蟷螂の斧
「こうなったら、火遁術で先制攻撃よっ!」
「待てい、紅羽! 町方同心の前で忍法を見せるのはまずい……我らは忍びであるぞ」
「あっ、そうか……でもでも……」
紅羽が地団駄をふむ間に、轟竜坊はいつものペースで町方同心と十手持ちをからかう。
「おい、ヘボ同心に岡っ引きぃ……初めて見た妖怪の感想はどうじゃ?」
「ひえええええっ……化け物だぁぁぁぁ……」
轟竜坊が皮肉ると、田亀武兵衛も赤鼻の源五郎も青い顔で震えている。
「むむむ……まさか本当にいるとは……しかし……何もこんなでかい化け物でなくても……」
「この妖怪が辻斬りの真犯人じゃぞ、捕まえたら町奉行所の大手柄じゃぞい」
「おおっ、そうだった……“蟷螂の斧”の故事もある、大きくてもたかがカマキリ……退治をして田亀武兵衛の武勇伝にしてくれるわい」
『蟷螂の斧』とは、「蟷螂降車に向かう」「蟷螂車を返す」ともいう故事だ。
「韓詩外伝」にこうある。春秋時代の中国・斉国の気性の荒い君主・荘公光が、ある日、馬車で狩りに出かけた。道に虫が一匹、前脚をふりあげて馬車の車輪に向かってきた。
荘公光は「なんという虫か」と御者にたずねた。御者は「蟷螂(カマキリ)といって、己の力のほども考えずに、突き進むだけで、退くことを知らない」と説明した。
荘公はこれを聞いて、「もしもこれが人間ならば、天下の武勇の者である」と言って、馬車の向きを変えて、カマキリを避けて通った。武を好んだ君主らしい話が世の中に広まると、命を捧げる君主はこの人とばかりに全国の勇士が次々と荘公に集まったという。
この話は日本にも伝わり、カマキリは勇気のシンボルとして、戦国時代に兜の立て物にもなった。
「さすが、田亀の旦那は学があるね。そうでやすね、たかがカマキリの大きいのだ!」
田亀同心が太刀を抜き、源五郎親分が十手をかざして突撃する。
だが、じっとして動かない大カマキリが突如、前脚の鎌をブンッとふるって、刀身と十手を跳ね返し、田亀と源五郎は風圧でひっくり返る。
「ひいいいいいいいいい……殺されるぅぅぅぅ……」
「やっぱり、大きさが違いすぎるよ、旦那ぁぁぁぁぁ……」
「蟷螂の斧」だが、現在の日本では、「平家物語」にある『牛車に立ち向かう蟷螂の斧』の諺のほうが有名になった。これは、弱者が己の力量を知らずに強敵と戦うという無謀さをいましめる、真逆の意味の諺である。
「なんじゃい、だらしがないのう……ひっく……」
田亀と源五郎は四つん這いで轟竜坊の背後にまわって隠れた。
「「轟竜坊先生! どうか、お助けを!」」
「変わり身がは早いやっちゃなあ……だが、先生と呼ばれると気分が良いわい。ど~~れ、ちょっくら相手してやろうかいの~~ひっく……おん・きりきり……」
羽黒修験者が錫杖を地面につき、遊環をジャラジャランと鳴らした。
「おん・きりうん・きゃくうん……霊縛法・不動金縛り!」
轟竜坊が練った〈神気〉が錫杖を伝わってカマキリ妖怪の複眼に放たれた。怪昆虫がビクンと巨体をしならせ、動きを止めた。羽黒忍法・心の一方は対人間相手の金縛り術であるが、霊縛法・不動金縛りの術は悪霊や妖怪の動きを封じる術である。
「おおおおおおおおっ!」
田亀、源五郎、紅羽たちくノ一、鎌鼬兄弟も驚愕と称賛の声が自然と出た。
「さすが轟竜坊先生!」
「カマキリの野郎、ざまを見ろってんだ!」
子供のようにはしゃぐ田亀と源五郎。が――ミシッ、ミシッと音がした。見上げると、カマキリが震えている。やがて、重い枷をかなぐり捨てるように、大カマキリが再び動き出した。
「もう……ダメだぁぁぁぁぁ……」
田亀同心と赤鼻の源五郎が泡を吹いて気絶した。
「ぬぬぬぬぬ……〈神気〉が足りなかったかのう……」
「轟竜坊のおっちゃんが酔っぱらってたから、術が弱かったんじゃないの?」
「や、やかましいわい……ひっく……それにおっちゃんとは何じゃ! ……うぃ~~~ひっく……」
紅羽のジト目に赤ら顔の轟竜坊が文句をいう。だが、酩酊状態で大量の〈神気〉を放出した轟竜坊もまた、酔いがまわって気絶した。坂道にドテンと倒れ込む。
「あ……イビキをかいている……ダメだこりゃ……」
「こうなったら、私たちがなんとかしないとです!」
「うむ! 妖怪退治忍の出番じゃ!」
さて、頼りの轟竜坊が酔いつぶれ、くノ一三人娘はいかに大妖怪と戦うのであろうか?




