……」
夜空に大きな白猫の顔……猫又大尽の顔が映った。
元の奥座敷では、絵双六の升目の上で次第高が覗きこんでいた。黄蝶たちが升目の絵の中にいるのだ。
「でかっ!!」
「そこから出るには、升目の番人のだす試練を受けるじゃらほい……」
「升目の番人だとぉ!!」
「どれ、客人にも見せてやるにゃ!!」
次第高が「にゃあんだら~、にゃんぶら~、にゃんじゃらほい!」と叫ぶと、盤上に立体映像妖術で黄蝶たちの姿が映った。
黒蘭・千代松はもとより、狸坂や狐坂の長、猫又の華客たちもその姿がわかり、どよめいた。
升目の中の世界では、カボチャ畑の蔓や葉がいっせいに伸び、それがビュルビュルと一ヶ所に集まり、何かを空中に形成していった。
「うわわわ……蔓草が人間みたいになってきたぞ……」
蔓草は一人の手足胴体を完成させ、葉っぱの両手が細い蔓の首から伸びたカボチャを持っている、奇怪なお化けが現れた。
黄色く熟したカボチャの実の表面に恨みがましい怨霊の顔がついている。
「ぴえええっ!! カボチャのお化けなのですぅぅ!!」
「作物妖怪の一種じゃな!?」
「おれは『砂村の怨霊』だぁぁ……さて……お前たちになぞなぞをだすぞぉ……」
「なぞなぞ?」
「ずんこけ~~…なんだこの展開?」
「砂村の名物はカボチャとネギですが、カボチャお化けとネギお化けが盆踊り大会で踊りました。上手に出来たのはどちらだぁぁ?」
砂村は現在の東京都江東区の砂町で、江戸時代から野菜作りが盛んであった。
ちなみに砂村三寸ニンジンも名物ですよ。
「なんだそれ! そんなの急にいわれてもなあ……」
「なぞなぞに答えられないと、振り出しに戻るぞぉぉ……」
「えええええっ!?」
「……う~~む……カボチャとネギのお化けが盆踊り大会……なぜそんな事をするのか、理解不能じゃ……」
「怨霊の盆踊り……カボチャもネギも踊りがうまいとは思えないけどなあ……」
竜胆と紅羽が頭をひねるが、答えが皆目わからない。
黄蝶が小首を傾げ、両手を拱いて考えていたが、
――カボチャとネギの違いはなんでしょう……カボチャは甘いです……ネギは辛いですけど、煮こむと甘いです……ネギは葉が丸まった野菜で、カボチャは蔓から実がなる野菜です……そういえば以前、かぼちのヘタを持って運んだら、落としちゃって怒られたのですぅぅ……あっ!
「わかったのですぅ!!」
「なにいぃぃぃぃ……わかったのかぁ!! 黄蝶!!!」
「答えは……盆踊りに勝ったのは、ネギのお化けですぅぅ」
「えっ……なんでだよ? そのココロは?」
「カボチャはヘタがあるので、盆踊りも下手なのですぅぅ!!」
「なんだそれっ!! カボチャお化けが気を悪くするぞ!!」
砂村の怨霊こと、カボチャお化けがじ~~っと三人を恨みがましい表情で見ていたが、
「……大正解!!」
紅羽と竜胆が「ずんこけ~~」とずっこける。
「なんじゃそれは……」
「ノリについていけないよぉ……」
紅羽と竜胆が脱力して膝をついたが、黄蝶は小躍りして喜んだ。
「ニマス進めるぞぉぉ!!」
「やったぁぁ!! 黄蝶はなぞなぞも得意なのですぅ!!」
すると、元の巨大双六の盤面に戻り、二マス進んだ。次第高が瞳孔を収縮させ、
「おおっ!! 凄いにゃ!! あんな難しいなぞなぞをあっさり解いたにゃ!!」
「黄蝶ちゃんの大活躍でありんす!!」
千代松と黒蘭の兄妹も大はしゃぎだ。
「なんじゃらほい!? ……あのなぞなぞを解くとは……あの人間の娘っ子、只者ではないにゃあ……」
猫又大尽の猫の目が怪しく光った。
次に次第高がサイコロを振ると三の目がでて、三マス進んだ。
升目には『茂林寺の釜』とあり、山中にある茂林寺の境内に、昔話で有名な分福茶釜が番人として登場した。
「よくぞ来たポン……この絵を読み解いてみろポン!」
分福茶釜が出した絵の掛け軸には、大きなガマガエルが茶碗で御茶をたてる絵であった。
こんどは黄蝶たちが盤面の立体映像妖術で次第高の様子を中継で見ている。
「ガマガエルのくせに、神妙な顔で茶をたてて、何してんだ?」
「判じ絵の絵解きじゃな……茶道の奥義を現しているのじゃろうか?」
「いや、そもそもガマガエルは茶なんて飲まないだろう?」
「黄蝶は答えがわかったのですぅ!!」
「わわわ……口に出すなよ、黄蝶!!」
その頃、升目の中の茂林寺の世界では、次第高がニヤリと笑い、
「答えは茶ガマ……つまり分福どんと同じ茶釜じゃらほい!!」
「大正解だポン!! 六マス進んでいいポン!!」
「にゃふふふふふ……」
意気揚々と特大絵双六の升目を進む猫又大尽。
その様子を竜胆が見やり、
「まて、次第高……やけに答えが早いが、もしかして、この絵双六は何度もやりこんで、謎々の答えを知り尽くしているのではないかのう?」
「にゃふふふふ……わしはこの絵双六を三十年も遊んでいる……そうかもしれんじゃらほい」
「くそぉぉ……しまったぁぁ……」
イカサマではないが、圧倒的に不利な条件の天摩くノ一三人衆……
しかも、このままずるずると時間が過ぎれば、三人はしだいに猫化してしまうという時間制限があるのだ。
どうする、どうなる……天摩くノ一衆!?




