スケベ妖怪は金輪際ゆるさない!
「そうはいかないよ……さてはお前だな? 暗闇坂で辻斬りをやった妖怪は?」
紅羽が太刀を構えて前にでる。
「とんだ言いがかりですぜ。あっしは通りすがりの渡世人でして……」
「それにしては、剣呑な妖気をまとっておるなあ……」
「ふふふ……妖怪退治人さんにはお見通しですか? 確かにあっしは妖怪でして……」
三度笠に右手をそえる妖怪渡世人に竜胆は薙刀、黄蝶は円月輪を構えた。
「妖怪だけど、あっしが辻斬りの下手人ではございやせん……ワケありでしてね。ここは大人しく手を引いてはくれねえでしょうか?」
「ふん、どうだか……自分が下手人でござい、という下手人はおらぬでのう……」
「それじゃあ、ちょいと怖い目を見てもらいやしょうかな?」
「怖い目を見せるとは、完全にあたし達を見くびっているみたいね……」
謎の渡世人の手を引けという交渉に、紅羽と竜胆もケンカ腰だ。しかし、黄蝶は相手の顔をマジマジとみて、脳裏に引っかかるものがあった。
(あれ? この妖怪渡世人さんの顔……どこかで見た気がするですぅ……)
黄蝶が眉をよせて思い出そうとする。
笹原から、ザザザッと、もう一つの人影が生じた。こちらも三度笠をかぶった渡世人姿だ。
「なにっ! もう一人いたか!」
「いひひひひひひひ……兄者。談判はこじれたようだな……この娘ども、切り刻んじまってもいいかい?」
「ああ……命は取るなよ。ちょいと怖い目にあわすだけだ……」
長ドスを抜いて構える弟は下卑た笑いもらした。
「兄弟妖怪のようじゃのお……しかも危ない性格のようじゃ」
「弟のほうが辻斬りの下手人かもですぅ……」
「よぉ~~し、妖怪退治屋の出番よっ!!!」
三人の女忍者が着物に隠した飾り糸を引っぱる。すると、女侍の羽織袴、巫女の羽織袴、黄八丈の着物がバラバラに分解した。その下からは紫色の忍者装束が現れた。一同は太刀、薙刀、円月輪をもってポーズをとる。
妖怪兄弟がなにごとかと括目する。
「赤い炎の翼! 紅羽参上よ!」
背後に炎の中を飛ぶ赤い朱雀の幻像が浮かぶ。
「……同じく、氷原の龍の牙! 竜胆推参! ……じゃ」
背後に氷原に渦巻く白龍のイメージが浮かんだ。
「花園に舞う風! 黄蝶参上ですぅ~~」
背後に花園に舞い飛ぶ五色の蝶の幻像が映る。
「「「天魔忍群くノ一衆参上!」」」
紅羽と黄蝶が眉毛を2時50分にしてドヤ顔で決めポーズ。だが、竜胆は恥ずかしげにポーズを解いた。
「なあ……この見得を切ること、やっぱりいらないんじゃ……しかも、名乗りまで……」
「必要だよ、竜胆! あたしたちの団結力を敵に見せつけるんだよ!」
「私と紅羽ちゃんが一生懸命考えた、自信作の名乗りと見得セリフです!」
紅羽と黄蝶はノリノリだ。攻撃もせず、じっと、見ていた渡世人兄弟。
「……いいなあ、アレ。イカスなあ…俺たち兄弟も見得と名乗りを考えようぜ、兄者!」
「いらんわいっ! 弟よ、とにかく奴等に怖い目をみせてやるぞっ!」
「合点だっ!」
「先陣はあたしよおぉぉぉぉぉっ!」
紅羽が太刀の切っ先を向けて渡世人兄弟に肉薄する。前にでた弟が紺地に白の縦縞の引回し合羽をひらめかせ、紅羽の刀身を長ドスで受ける。金属音が坂にコダマする。
「いひひひひ……可愛い姉ちゃんだな。だが、俺たち兄弟に逆らうと痛い目にあうぜ……」
「そうはいかないわよ、妖怪めぇぇぇ……」
太刀と長ドスを丁々発止と切り結び、狸坂の空き地をあちこちに駆け巡る。一方、竜胆と黄蝶も渡世人兄と戦闘を繰り広げる。
「天摩流忍法、風遁・風塵の術ですぅぅぅ!」
臍下丹田に〈神気〉をためた黄蝶が円月輪から黄色い陽炎をまとい、鳥が羽ばたくように両手を動かす。すると突風が生じて相手に吹き荒れる。地面の土埃や砂塵を巻き上げ、視界を閉ざす。
「おっと、やるねえ……風の忍法かぁ……」
渡世人妖怪は合羽を顔にあて、砂塵を防御。しかし竜胆は風塵をものともせず、追い風から薙刀を矢継ぎ早に繰り出す。が、渡世人妖怪は転瞬の間に半身になり、合羽を翻し、穂先を回避していく。そこへ、黄蝶が両手に持つ円月輪が遊軍的に割り込み、三度笠を斬り裂いた。
「小娘といえど、さすが妖怪退治人を生業にするだけの腕がある……かくなる上は……弟よ!」
「おうよっ!」
弟妖怪が身を引いて兄妖怪と合流。渡世人兄弟が息を吸い込み、胸部を倍にふくらませた。そして、口から強風を吐き出す。こんどは砂塵や土埃がくノ一三人娘を襲う。粉塵風にのって兄妖怪が三忍者を襲撃。紅羽が目を覆いながらも、太刀を大上段に構えて敵の頭部を斬り下げる。が……
――ポンッ
と、鼓を叩くような音がして渡世人の姿が消えた。いや、消えたのではない人の姿から体長30センチほどの小さなイタチの姿に変化したのだ! 無論、紅羽の剣先は虚空を空振りして、つんのめる。
「えっ!? イタチぃぃぃ? うわわっっと!」
よろけた足元に、細長い胴体についた短い足を俊敏に動かし、紅羽を転ばせた。他の忍者娘の足元も蛇行して駆け巡り、転倒させる。
「いまだ、弟よ!」
「合点承知の介だっ!!」
突然、妖怪が渡世人姿から小さなイタチの姿に変化。前脚の爪を長く伸ばし、鎌状に変形した。
「妖怪・鎌鼬が正体か!」
「気づくのが遅いぜ……妖術『衣刻み』!」
「「「きゃあああああああああああああああああああっ」」」
鎌状爪がくノ一達の忍者衣装を斬り裂いた。一瞬で半裸状態になってしまう。紅羽が羞恥よりも怒りに火がついた。
「こぉのぉぉぉ……くされイタチどもぉぉぉ……スケベ妖怪は金輪際ゆるさない!」




