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妖霊退治忍!くノ一妖斬帖  作者: 辻風一
第二話 妖刃!鎌鼬斬り
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暮れなずむ坂で

 春のお日様はとっぷりと暮れ、夜のとばりに覆われていく。


 遠くの陣から暮六くれむつ(午後6時)をつげる鐘の音がごおぉぉぉ~~~~ん、と鳴り響いてくる。


 くノ一三人娘と鎌鼬かまいたち三兄弟は暗闇坂の中ほどで合流する。鐘の合図で一度ここに集合する予定だった。紅羽が一本松町の茶屋で借りた提灯ちょうちんに明かりを点す。


「……誰も口を切らないところを見ると、辻斬り妖怪のすみかはわからなかったようだね…… 」


 一同は悄然とこうべをたれる。


「結局、轟竜坊さんのいう通り、日が暮れて動き出したところで戦うことになったですぅ……」

「うむ……こうなれば鎌鼬兄弟にいておきたい。鎌之助とやらいう風妖怪の情報をのう……」


 竜胆が妖怪兄弟たちに促し、紅羽と黄蝶もしゃがみこんで小さな鎌鼬兄弟に目線を合わす。

 カマイタチの長兄・又一郎が重い口を開いた。


「……それにはまず、俺たち鎌鼬と風妖怪の事情を説明します……」


 そもそも、鎌鼬かまいたちとは東北から中部・近畿にかけての雪国でのみ起こる怪事で、人間の足に斬られたような刀傷をおきるが、痛みはなく、出血もしない現象のことである。これは人の目に見えない妖怪・鎌鼬が旋風つむじかぜと共に現れて出会った人間を傷つけるためと考えられてきた。


 まず鎌鼬の長兄が人を転ばせ、次兄が人を斬り裂き、三男が薬をつけていく――ために、いつの間にか足に傷ができて、出血もせず、痛くないという怪異に出会った雪国の人々は、これは妖怪鎌鼬の仕業とおそれた。


「しかし、なんでまた、カマイタチ一族はそんな妙な事をしたんだ?」


「それはですね、紅羽の姉御あねご、俺たち風妖怪の縄張りの山に人間が入り込んだのが悪いんですぜ……ちょいと、これ以上入り込むなと、いう警告でさあ……」


 鎌鼬の又二郎が前脚の爪を鎌の形状に変化させて「いひひひひ……」と、危険な笑い方をする。確かに鎌鼬のでる山ならば気味悪がって人は敬遠する。


「なるほど……縄張り行為ね……」


「昔から我ら風妖怪と人間はおたがいに山と里にわかれて棲み分けでおりやした。俺たちは山の神霊の末裔です……だけど、人間たちに神道や仏教が流行りだして、古来から続いた山の神は信仰がすたれ、妖怪に堕ちていきやした……」


「だから、俺たち鎌鼬一族が風妖怪の国まで入り込まないように見張っているんでさ……いひひひ……」


 又一郎の説明に、又二郎が割り込み妙な笑い方をする。


「でも、山に入り込んだ人間に限っての話だっちゃ。人間の里まで行って警告なんてしないっちゃよ……」


 末っ子の又三郎が力説する。黄蝶がそのなまりを不思議に思って口に出す。


「そういえば、又三郎さんだけ、お兄さん達の訛り方と違いますね……」


「ああ……これは私が隣の越中国富山の薬屋修行に行ったときに、そちらの言葉がうつったちゃ……ちゃーちゃー弁を話さない富山の薬売りも変なのでこのままでして……」


「なるほどなのですぅ……」


「ところで、肝心の鎌之助とやらいう辻斬り妖怪のことじゃが……」


 竜胆が話を本題に戻す。


「そうでしたね……鎌之助は昔から野心を秘めていた奴でして、北陸の風妖怪の元締めの座を狙っていたようです……奴は越後国は三島郡みしまぐんにある鎌切坂かまきりさかで生まれた風妖怪です」


「鎌之助の野郎……おきてをやぶって里に下りて密かに人間を襲って血を吸っていたそうですぜ……それがばれると、風妖怪の追手をかわして行方不明になっちまいまして……」


「やっと見つけたのは隣の越中国えっちゅうのくに血槍坂ちやりざかでして、そこの坂で転ぶと鎌で斬り裂かれたような傷跡ができて、黒い血が流れっぱなしになって人間を苦しめたという話が耳に入りましてね……」


「そこで俺たちや風妖怪の仲間が捕縛に向かったんですが、鎌之助の野郎……昔は俺たちよりチビスケだったくせに、人間より大きくなって驚いたぜ……ありゃ、一丈(3メートル)はあったな……」


 又一郎と又二郎が交互にその様子を語る。


「一丈かあ……あたし達よりでかいなあ……」

 と、紅羽が思わず唸る。黄蝶と竜胆も同様だ。

「……鎌で斬るのは縄張りを示すため……人間を苦しめるなんて風妖怪の名折れだっちゃ……」


 そこへ黙っていた又三郎が口をはさむ。薬をあつかう鎌鼬なだけに怒りを押し殺しているようだった……


「又三郎さん……」


 黄蝶が胸を締めつけられたような声を出す。


「ともかく、追手に囲まれた鎌之助は大暴れして仲間を傷つけ、背中の羽根を伸ばして羽ばたき、俺たちを吹き飛ばしてから夜空に飛んで逃げたんですよ……」


「ん? ちょっと、待て……背中に羽根ぇぇぇ? お前たちカマイタチの背中には羽根があるのか?」


 紅羽が鎌鼬兄弟の毛におおわれた背中をのぞき見る。


「俺たちにはそんなもんねえですよ、紅羽姐さん……鎌之助はカマキリですから羽根があるです」


「「「ええええええええええっ!!!」」」


 三名のくノ一が驚きの声をあげる。


「鎌之助って、お前たちと同じイタチの姿じゃないのか?」


「てっきりそうだと思ってたですぅ……」


「妖怪にも色々ありまして、たとえば猫が十七年長生きして妖怪・猫又ねこまたになり、古い唐傘からかさが九十九年たって妖怪・唐傘に変じるのは聞いたことがあるでしょう……でも、風の妖怪というのは山のいんの気が集まって生まれるので、そりゃあ、さまざなな姿をしてます。鎌之助は草木を枯らせる秋の気・『粛殺しゅくさつ』が坂の下の吹きだまりで妖怪となったものです」


「へえ~~~、そうなんだ……」


「伊勢の風神大王・一目連いちもくれん様は一つ目の龍ですし、越後の風神大王・の窮奇きゅうき様は翼の生えた虎の姿をしておりやす」


「龍に虎か……いろんな妖怪がいるねえ……」


「まあ、八百万の神もさまざまな姿を持つからのう……」


 そして越後の風妖怪たちは各地に手分けして逃亡した鎌之助を探す旅に出た。又三郎たち三兄弟は江戸でようやく足取りをつかんだわけだった。


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