脅威!吸血旋風
「ほぉれ見たか、俺様の必殺技・衣刻みを……素肌を傷つけねぇで衣服のみを斬り裂くだわや……妖怪剣豪と名高い俺様ならではの上級技なんさ~~!」
「いいぞっ、おんちゃま(弟)よ! あと一撃ですっぽんっぽんなんさ~~」
はしゃぐ鎌鼬兄弟に片手で裂かれた布を押さえる紅羽たち。
「……なんだか、急に訛ったのですぅ……」
「しかも、悪ガキみたいな喋り方になったのう……」
「こぉ~~のぉぉぉぉ~~~……イタズライタチどもぉぉぉ!!!」
紅羽が物凄い形相となり、怒りで赤い陽炎をたちのぼらせ、馬尾結びが怒髪天を衝く勢いだ。
「ひえええええええええええっ! 兄者……あの娘、なまら怖いさ……」
「何もそんなに青筋たてて怒らんでも……」
気圧された鎌鼬兄弟が青ざめた。
「天摩流、火遁・火鼠連撃!」
赤い〈神気〉で練られた火炎弾が連続して兄弟妖怪に直撃。全身が火ダルマになって炎上。
「ギャアァァァァァ~~~~ス!」
「消し炭になるぅぅぅぅぅ……」
「熱いか……ならば冷やしてくれようて……氷遁・吹雪連撃!」
青い〈神気〉で具現化された氷の結晶が吹雪となって鎌鼬兄弟を覆い、雪ダルマと変えた。
「ギニヤァァァァァァァ!」
「冷凍イタチになるぅぅぅぅ……参りましたろ~~」
……かくて、鎌鼬兄弟はあっという間に惨敗し、降参した。
「この性悪イタチどもめ、どうしてくれようか……」
紅羽と竜胆が腕を組んで凝視する。大事な着物がズタボロだ。
「ま、待ってくださいっちゃ! 兄たちをお許しください!」
そこへ坂道から風呂敷包みをかついだ菅笠の行商人が走ってきた。
「あっ! あなたは……越中富山の薬売りのお兄さん……又三郎さんですね!」
「おっと、驚いた……さっきの娘さん……黄蝶ちゃんですね……」
「なんだぁ? 知り合いか黄蝶?」
「はいですぅ……さっき一本松でサビ猫ちゃんに引っかかれた手を手当してくれたのですぅ……」
「そうか……大事な妹分の黄蝶を手当してくれてありがとう、礼をいう」
紅羽が又三郎に頭を下げた。
「いいんですよ……困ったときはお互い様だったちゃ。黄蝶ちゃん、もう布はとってもいいよ……」
と、いって薬売りの又三郎が黄蝶の右手の平の布をほどく。すると、引っかき傷がほとんど完治していた。
「これは……!?」
「私の故郷・越後国に生える薬草に霊力を練り込んだ秘薬です。治りが早いっちゃよ……それから着物が斬り裂かれてるっちゃね……兄者の又一郎、チイ兄者の又二郎の仕業ですね……」
「ええ……まあ……」
「お詫びに私が衣服を修復します……妖術・衣戻し!」
又三郎が両掌から白い妖気を出した。すると、黄蝶たちのズタボロ状態の忍者装束がカメラの逆回転のように復元していく――
「おおおおっ! すごい妖術だ……」
「うむ、兄たちに比べ出来た弟御よのう……愚かな兄どもは末っ子の爪の垢を煎じて飲むのじゃ!」
「へい……姐さん・俺たちには過ぎた弟でして……」
「姐さん? なんじゃその呼び名は……」
「へい、さぞかし名のある姐御と見受けましたら、どうか姐御と呼ばせてください」
鎌鼬がへへ~~とばかりに土下座する。
「おいおい……」
一方、黄蝶は又三郎にたずねる。
「……やっぱり、又三郎さんはこの鎌鼬さん達の弟なのですか?」
「はい、この通り……」
又三郎がその場で一回転すると、煙が出でて、ポンッと音がして茶色い毛皮の可愛らしいイタチに変化した。
「やっぱり……妖怪だったのですね……」
なんともいえない表情をした黄蝶。それに竜胆は気がつく――
(……黄蝶…………もしや…………)
「それにしても、かまいたち……じゃなかったお前たちみたいな悪童妖怪が辻斬りの下手人とは思えないなあ……」
鎌鼬の兄が頭を上げて紅羽に語りだした。
「へい、紅羽姐さん。実は俺たちの故郷・越後国の風妖怪のなかに鎌之助という奴がいまして……」
「鎌之助? なんだか講談の真田十勇士みたいな名前だなあ……」
「その鎌之助が我ら風妖怪の掟をやぶって人間を襲い、風神大王・窮奇様が罰として地中深くに封印しようとした直前、越後国から逃走しまして……」
「それで江戸へ?」
「へい、窮奇様の命令で俺たち鎌鼬三兄弟が討伐にやってきたんで……」
三匹の鎌鼬がくノ一たちの前にかしこまる。暗闇坂に出没した辻斬りが鎌之助だとふんだ兄弟妖怪は朝から坂の崖や木々の繁みを捜索中、長男と次男が紅羽たちと轟竜坊の対決を目撃してチョッカイを出したということだ。
そこでくノ一たちと鎌鼬三兄弟は手分けして暗闇坂に潜む凶悪妖怪が陽光を避けて眠りにつく棲み処を探して捜索した。が――見つからないまま、太陽は沈みだし、木の下闇の影が濃くなり、青い闇空と変わっていった――
暗闇坂の土塀の向こう――空き屋敷となった武家屋敷の誰もいない古井戸。井戸の木枠によじのぼるヤモリが羽虫を食べよう這いよるが、井戸の底からゴウゴウと風音が聞こえてきて、慌てて草むらへ逃げようとした――が、古井戸の蓋を破砕し、不気味に回転するつむじ風が地の底から出現した。
妖気のただよう旋風はヤモリや空中を巣に戻ろうと飛んでいた野鳥を巻き込み、渦の中に取り込んだ。魔風の生んだ真空の刃がヤモリと野鳥たちを切り裂き、噴き出た血が真空空間に吸い込まれていく……
「……足りぬ……この程度の小動物の血では渇きが癒せない……やはり、人間の血を啜り……魂を喰らわねば……キリキリキリキリキリ…………」
意思を持った吸血旋風が暮れていく夕空にむけて不気味に蠢動をはじめた――




