大妖怪出現!
そこへのっしのっしと、坂の下から大柄な山伏が上ってきた――轟竜坊だ。
「あっ、もう商売仇がやってきたよ……」
それを察した鎌鼬三兄弟が姿を草むらに身を隠す。
「ううむ……さぞかし、氷川神社で霊気を集めたのであろうて……むむっ……」
「うわぁぁぁ……なんだかお酒臭いですぅぅぅ……」
くノ一達が鼻をつまむ。酒の匂いをぷんぷんさせてご機嫌のようだ。
「うぃぃぃ~~~、ヒック……よう、くノ一ども! 息災であるか」
「息災であるか、じゃないよ! 日が照っているうちから酔っぱらっちゃって……」
「最低の妖怪退治人ですぅぅぅ……」
「飽きれた破戒僧よのう……神社で座禅をせずに昼間から酒を飲むなぞ……宗教者は不飲酒戒、酒を飲むと堕落し、悪の道にさまようのじゃぞ!」
一同が鼻をつまんでなじる。
「ぶるぁあああああ……まあ、そう硬い事いうなって……薬じゃ薬、『般若湯』じゃ……春とはいえ夜は冷えるでのう……」
禅寺系では酒を厳しく諌めたが、それ以外では薬として多少なら体によいであろう、とゆるみがあった。“般若湯”とは「智恵のわきいずるお湯」という意味で、さとりの知恵を得る薬湯というわけだ。
「座禅を組む前にのどが渇いたゆえ、ちょいと一善飯屋で湿らそうと般若湯を少したしなもうと思ったら、飯屋の客どもが我が輩の妖怪退治話をせがむもので、話しながらグビリグビリと……なっ、店は大盛り上がりになったぞい!」
「詭弁を弄しおって……」
「なったぞい! じゃないよ……昼間から真面目に働いている善男善女に謝れぇぇぇ!」
「ひっく……額に汗する善男善女のみなさん、儂は一足先に御馳走になってしまい、すまんかった……って、じゃかあしいわいっ!」
羽黒山伏は鼻をひくひくさせた。
「むむむ……微量ながら近くに妖気があるような……」
くノ一たちが慌てて鎌鼬兄弟の前に体をずらす。
そこへ、坂の上から山伏の大声を聞きつけた同心の田亀武兵衛と十手持ちの赤鼻の源五郎が駆けてきた。
「やっと、見つけたぞおぉぉぉ、山伏の轟竜坊!」
「御用だっ! 御用だっ!」
「なんじゃい、タガメにゲンゴロウか……水田の嫌われ者たちよのぉぉぉ……」
「うるせぇい! うぐぐぐ……人が気にしておることを抜け抜けと……」
「やいやい、神妙にお縄につきやがれ!」
これに山伏・轟竜坊はしゃっくりで答えた。
「むむっ……儂らが必死に探している間に酒を飲んでいたのか……」
「てめえ、この野郎! ふざけるのも大概にしろい!」
「そういうな、これから妖怪退治ゆえ景気づけじゃって……うぃ~~~ひっく……」
「ま~~た、トンチキな事いいやがって……こちとら生まれてこのかた、妖怪も幽霊も見た事がねえやい!」
「源五郎のいう通りじゃ、儂も妖怪がいるのなら一目会ってみたいわい……」
田亀同心と源五郎親分が莫迦にしたように笑い出す。そこへ、坂の下から轟々と風の音がした――闇夜の坂道を枯葉や砂塵をふくんだつむじ風が上ってくる。運動場などに発生する小さなものではなく、三階立ての建物もある高さと規模があった。
「どうやら……妖怪と初御目文字になりじゃな……タガメにゲンゴロウ、あれが辻斬りの真犯人じゃい……ひっく!」
「「なにぃぃぃぃぃぃ?」」
同心と岡っ引きがそちらを見ると、塵旋風が砂埃を巻き上げて傍らにせまっていた。
「うわっぷ……」
一同が腕で目を覆い、そろりと伺い見ると、塵旋風は治まってきた。が、ドスンと地鳴りを上げて何かが眼前に降り立った。一同の体がゆれ、何事かと見上げるとそこに異様なものがいた――
地面に深緑色の大木が斜めに傾き、その少し上から折れ釘のように曲がった細長い樹木が四方に扇型に根をおろし、その上をたどると深緑色の大鎌のような枝が二つ、こちらを拝むように向かっていた。
そして、大木の上には逆三角形の顔があった――そう、これは大木ではなく巨大な昆虫であった、しかも、三階だての建物の大きさもある大蟷螂だ。
「「うぎゃあああああああああああああああああああああああああああ!!!」」
田亀同心と赤鼻の源五郎が抱き合って恐怖の悲鳴をあげた。
「うぬぬぬ……これほどの大妖怪じゃとは……ひっく……」
豪胆な羽黒山伏も呆然と見上げた。それは鳳空院の妖怪退治人たちも同様だ。
「又二郎のやつ、何が一丈(3メートル)の大カマキリだよ……火の見櫓より大きいじゃないか!」
「ぴえ~~ん……カマキリさん怖すぎですぅぅぅ!」
「むう……聞きしにまさる大妖怪よな……」
「か、鎌之助のやつ……成長期にもほどがあるわや~~~~!」
紅羽の文句に、草むらに隠れた鎌鼬兄弟も驚いている。これは越後から江戸へ来る途中、人知れず多くの人間の血を啜りあげて、魂を喰らったことを意味する。ここまで巨大化するには、一体どれほどの犠牲者がいた事か……その事実に思い当たり、くノ一達と鎌鼬達は言葉に詰まり、背中に冷たいものが走る……
大蟷螂は畳ほどもある複眼が二つ、頭部に枝垂れ柳のような長い触角が垂れ下がっている。さらに大顎は複雑に分岐していて、カッと開くと、映画「プレデター」の狩猟宇宙人のように不気味だ。しかし、上下左右に開閉する口吻は精巧にできていて、大自然の奥深さに感嘆としてしまう。




