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妖霊退治忍!くノ一妖斬帖  作者: 辻風一
第十話 戦慄!吸血女郎蜘蛛
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秋芳尼の推理

「そう、あたしたちは谷中の鳳空院で、妖怪退治稼業をいとなんでいる天摩衆さ」


 紅羽が立ち上がって、片目をつむり、親指で己をさした。


「妖怪退治稼業……僧侶や山伏などが行うという……すると、神通力をつかえるというのですか、あなたたちは……」


「まあね……」


 そういって、紅羽は右の手の平を上にかざし、赤い神気を集め、狐火を発生させ、すぐに消した。


「おおおおおっ!! すごい神通力だわ……」


 素直におどろいて感心する文乃。竜胆は秋芳尼に向き直り、


「文乃殿と他の者が食い違う記憶は、思い過ごしなどではないということですか?」


「ええ……さきほど、この巴屋の女将・お浪さんが話していたでしょう……昨年いたはずの夫の音五郎さんがいなくなった件を……」


「おおっ!! さっきの河原の果し合いで忘れていたよ……似ている……文乃さんの話とそっくりじゃないか!!!」


「えっ……私と同じように、人が消えても信じてもらえない話ですか?」


「はい……もしかしたら同じ術なのかもしれません……」


「しかし……音五郎殿の件はまだ女将のお浪さんに訊いただけの話で、ただの勘違いかもしれまぬ……あとで他の人にも確かめましょう」


「そうですね……まずは文乃さんの案件が、本当に妖術などの可能性があるかをたしかめましょう……」


「おお……秋芳尼殿、なんでも聞いてくだされ!!」


 武家未亡人が真剣な表情となる。


「この不思議な食い違いの話を、筋道立てて考えると、いくつかの可能性による仮設がでてきます……ひとつは、妖術などは関係なく、権六さんをはじめ和久井家の者たちの、なんらかの大がかりな陰謀による芝居であったという可能性です」


「まさか!! 権六は長く長谷川家につかえ、速水家に嫁いでからも私にもよく仕えてくれる従僕です。和久井の大叔父も親切な方で、まさかそんな大がかりなカタリの芝居をするとは思えませぬ!!」


 文乃が真っ赤になって、否定した。

 竜胆がアゴに指をあてて思案し、


「それに……権六殿にも和久井家の者たちにも、なんの利益になることもなさそうじゃな……」


「では……もうひとつの仮説として、妖術などが関連した場合……そのために、文乃さんを調べさせてください」


「私を? はい……」


「そのあいだに竜胆たちは巴屋さんの茶汲み娘さんや常連客に、音五郎さんを覚えている人がいないかどうか聞き込みをしてください……」


「はっ!! ただちに……」


「わかったのですぅ!! まかせて欲しいのですぅ」


「なんだか知らないけど、頭使うより、身体を動かすほうがいいや!! ちょいと、そこの御隠居さん、訊きたいことがあるんだけど……」


 縁台に秋芳尼と文乃が差し向かいで座りなおし、尼僧は武家女の双眸りょうめをじっと見つめた。

 そして、右手を未亡人の額にかざすと、てのひらが淡く光りだし、なにかを推し量っている。


 文乃からしてみれば、なみ外れた美貌の比丘尼びくにのととのった顔が近づき、同性ながら、照れと妖しい感情がわきあがり、ぼっと頬を上気させてしまう。

 法術による霊的診断が終わると、くノ一三人娘ももどってきた。


「常連客や近所の茶屋や飯屋に訊いてみたけど、音五郎って人を知っている人はいなかったよ……」


「堀切村小高園の人達にも訊いたですけど、知らないといわれたのですよ……」


「茶汲み娘のお島殿とおうの殿に訊きましたが、知らないといわれました……ですが、彼女たちの話では、女将の息子の音松殿が……」


「音松がなんていったんだ!?」


「それが……『おいらは父無し子じゃない、父ちゃんは行きずりの旅人ではなく、近くの百姓・音右衛門の息子で、数週間前には一緒に茶屋で働いていた』と、いうのです……おうの殿たちはあの年頃の男の子の虚言だといいますが……」


 巫女剣士の手に入れた情報に一同が色めきたった。


「それは……あとで音松をさがして話を訊いてみないといけないな!!」


「ところで、文乃さんの診断はどうだったのですか?」


「……文乃さんの瞳を調べましたが、妖気の残留も、憑き物の気配もありません……頭脳にも邪気や瘴気などの霊障れいしょうはなさそうです……文乃さんは妖術や催眠術などにかかってはいません」


 竜胆たちが「おおっ!!」とうなずく。


「それは……えっと……つまり?」


 不思議そうな顔をして、文乃が尼僧に訊ねた。


「この世からふたりの男性が消えたという謎……文乃さんの証言が正しいとすれば、まず考えられるのは、記憶改竄きおくかいざんの妖術ですね」


 なるほどと、竜胆がうなずくが、他の三名にはチンプンカンプンだ。

 紅羽と黄蝶がおそるおそる手をあげ、


「あのう……その記憶改竄ってのは、なんですか、秋芳尼さま?」


「どういうことなのですか、御師匠さま?」


「私にもわかるように説明してくだされ……」


 頭にクエスチョンマークを浮かべた三人が尼僧に詰め寄った。


「たとえばですねえ……謎の術者が文乃さんに催眠術か妖術で、始めからいないふたりの男の記憶を、まるで昔からいたかのようにしたことです」


「つまりは……斎木精兵衛と座間与八郎なる人物は謎の術者が文乃殿の頭の中に刷り込んだ模造記憶もぞうきおくじゃ」


「はあ……もっと、わかりやすく教えてほしいのですぅ……」


「あらあら、難しかったですか……催眠術や暗示などで人の記憶を施術者の都合のいいように変えたということですよ……以前、幸菴狐こうあんぎつね殿が、大工の鶴吉親子が地底の狐の国のことを忘却させたことがあるでしょう」


「おおっ……あった、あった……すると、謎の術者が文乃さんをだますため術をかけたのか!?」


「それに何故そんなことをしたかが気になるのじゃ……仮になにかの理由があって、斎木精兵衛、座間与八郎なる者をいなかったものとするとして……なんの利益があるのか、じゃ」


「はああっ!! なぜ、そのような意味不明なことを……私をだましてなんのとくが……」


 文乃がおもわず立ち上がり、周囲を気にして、座りなおした。


 今月はじめに夫の図書助は座間与八郎に殺されたこと……仇討ち旅の助っ人できた斎木精兵衛が酒臭い息をはいて抱きついてきたこと……それが偽造された人間の記憶だというのか。


「莫迦な……しかし……だとすれば……たしかに私は座間という男に逢ったことはなく、訊いただけ……斎木は今月はじめて逢った男……記憶を偽造しやすいかもしれませぬ……しかし、なぜそんなことを?」


「理由はわかりませんが、そう思わせて、惑乱した文乃さんを策謀に落としいれようとすることです」


「策謀……そんな……」


「しかし、さきほどもいいましたが、文乃さんは妖術にも、催眠術にもかかってはいなさそうです……」


「そうでしょう……そうでしょうとも……」


 文乃はほっと胸をなで下ろした。


「すると、もう一つの推測の可能性が浮かびます……」


「それは……どんな推測ですか、はやく教えてくだされ、秋芳尼殿!!!」


「ならば、もうひとつの仮説……他の者たち……権六さんや和久井家の人達に、妖術による記憶改竄をした可能性です」


 これには、文乃はもちろん、紅羽や黄蝶もことばが出ない。


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