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妖霊退治忍!くノ一妖斬帖  作者: 辻風一
第二話 妖刃!鎌鼬斬り
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ぶるぁぁぁぁ!轟竜坊であ~~る!!

 麻生の四つの坂の交差点である一本松には茅葺かやぶききのひなびた茶屋があり、看板に大きく「八八」と書かれている。三人の娘はそこで休憩することにした。


「そろそろお昼かぁぁ……腹こしらえでもしようよ、なんか安いやつ……」


「そうじゃな……茶漬ちゃづけでも食べるか……安いし」


「そうですね、安いですし。お婆さん、八八はつは茶漬を三人前お願いなのです!」


「あいよ、三つね」


 八八茶漬とはお代が六十四文だということをダジャレた茶漬けのことだ。


「江戸名所図会」にも、「看板の八八茶漬は人皆の八百八町しれる江戸桝」とか、「客こんで出すひろぶたの鉢合せ八八茶漬もうれる江戸桝」とあり、庶民の人気のほどが知られる。


茶屋の縁台にすりきれた赤い布を掛かっていて、そこに三人は仲良く腰かけた。

 赤い野点傘も色があせ、小さな穴があった。

 鳥ガラのようにやせた老婆が湯気のたつ茶漬けをもってきた。    

 梅干しと佃煮つくだにがそえられている。

 ふ~ふ~いいながら紅羽たちは茶漬をすすった。


「ときにお婆さん、暗闇坂にまた辻斬りがあったのに、お店を開いてこわくないのかい?」


「こわいなんて思ったら、こんな所で茶屋なんて開かないよ。暗闇坂は幽霊が出るといってふだんは人通りが少ないからね……かえって野次馬がくるから繁盛しているよ」


「は~~~、しっかりしているねえ、お婆ちゃん……」


 紅羽が老婆の商魂に感心している間に食べ終わり、ほうじ茶で一服する。


「そういや、ミイラといえばさ……たしか密教のエライ坊さんが食を断ってミイラになるって話があったよね……即身仏そくしんぶつといったけ……」


「それはたしか何ヶ月も食を断たたないとミイラにならぬはず……いや、今回の事件とは無関係ではないか?」


「どうして偉いお坊さまがミイラになるのですか?」


 黄蝶が興味をもって竜胆に質問する。


「ぶるぁあああああっ! さっきから聞いておればなんじゃ! ミイラと即身仏は別物であるぞ!」


 関羽髭かんうひげをはやした大柄な男が茶屋で休んでいる三人に大声でわって入った。


「うわお! ビックリしたなあ、もう……誰だよ、あなたは?」


 その男は三十から四十くらいの筋骨逞しい体格で、白装束に袈裟けさ鈴懸すずかけを着込み、兜巾ときんをまとい、錫杖しゃくじょうという金属棒を持ち、法螺貝ほらがいを持った天狗のような姿の人物――山伏やまぶしだ。


「なんだ、山伏か……って、大声ださないでよ!」


 山伏とは日本古来より山中で起臥きがして、山の霊力を吸収して修行する僧のことをいう。

 神仏習合の影響が濃い神社の神職や寺院の僧侶がなることが多い。

 平和な徳川の世となると民間の祈祷師きとうしとして呪術や占いなどの活動をした。


「いや、待て紅羽……山伏殿、ミイラと即身仏は別物とはどういうことじゃ?」


 知識担当の竜胆が向学心にかられて怪しげな山伏にたずねる。  

 修験者は錫杖をジャリンと鳴らした。


「おほんっ! よかろう、教えてやる。ミイラとは偶然ミイラ化した死体や人工的に作ったものをいうんじゃ。だ~~が、即身仏とは厳しい修行のすえに悟りを開き、衆生救済しゅじゅうきゅうさいのため断食だんじきして、土中入定どちゅうにゅうじょうをした尊い上人しょうにんのことをいうんじゃ!」


「え? ……シュジュウキュウサイ? ドチュウニュウジョウ?」


「つまりじゃな……天災、飢饉ききん疫病えきびょうなど、人々は飢えたり苦しんだりするじゃろ? そんなこの世の苦しみ悩みをすべて背負った徳のある僧侶が、霊山の土の穴の中に三年間もこもり、食べ物を口にせずただただ念仏を唱え、不幸な人々を祈願して往生することじゃ。その僧侶は生きながらにして仏様になるんじゃ……」


ハラハラと男泣きに語る巨漢山伏に、紅羽たちは圧倒された。


「三年間も土の中で断食……信じられないよ……」


「即身仏になることは言語に絶する厳しい荒行あらぎょうなのじゃのう……」


「忍者の修行より厳しいかもですぅ……」


「それをただのミイラなんぞと一緒くたにするなど……人々を救うために即身仏になった歴代の上人しょうにん様たちにむかって無礼千万、不敬の極み、下衆げすの極みじゃ!」


「そうか……こころざしが違うんだね……不幸な人々を救うために仏様になるんだ……」


「よく知らぬこととはいえ、無礼なことを言った……許されよ、山伏殿」


「ごめんさないですぅ……」


 紅羽、竜胆、黄蝶が縁台から立ち上がり、頭を下げた。

 彼女達とて、摩利支天まりしてんの信者である、感銘を受けるところがあった。


「いや、わかればいいんじゃ……わかればのう……儂も歴代の上人さまのようになりたいもんじゃが、いかんせん徳もなければ、善行もたらん……」


 山伏が肩を落とし、手ぬぐいで涙をふき、はなをかむ。


「ところで、山伏さんは即身仏に縁のあるかたのようだけど……」


「よくぞ聞いた! 儂は出羽羽黒山でわはぐろさんで修行した轟竜坊ごうりゅうぼうであ~~る」


 羽黒山は湯殿山ゆどのさん月山がっさんとならぶ修験道などの山岳信仰の聖地で、三つの山を総じて『出羽三山でわさんざん』という。


 大昔の出羽三山は祖霊それいや山の神、田の神、海の神の宿る聖地であった。平安時代初期に「神仏習合しんぶつしゅうごう」の影響を受けて仏教の色合いが濃くなる。

 さらに「羽黒派古修験道」を修行する羽黒山伏が盛んになった。


 明治時代の「神仏分離」を経て、現在、出羽三山神社は「神道」が中心であるが、神仏習合時代の色合いが今も濃く残っている。


 即身仏は現在、日本の各地に17体(24体という説もある)が祀られているが、そのうち10体が出羽三山のある山形県に安置されている。

 特に湯殿山の仙人沢で多数の行者が修行したようだ。

それも出羽山山の厳しい修行にたえた僧侶ならばこそ、成し得たことかもしれない。

 なかには即身仏になることに失敗して途中で亡くなった者も少なくない……


「しかし、轟竜坊とはまた、強そうな名前だな……」


「カッカッカッ……そうじゃろ? 実は儂は暗闇坂で妖怪が人殺しをしたと聞いたので、人助けのために駆けつけたんじゃ!」


「すると、妖怪退治屋……」


「ふふふ……そういうお前たちも妖怪退治屋であろう?」


「なっ!」


 巫女姿の竜胆ならば妖怪退治屋を連想できるであろうが、女剣士姿の紅羽と町娘姿の黄蝶を見破るとは――


「そこの巫女をふくめ、女侍に町娘……そこらのボンクラ坊主や神主なんぞより、かなりの霊気があふれておるわい……」


「よくそこまで見抜いたね……」


 天摩流くノ一たちが警戒の目で山伏を見つめる。


「ぶるぁあああああ! この暗闇坂の辻斬り妖怪はお前たちの手にあまる妖怪じゃ、手をひけい……」


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