人をさらう魔
宿場町のはずれに大きな家がある。
金貸しをして小金を溜めこんだ、惣六とお砂という、村でも悪評高い夫婦者が住んでいた。
「ヤドウカ……」と、大声で叫ぶ男の声がした。
ザンバラ髪に破れた墨染の衣に垢じみた白装束、すれた袈裟をまとい、大きな荷物を風呂敷包で背負っていた。
屋敷の奥から、強欲そうな顔つきの中年女が顔を出した。
「なんだい、うるさいねえ……なんだい、物乞い坊主か……しっしっ……あんたにやるお布施なんかないよ!!」
この時代、托鉢僧や足袋の僧侶、高野聖がたずねてきたら、米や銭をふるまう風習があった。
「ヤドウカ……」
「あん? なんだってぇ? 宿を貸してくれって意味かい?」
粗末な身形の坊主は大きくうなづいた。
「うちに泊まりたいってのかい? いやだよ、汚い坊主なんか留めたら、部屋が汚れちまうよ……ちょいと、あんた!!」
中年女が部屋で算盤勘定をしていた中年男を呼ぶ。
こちらも強欲そうで、昔話にでてくる意地悪爺さんの若い頃そっくりだ。
「なんだてめえは……お前なんかに貸す部屋はねえ!! さっさと出て行かんと、タンコブが出来るぞ!!」
と、薪たぼをもって脅しにかかる。
「そうだよ、出ていきなっ!! しっしっ!」
お砂が塩壺をもって、塩をまく。
「ヤドウカ……いいものを見せてやろうか?」
「あん? いいものだぁ? まあ……金目のものなら、安値で買い取ってもいがね……」
と、意地悪夫婦が話に喰らいついた。
僧形の男は背負い袋をおろして、口を開いた。
「これは只の袋じゃない……なんでもかんでも一切合財入る袋よ……」
「なんだい、合切袋なんて、珍しくもない……」
「そうかな……」
開いた袋の口の奥は漆を塗ったような闇黒で、何も見えない。
突如、ゴウゴウと風音がし、金貸し夫婦の体が急激に細長く伸び、袋の口に吸いこまれていった。
闇黒の口から男の手が伸びて、中から出ようともがいたが、袋は大蛇の口のようにゴクリと呑みこんでしまう。
背負い袋はモゴモゴと、手足が叩きつけるように動いたが、しだいにおさまり、大人しくなった。
僧形の男が去ったあとに、草履が片一方だけ落ちていて、かろうじてふたりの金貸し夫婦がいた痕跡をしめす。
惣六夫婦の家からはなれた味噌屋の垣根の前では子供たちがカゴメカゴメなどをして遊んでいた。
そこへ大きな荷物を背負った破れた着物の僧侶が通りかかった。
「ヤドウカ……きみたち……このへんに、宿を貸してくれる家はないかね……」
「なんだい、汚いお坊様だなあ……」
鼻水のたれた六歳ほどの男の子が胡散臭げに見ると、少し上の年頃の女の子が、
「だめよ、庄吉……この小父さんは、仏の教えを広めるために、全国を旅している御坊様なんだから、粗末にしちゃいけないのよ……」
「はぁい……姉ちゃん……」
「お坊さん……うちに来てください……貧乏で何もないけど、おかゆくらいなら、出せますから……」
「いや、いいんだよ、娘さん……お前さんの家に用はない……」
「え?」
「それよりも、いいものを見せてあげよう……」
そういって、僧形の男は背負い袋を下ろし、口を開きかける。
「小父さんの袋は、一切合切入る袋よ……」
袋の口の奥の暗黒から冷たい風音が聞こえてきた。
好奇心であつまった子供たちが、興味津々と、中をのぞく……
そこに、急に草笛の物悲しい音が聞こえた。
子供達と僧形の男が音源のした方向を見やると、黒い袴に朱い羽織をきた綺麗な若侍――紅羽がいた。
笹の葉を口にあて、不思議な音色を奏でている。
横には巫女と黄八丈を着た町娘がいた。
「そこまでだ、人さらい妖怪・夜道怪!!」
「えっ!! 妖怪だってぇ!!」
「きゃああああああっ!!」
子供たちは悲鳴をあげて、走って逃げていく。
邪魔をされた僧形の男……夜道怪はザンバラ髪をふり乱し、顔を真っ赤にして怒り出した。
「なんだぁ……お前たちは……邪魔をするな!!」
「あたしたちは妖霊退治人だっ!!」
「なにぃぃ……妖霊退治人だとぉぉ!!」