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妖霊退治忍!くノ一妖斬帖  作者: 辻風一
第九話 閃火!紅羽二刀流
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片付けられない女

 こちらは谷中やなか道灌山どうかんやまちかくの小高い山にある、こぢんまりとした尼寺。

 そう、ここはみなさんおなじみの瑞雲山鳳空院ずいうんさんほうくういん


 本堂の近くの離れに小さな小屋があり、そこにすむ寺侍の娘がいた。

 長い髪をうしろで朱色の丸打ち紐でくくった、現代でいうポニーテールというべき総髪そうがみに、茜色の羽織に、黒袴をはいた男装の若侍娘で、凛々しくも美しい女剣士の名は紅羽くれはという。


 シトシトと小雨が降り続き、しきりに屋根から雨だれが落ちてくる。


「ふぅぅ……宮中って、ホント、ドロドロのぐちゃぐちゃなのねえ……光の君は顔が良くて、モテモテだけど、浮気するし、不倫するし、ヘタレでクズだし……でも、まあ他人事だから面白いし……う~~ん、続きが気になるぅぅ~~」


 朝飯後の辰の刻(午前八時)ごろ、敷きっぱなしの布団に寝っころがり、尻をポリポリとかきながら『源氏物語湖月抄』を読んでおります。

 いやはや、なんとも行儀が悪い。

 しかし、晴耕雨読せいこううどくとはいうが、雨の多い梅雨の季節は読書に集中できるというものだ。


 この『源氏物語湖月抄』は鳳空院の前の住持である天芳尼の所蔵していたものである。

 小頭で忍術師匠である松影伴内から天摩くノ一三人組に、宮中のことを学ぶために、時間があるときに読んでおくようにと、いわれたのだ。


 外で身体を動かすほうが好きな紅羽は、はじめは億劫おっくうがっていたが、しだいに源氏物語の波乱万丈さに夢中になっていったのであった。

 そこへ、鳳空院本堂の反対側にある神社から、竜胆が傘をさして紅羽の住む離れへとやってくる。


 白い羽織に緋色袴をはいた巫女で、長い黒髪を後ろで結び、額の前髪を切りそろえた目刺めざし髪、横髪をアゴのあたりで切りそろえた鬢削びんそぎにした麗貌の持ち主である。


 ところで、現代人にとって、寺の中に神社があるのは不思議な光景だが、江戸時代までは神仏習合政策により、日本の神様は仏が化身したものと考えられていたのである。


「本地垂迹」という考えでは、伊勢神宮に祀られている天照大神あまてらすおおかみは太陽の神様なので、大日如来の化身。

 出雲大社の祭神である大国主神おおくにぬしのみことは“ダイコク”とも読めるので、大黒天の化身、といった具合だ。


 なので、神社とお寺が一緒の敷地にあることもよくあることだった。

 神社に付属するお寺を『神宮寺じんぐうじ』といい、お寺に付属する神社を『鎮守社ちんじゅしゃ』という。


「紅羽、『紅梅』の続きの、『竹河』と『橋姫』はお主がもっておると聞いたが……」


 鳳空院の鎮守社の巫女である竜胆りんどうが声をかけた。


「なっ、なんじゃこの惨状は!!」


 部屋は羽織や袴、くしに小箱、化粧箱などの小間物が乱雑に置かれ、足の踏み場もない状態であった。


「ああ……気にするな、竜胆。『竹河』は今よんでいるから、もう少し待ってよ……」


「気にするわ!! 少しは部屋を片付けぬか、汚らしい……」


「なんだよぉぉ……少しくらい散らかっていたほうが落ち着くんだよ、あたしは……」


「少しくらい散らかるという状態ではないわっ!!!」


「うっさいなあ……そろそろ少しは片付けようと思ってたのにぃぃ~~あ~~あ、やる気がなくなっちゃったぁ……」


「子供のいいわけかっ!! いますぐ片付けぬかっ!!」


「えぇぇ~~、めんどいよぉぉ……」


 竜胆が離れに上がり込み、散乱する小間物などをよけて紅羽に近寄る。


「だいたいお主は……ぎゃあっ!」


 竜胆の足裏が何かやわらかいものをふんづけたのだ。


「あ、足が……なにかぬるっとしたものを踏んだのじゃぁぁ……」


 見れば、箱の影に隠れて、カビのはえた濡れ雑巾を踏んづけたのだ。


「ぎゃああっ!! 雑巾くらい干しておかぬか! カビまで生やして……信じられぬ女じゃ……」


「へいへい……」


 巫女が足元を注意しながら歩み寄ると、ガラクタの山の影から何かコソコソと動く気配がした。


「も……もしや……あれは……」


 竜胆が蒼白になって動く影をじっと見る。

 それは黒い体色で触覚の長い昆虫……ゴキブリであった。


「うぎゃあああああああああああっ!!」


 清潔で几帳面な竜胆にとって、唯一の弱点、いや不倶戴天の敵ともういうべき存在がこの昆虫である。


 江戸時代はゴキブリを油虫あぶらむしと呼んでいた。しかし、油虫といっても、アブラコウモリ、アリマキなども同じ名称で呼んでいたので紛らわしかった。

 平安時代には「阿久多牟之あくたむし、「都之牟之つのむし」の古名がある。

 ほかにも「御器(食器)をかぶる(かじる)」虫であったことから「御器かぶり」と呼ばれていた。

 それが、「ゴキブリ」となったのは、明治時代に出版された本邦初の生物学用語集に脱字があり、ゴキカブリの真ん中の文字が抜け落ちたまま世間に広まってしまい、現在もそれが続いているという


「いったい、どうしたのですか?」


 絹を裂くような竜胆の悲鳴を聞きつけて、本堂から童顔の可愛い娘が離れ屋に駆けつけてきた。


 黄八丈の着物に赤い帯、赤い鼻緒の黒下駄をはいた町娘風の姿で、長い髪を二つ結びにしているが、結ぶ位置が耳の上で、現代でいうツインテールのようだ。


「ああ……黄蝶、なんでもないよ……竜胆がまた油虫を見て騒いだだけだよ。まったく、大袈裟なやっちゃなあ……」


「なんでもあるわっ!! だいたいお主、油虫がいるような部屋によく住めるな!!」


「いいじゃないか……油虫は夏の季語だし、一句ひねろうかな? 『油虫 竜胆わめく 季節かな』ってね」


「油虫の俳句などいらぬわっ!!」


 怒り心頭の巫女を黄蝶が「まあまあ……」となだめ、


「紅羽ちゃん、あんまり部屋を汚くすると、妖怪油虫女になっちゃうですよ?」


「ほへっ……なにそれ、訊いたことない……」


「油虫女はこんな妖怪なのです」


 黄蝶が反故紙ほごがみをひろいあげ、筆でさらさらと、漫画的な紅羽を描いた。

 三頭身で胡麻のような眼をした顔に、背中に羽と頭に長い触角をつけたした。


「なにそれ、やだぁぁぁぁ!!」


「ならば、油虫がわかないように徹底的に掃除するのじゃ!」


「それもめんどいから、やだぁぁぁ!!」


「わがままいうでない!!」


「ったく、いちいちうるさいんだよ、竜胆は……お前はあたしのオカンかっての! ここはあたしの部屋なんだから、好きにさせとくれ」


「き・さ・まっ!!!」


 プチリと堪忍袋の緒が切れた竜胆が、ドッタンバッタンと紅羽と取っ組み合いの喧嘩を始めだした。


「ぴええええっ……やめるのですよぉぉ」


黄蝶が慌てて、本堂にいた天摩忍群の小頭の松影伴内を呼びにいった。




「……まったく、なにをやっとるんじゃい、お前たちは!!」


 本堂に呼ばれた紅羽と竜胆は、小頭に正座させられ、説教されていた。

 本堂には三面八臂さんめんはっぴの巨大な摩利支天像があり、皆を見守っている。

 だが、床には大小の器や桶があり、雨漏りの雫をピチョンポチョンと受け取っているのがなんとも侘しい。


「お言葉ですが、小頭。あたしは竜胆の口うるささには、以前からうっとうしかったんですよ!」


「それはこちらの言うことじゃ! だらしないにもほどがあるのじゃ、紅羽は!」


「だから小頭、この際、あたしも金剛兄こんごうにい雷花姉らいかねえのように一人働きの妖怪退治人にさせてくださいよ!」


「なんじゃとぉぉ!?」


 伴内が目を丸くする。


「今までにも百目鬼や土蜘蛛、魔王樹といった大妖怪を退治してきたんだから、実力はあるはず……そろそろ、独立する時期じゃないかと思うんだよね……」


「ほう、そういえばそうじゃな……小頭、私もこの際、独立して妖怪退治人になる頃合いだと思います」


 と、喧嘩中にもかかわらず、二人の意思はピタリとあった。 

 が、慌てたのは黄蝶だ。


「ええ~~~~~…そんなぁぁ……三人バラバラになるのは嫌なのですよぉぉ……」


 しかし、松影伴内は目をつぶり、腕をくんだ。


「そう、涙目になるな黄蝶……お前たち天摩衆の忍びは、いずれは金剛や雷花たちのように一人働きもできる忍びにならねばならんのじゃ……」


「ぴえん……しょんなあ……」


「おおっ!! では、あたしも一人忍びに……」


「これで紅羽と顔を合わせずに済むのじゃ!」


「ぴえ~~~ん……」


 はたして……長らく続いたくノ一三人娘はこれにて解散となるのであろうか……



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