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妖霊退治忍!くノ一妖斬帖  作者: 辻風一
第八話 驚異!地底の妖狐魔殿
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封印石

「叔父貴ぃ……もうやめるんだぁ!!」


 その前に阿茶と小茶が飛び出して、両手をひろげて盾となった。


「お前は阿茶……どうやって……」


「小茶に牢獄の錠前を開けてもらったんだ……」


「叔父しゃん……もう、やめるでしゅよ……」


「阿茶、小茶、そこをどくのよ……」


「どかないよ……叔父貴は本当は悪い狐じゃないよ……昔、狐の巣穴で食糧が尽き、父ちゃん母ちゃんがあたいと小茶に食べ物を分け与えて死んじゃった……泣きじゃくるあたい達を引きとって、育ててくれた恩は忘れないよ……」


「そうでしゅよ……小茶たちが悲しくて夜泣きしゅると、おんぶしてあやしてくれたでしゅ……悲しい顔をしゅると、冗談をいって笑わせてくれたでしゅ……」


「ぐっ……お前たち……そんな昔のことを……」


 わずかに残っていた妖狐の善の魂に、姪たちの言葉が一時的に正気を取り戻させた。判官狐に良心の呵責かしゃくが襲い、躊躇ためらう。


「ぐぅぅぅ……妖怪退治人よ……頼みが……あるわ……」


 紅羽たちが烏帽子狐を見やる。


「なんだ……」


「もうすぐ……あたくしは……あたくしでなくなる……その前にトドメをさして……」


「しかし……そんな……」


 判官狐をむしばむ魔王樹の邪気が活性化し、判官狐の両眼を赤く染め上げた。


「コンコンコン……あたくし、判官狐は魔王樹様の傀儡かいらい……お前たちの生気を吸い付くし、今度こそ……」


 ふたたび、邪悪なる魔王樹に支配された判官狐。

 そのとき、狐御殿の正門から白い雲の塊が濛々と筋を引いてこちらにやってきた。


「待て待て待てぇぇ~~~」


 狐御殿の正門から白い雲の塊が濛々と筋を引いてこちらにやってきた。

 白雲飛行体の中から、墨染の僧衣に袈裟をきた白い老狐がでてきた。


「貴様は幸菴狐こうあんぎつね!! なぜこんなに早く……」


「わしの留守中にこんなことになっておるとはのう……」


 関東妖狐連合の族長である幸菴狐は上野国(今の群馬県)で生まれた妖狐だ。

 ふだんは白頭の翁の姿に変化しており、かつて人の世界にまぎれ、仏説で人を教諭していた。人に招かれれば、その家に行って、仏法を説き、戒をさずけたという。


「幸菴狐しゃま……帰ってきたのでしゅね!」


「うむ……お伊勢参りのついでに、京の伏見稲荷大社まで足を伸ばし、関西妖狐連合の白蔵主はくぞうす殿たちと会って、旧交を深めてまいった。温泉につかって旅の疲れを癒しておると、宇迦之御魂神ウカノミタマノカミのお告げがあってのう……わしの留守中に狐の国が大変なことになっておると……それで、白雲の術で急いでかけつけた有り様なんじゃよ……」


「おのれ……幸菴狐、舞い戻ってくるとは……だが、狐の国は我ら一派が制圧したわよ……」


「判官狐……いや、三郎太狐よ……お前は狐の国の食糧問題や民政問題などを意欲的に解決してきたではないか……それがなぜ、このような反乱を……」


「コンコンコン……魔王樹さまがあたくしの耳元でささやくのよ……あたくしに強大な妖力ちからを与えよう……偉大なるお前こそが、妖狐の首長おさになるべき……そして、関東の妖怪を、人間どもを支配せよってね……」


「魔王樹……確か……神代の昔に一地方を支配した邪悪なる樹神であったか……」


「邪悪かどうかはのちの歴史が決める事……勝者の綴った歴史書でね……幸菴狐、あんたの生気と妖力をいただくわっ!!」


 判官狐の上半身から伸びた蔓が触手のように伸びて、老狐に巻きつかんと殺到する。


「そうはいかんぞ……狐妖術・狐火炎熱波きつねびえんねつは!」


 老僧狐が口から高熱の火焔を吐き出し、魔王樹の触手蔓を焼き尽くしていく。幸菴狐は判官狐よりも上の妖力を持ち、形勢不利であった。


「お、おのれ……だが、まだ魔王樹の種もある……別の地で再起してくれるわ……妖術・暗雲招来!!」


 笏をふってモクモクと黒雲飛行体を形成し、判官狐はそれに乗って高飛びする気だ。


「そうはいかん!! 狐妖術・封印石ふういんせき!!」


 幸菴狐が念仏を唱え、逃げようとする判官狐の足元の地面が八角形に光だし、梵字が浮かんだ。霊体の鎖が判官狐を締め付け、地の底に沈め、押し包んでゆく。


「うげぇぇぇ!!」


 さらに土砂が覆いかぶさり、巨大岩石となって、封印されてしまった。

 かつて鳥羽上皇が寵愛した玉藻前が、魔性の九尾の狐だと看破され、宮中を逃亡し、下野国那須原で討伐され、殺生石となったかのように……

 阿茶狐が巨石に手をふれ、耳と尻尾がうなだれ、ペタンと座り込む。


「叔父貴ぃ……なんで……なんでこんなことを……ほんとに莫迦だよ……」


「お姉しゃん……」


 小茶が姉狐の膝によりそい、顔を舐めた。

 竜胆が頭目に、


「秋芳尼様……判官狐に根付いた魔王樹の分身を浄化できないものでしょうか……」


「魔王樹は判官狐の魂にまで浸食していました……無理に浄化すれば生命が危いかもしれません……」


 天摩流法術の使い手である彼女にも至難の技のようだ。幸菴狐は彼女らに礼をいい、


「この度は事態の収束にお手をわずらわせて申し訳ない……そして、ありがとうですじゃ」


「いえいえ……幸菴狐殿。ところで何故、このような事になったのでしょうか?」


「そうじゃのう……かつて三郎太狐は清い心を持ち、狐の国を良くしようとがんばった……が、わしらが期待して、若い三郎太に判官の地位などの強い権力を与えた……それがいつしか、しだいに傲慢な性格に変えてしまったのじゃろう……それを魔王樹につけこまれ、支配されてしまったのじゃろう……本来の目的を忘れ、魔王樹の走狗となってしまった……情けないことに、わしはそれを見抜けなんだ……」


「……なぜ、判官狐は邪心にそまっていったのでしょう?」


 秋芳尼が老僧狐に質問した。


「そうじゃなあ……権力の魅力に抗えなかったであろう。権力は欲望を満たす一方で、破滅させる危険もある。権力の大きさに魅了され、堕落してしまい、己を神のごとく考え、傲慢な独裁者に変心してしまったのであろう……」


 人間の世界には『出世は人を変える』という言葉がある。

 たとえば、会社で同期や後輩であった者が課長や部長などの役職に出世してから、急に嫌な奴に、人が変わったなどと言うことはよくあるだろう。

 人の上に立ち、指導する管理職ならば、それ相応の人格に変わらねばならないのだが、それが悪い方向に変わる事を『権力の堕落』という。


「……恥ずかしながら、それは人の国でもあることです……強い権限を持った者の中にはイヤな人になってしまうことが……しかし、権力に腐敗しない為政者というのもいる……その違いはなんなのでしょう?」


 美貌の尼僧が肩を落として、やるせない風情でいった。彼女も武家社会や世間の有り様に思うところがあるのだろう。


「そうじゃなあ……大いなる力に負けぬ強い意志が必要じゃ……それもただの強い意志ではない、超人的なまでの強い意思じゃぞ……権力はただの幻影だという事を理解し、強い意思をもって堕落に呑みこまれないことが肝要なのであろうなあ……それと、暴走をとめてくれる仲間、それは違うと言ってくれるご意見番が必要じゃなあ……」


 三郎太狐は己の言うことしか聞かないイエスマンだけを部下にし、傲慢になり、腐敗していったのだろう。


「なるほど……」


「しかし、まあ……もっとも、言うは易しじゃが……」


「そんな……幸菴狐殿は狐の国の首長として、立派なお方だと聞きましたよ……」


「いやいや……わしは何百年も生きておるが、いまだ煩悩のかたまりじゃ……狐の世だけでなく、老僧に化けて、人の世に出てまで仏法を説いて回ったが、己のことは棚に上げた傲慢な行いであったかもしれんて……」


「……難しいものなのですなね……ところで、判官狐は地の底で浄化され、元の善良な狐に戻るでしょうか?」


「土に埋まり、魔王樹の毒気が抜ければ、あるいはな……」


 しんみりとする老僧狐と美貌の尼僧の話をきいていた阿茶狐が、


「きっと……叔父貴なら、元に戻るって、信じたいよ……あたいはそう信じて待つんだ……何年……何十年……何百年でも!」


「お姉しゃん……小茶も一緒に待つでしゅ……」


 狐の姉妹が希望をもって封印石の前で拝んだ。




 その後、樹木化されていた妖狐族の長老や重臣・町の狐たち・地上の人々は魔王樹本体の枯死により元に戻り、そして判官狐派の一味はすべて捕まった。


 紅羽達も狐の国の者たちを手伝い、れて朽ち果てた魔王樹の残骸を片付け、鶴吉たちや猟師たちを救出した。

 滋養のある狐の国特産のヨロイダケという滋養のある食べ物を与えて、鶴吉たちはみるみると回復した。


 炊き出しの手伝いをしていた秋芳尼と紅羽、竜胆、黄蝶、阿茶、小茶ら女衆の前に幸菴狐が現れ、


「実は話があるのですじゃ……」


 狐の国は秘密国であり、ここに来た人間達は催眠術でその間の記憶を消されるしきたりだという。


「そっか……名残り惜しいけど、狐の国の平和のためだ……あたしたちも頼むよ」


「そうじゃのう……」


「小茶ちゃんたちと仲良くなったことも忘れちゃうのは悲しいですぅ……」


「しかたないよ、黄蝶……」


 悲しむ黄蝶を紅羽達がなぐさめる。


「いや、紅羽さんたち、あなた達の記憶は消さん……いつかまた、事件があったとき、あなた達に依頼するかもしれぬでの……」


「ほへえぇぇ……妖狐族の依頼かあ……まあ、それも有りかな」


「つきましては、今回の狐の国の不始末を解決してくれた感謝と迷惑をかけた礼として、これをもらってくだされ……」


 老僧狐は三方にのせたオニギリくらいの大きさの玉を天摩衆に渡した。


「わしがつくった狐の国の秘宝……『変化玉へんげだま』ですじゃ」


「変化玉……変化球みたいなもの?」


「う~~ん……字面は似ていますが、まったく違いますじゃ。これは妖力のない者でも人間や動物、妖怪に変化できる品物ですじゃ……これ、小茶」


 幸菴狐が子狐の小茶を手招いて、変化玉を一個渡した。彼女はまだ幼くて、変化術も幻術も使えない。


「いいか小茶……まぶたの裏に化けたいものを思い浮かぶのじゃ……そして、呪文を唱えるのじゃよ」


「わかったでしゅ…コンコン、ココンコンコン、アタリキシャリキノコンコンチキ! お姉しゃんになあれ……ドロリンパッ!」


 白煙をあげ、小茶の姿が耳と尻尾を生やした狐娘の阿茶に変形した。

 着物の袖口を指で挟んでクルリと回った。


「わ~~い、お姉しゃんそっくりに化けれたでしゅ~~…」


「わああああっ!! 凄い秘宝なのですぅ……」


「でも、あたいにしては……小っさいなあ……」


 たしかに、子狐のときの小茶と同じくらいの大きさだ。


「変化玉はまだ開発中でのう……大きさまでは変えられんのですじゃ……」


 変身の前と後では術者の総質量は変化しない。

 つまりは質量保存の法則という制限がかかるのだ。


「でも、いろいろと役に立ちそうじゃ……喜んでいただきます」


 計十五個の変化玉を譲りうけた天摩忍群くノ一。


「よぉ~~し、これで小頭をだましてやろうぜぇ……」


「おい……紅羽、わしも聞いておるぞ!」


 そこへ、片づけを終えた松影伴内と金剛、半九郎たち男衆もやってきた。


「ひえっ……聞いてたの、小頭……」


 下を出す紅羽に、竜胆がジト目で、


「紅羽……そんなくだらないことに使うでない。これは妖怪退治や秋芳尼さまを守るために、ここぞという時に使うのじゃ!!」


「はっ、それもそうだっ!! あやうく、無駄遣いするとこだった……」


「紅羽ちゃんはうっかり屋さんなのですぅ~~」


「なにを~~、ドジっ娘の黄蝶にいわれたくないって……」


「ひどいですよ、紅羽ちゃん……」


 朗らかな笑いが大空洞の狐の国に響きわたった。


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