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妖霊退治忍!くノ一妖斬帖  作者: 辻風一
第二話 妖刃!鎌鼬斬り
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パイパイはまだ出ぬのじゃ

「なんじゃい、小娘ども。怖い顔をしよって……昼間ひるまにアマノジャク? なんのこっちゃい?」


 間の抜けた返事に三人のくノ一がガクリとした。


「う~~ん、なんだか刺客ではなさそうな……」


「いや、まだわからぬぞ……」


「でもでも、金縛りの術をつかうなんて凄い術者ですぅ……」


「なにをヒソヒソ話しておる? 先ほどの続きじゃ、妖怪退治人の腕のほどを見てやるわい」


 錫杖をふたたび構えた轟竜坊。そこへ、茶屋から老婆が出てきた。


「ちょいと! こんな所で暴れたら砂埃すなぼこり厨房ちゅうぼうに入っちまうだろうが! それに天下の往来で騒ぎなんて通行人の迷惑だよ! 喧嘩ならそこの狸坂を少し降りると空き地があるからそこでやりなっ!」


 老婆の剣幕に冷や水をかけられた一同がしゅんとする。


「お、おう……小娘ども、すみやかに移動するぞなもし……」


「わかったわよ……ごめんなさい、お婆さん……」


 紅羽たちはお辞儀をして、空地へ移動していった。

 そこに取り残された田亀同心と赤鼻の源五郎は不自然で金縛りにあったまま、一同から忘れられた。


「うぎ……ぎぎ……おの……れ……あの……山……伏……め……」


「おぼ……えて……ろ……」


 一本松町の木々からウグイスの鳴き声が聞こえた。


 かくて一同が土塀にそって狸坂へと歩いていく。


「〽麻布十番タヌキが通る~~♪」


 と、子供たちの歌が聞こえた。見れば、赤い着物を着た女の子が近所の子供たちを引き連れて坂を上ってすれちがった。六歳から九歳くらいの子供達で、思わずなごむ。


 暗闇坂は湾曲した急な坂であったが、この狸坂も同じような坂で危なっかしい。この坂の本当の名は“旭坂”という。しかし、ここには昔から化け狸が出没して人を当惑させたことから『狸坂』と呼ばれた。


 坂の下をくだりきると二股の道があり、向かって左を上る坂があるが、なんとその坂の名は『狐坂きつねざか』。よっぽど、この辺りは昔から狐狸こりたぐいが多かったようだ。


 その昔、麻布一本松町(現在は元麻布)には「半七捕物帳」などを書いた岡本綺堂が関東大震災で家を失い、一時期ここに住んでいた。そしてエッセイ「綺堂むかしがたり」によると、大正時代の狸坂には名物として狸ヨウカン、狸せんべいがあり、『カフェー・たぬき』まで出来て狸づくしだったという。


 綺堂は「狸坂 くらやみ坂や 秋の暮」という句を残したが、それは家の門前の道が、西側に狸坂、東側に暗闇坂があったからだそうだ。


 しかし、地図を見ると一本松を中心にした四つの坂は暗闇坂の斜め隣にあるのが狸坂であり、東西にあったという描写は少々おかしいのだが……


 ともかく一同が歩くと大きな石が点在してあって、「邪魔だな……」と思いながらもよけて通った。ほどなく老婆が言っていたとおりに空き地があった。枯草の下地に若草の芽が息吹き、タンポポの花が咲いている。松や杉の木が周りを覆い、お地蔵さんや庚申こうしんの石塔が転がっていた


「よ~~し、今度こそ邪魔は入らぬであろう。我が輩の兜巾ときんに触ることができれば妖怪退治の仕事をゆるそうではないか……三人まとめてかかってこんか~~い!」


 兜巾とは山伏がかぶる小さな帽子である。山の中に出る瘴気しょうきを防ぐ力があると言われている。


「へ~~んだ! こんな山伏、わたしひとりで十分だよ。二人は近くで見てな!」


「紅羽、気をつけろ。あ奴め、金縛り術以外にも奥の手がまだまだありそうだ……」


「紅羽ちゃん、がんばってですぅぅぅ!!!」


 仲間の声援に押されて紅羽が太刀を出して剣の峰を返す。


「おいおい、娘っ子三人が全力でかかって、手加減した我が輩といい勝負くらいだぞ。一人じゃ役不足じゃい!」


「うわっ、大した自信……竜胆よりも上から目線ね。でも、あたし一人でコテンパンにのしてやるんだから!」


「おい、紅羽。そこで私を引き合いに出すでない……」


 竜胆のクレームをよそに、紅羽が駆け出し、大上段に構え、轟竜坊の兜巾めがけて太刀を打ち込む。羽黒修験者がすかざす錫杖で防御。金属音をたてて太刀と鉄杖が火花を出す。まずは小手調べ。


 左に飛び退いた紅羽に、轟竜坊が錫杖を頭上で回転させて横薙ぎに打ち込む。枯草が舞い、紅羽は高く跳躍し、轟竜坊の兜巾を狙う。


「おおっ! 意外と高く飛びよる……」


「兜巾、いただきだよ!」


「そうはいくかい!」


 大柄な図体のわりに猿のような敏捷さで轟竜坊は紅羽の手を避けた。虚空をつかんだ紅羽は勢いがあまり地面に回転して着地。


「軽業師のような身のこなしじゃのう……さてはお主らも忍びであろうて?」


「くっ! なぜそれを……」


「足運び、太刀筋、尋常ではない跳躍力をかんがみれば、す~~ぐにわかるわい……お主の忍法を見せてみい」


「……わかったよ、天摩流くノ一・紅羽の実力をとくと見なっ!」


 紅羽が臍下丹田せいかたんでんに〈神気〉を集め始めた。〈神気〉とは、万物の元になる気のことだ。〈神気〉は人間をはじめ、あらゆる生命体が持つエネルギーで精神力、気力ともいう。〈神気〉は生命活動の原動力で、おへその下あたりにある臍下丹田にこれをため、経絡けいらくを通って全身に元気を与えることができる。逆にこれがないと元気がなくなるのだ。


 紅羽の太刀先から赤い陽炎のような神気がにじみ、赤い火の玉が生じた。


火遁かとん火鼠ひねずみ!」


 太刀を振い、火炎弾がまっすぐに轟竜坊を襲う。


「ほう、火遁術か……ならばっ……水遁・鉄砲水てっぽうみず!」


 羽黒山伏が腰の法螺貝ほらがいを構えると、貝の口から水流が噴出した。

 猛烈な火炎弾と激水流が中間で相殺して、濛々と蒸気が湧き出した。


「紅羽のやつ……かんたんに忍びの正体を現し、天摩流の名を出すとはウカツすぎるぞ……」


「でもでも……他流の忍者さんとの試合は迫力があるです、勉強になるです。そもそも羽黒流忍者さんてなんなのですか?」


「羽黒流忍者か……それは出羽国でわのくにの山形藩主・最上もがみ家に代々つかえた山伏の忍び集団のことだ――」


 出羽国とは、現在の山形県・秋田県のことで、代々最上家が治めた。羽黒忍者は出羽三山のひとつ、羽黒山の山伏の一部を最上家が忍びとして召し抱えたことが由来である。伊賀、甲賀などは山伏兵法から発展した忍者であるが、山伏を直接忍びにした流派も数多い。


 独眼竜伊達政宗の伯父に当たる最上義光もがみよしあきは、それとは別に伊賀者十三名を雇っていたという。それは最上義光が二男・義親を徳川秀忠の家臣として仕えさせ、徳川家康と義光が同盟関係にあったからといわれる。


 もっとも、最上家は改易されて、現在は交代寄合という旗本になっている……


 ――オギャアアア! オギャアアア! オギャアアアアアア!


 突然、空き地の三猿が掘られた庚申塚のそばで赤ん坊の泣き声がした。竜胆と黄蝶がそばへ行くと布に包まれた乳幼児が二人草むらの中にいた。


「……捨て子か!?」


「かわいそうにですぅぅぅ……」

 竜胆と黄蝶が赤ん坊を抱き上げてあやす。赤ん坊が竜胆の胸を触ってきた。母乳を欲しているようだ。


「ぱいぱい……」


「これこれ……パイパイはまだ出ぬのじゃ……あとでもらぢちをしてやるゆえ、今は我慢せよ……」


 いつもは冷静な竜胆が乳飲み子のあやしかたに不慣れで四苦八苦している。それに引き替え、黄蝶は手慣れたものだ。


「よちよち…… 〽ねんねんころりよ おころりよ ぼうやは良い子がねんねしな……ですぅ」


 両手で抱き上げ、子守唄を歌うと、泣いた赤ん坊がスヤスヤと寝息をたてはじめた。


「き、黄蝶……こちらの赤子あかごもたのむ……」


「はいですぅぅぅ……あれれ? なんだか赤ちゃんが重くなってきたですぅぅぅ?!」


「こっちもだ……」


 抱き上げた乳幼児の体重がどんどん増していき、抱えきれなくて、地面におろした。良く見ると乳飲み子が地蔵の欠片に変わっていた。


「赤ちゃんが石ころになったですぅぅぅ!!!」


「……くっ! さては轟竜坊の幻術かっ! おのれおのれ……この私に恥をかかせおってぇぇぇぇぇ!!!」


 竜胆が白い肌を朱に染めて憤怒の表情となった。蒼い神気が竜胆の全身から燃え上がる。薙刀を構えた巫女剣士が蒸気のうすれてきた轟竜坊と紅羽の決闘場へ参陣していく。


「カッカッカッ……狸坂の古狸は通行人をこうやって化かしたそうじゃ……一人じゃものたらん、三人まとめてこんかい!」


「ああああ……竜胆ちゃんが怒っちゃったですぅぅぅ~~」


 そんな狸坂の空き地での天摩流くノ一と羽黒忍者の戦いを、樹上から伺い見る黒い人影があった。


「兄者……なにやら妖怪退治屋どもが争いだしましたぞ……」


「ふふふ……手の内をみられて好都合じゃ。互いに潰し会うがいい……」


 二つの人影は妖気がただよい、瞳は人魂のようにユラユラと燃えていた――


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