破妖浄化六角堂陣!
「ねえ、オジサン……この狐耳尻尾ってなあに?」
「どうやら、作り物みたいだけど……」
狐の町大通りに「耳尻尾屋」という看板出す物売り狐の露店。
風呂敷に作り物の狐の耳と尻尾が並んでいる。
足をとめた若い娘狐たちに、半纏を着た物売り狐がニタリとほくそ笑む。
「おやあ……知らないのかい? どうやら、お嬢ちゃんたちは田舎から来たようだねえ……」
「まあね……あたしたち、野州から化け狐の試験にきたのよぉ……」
「どうりでねえ……ここは関東稲荷総司である王子稲荷神社の地下深くにある狐の国……いってみりゃあ、東国の化け狐の首都だ。ここでは今、若い狐たちに人間に化けることが流行っていてねえ……しかも、狐耳と尻尾をつけた半人半狐の姿でだ」
「あら、そうなの……さすが、都の妖狐たちは洒落てんのねえ……」
「お土産に買っていこうかしら……野州名物の日光人参に日光黄連があるわよ」
「あたしは下野のカンピョウと下毛草」
「ほほう、こいつは珍しい……じゃあ……」
突然、風呂敷が盛り上がり、土砂をかきわけ魔王樹の根が盛り上がり、大木のように太い茎が地上に出現した。
「なんだい、こりゃあ……」
茎の先に巨大な蕾があり、それが左右に開いていった。
中から赤い花が咲き、雌蕊が蠢くと、黄色い花粉が舞いだした。
呆気にとられて見ている妖狐たちに花粉が付着し、体が痺れて動けなくなった。
そこを、茎から伸びた蔦が狐たちを捕捉し、生気を吸い取っていった。
「きゃあああ!!」
「わあああああっ!!!」
狐の国だけではない……地上の王子稲荷神社で、門前町で、突如、柱のごとき怪植物が地面から生えてきて、赤い花が咲き、何事かと集まる人々の前に痺れ花粉が噴射され、根や蔦が伸びて雁字搦めに拘束し、人間樹に変えていった。
魔王樹の地上侵略作戦が開始されてしまったのである。
人類は一万年前に農耕文化をはじめ、急激に進化していった。
やがて、江戸は百万を超える人口となり、繁栄していった。
その栄華の歴史も、ここで終わり、魔王樹が日ノ本を支配し、人間は怪樹の養分とされてしまうのであろうか……
地底にある狐御殿は怪樹の根と枝で覆い尽くされ、魔王樹本体の棲家となっていた。
大地のエネルギーと吸い取り、人間・妖狐をはじめあらゆる生き物の精気を吸収して成長していく怪植物の侵略を、誰も止めることができない。
〈ぐわはははははは……我とその眷属がこの国に君臨し、人間も動物も妖怪も、すべての生命体の生殺与奪の権利を握るのだぁぁ……ぐっ……ぐおおおおおおおっ!?〉
が、急に魔王樹の勢いがしおれ、元気なくしなびていき、急激に枯れていく。
「なっ……急にどうしたんだ?」
地面が盛り上がり、土砂をかきわけ、小さな目の巨大なモグラがあちこちから顔を出した。
狐の国の工事用使役獣だ。掘った穴から黄蝶が顔を出した。
「黄蝶! それに、巨大モグラ!?」
「紅羽ちゃん、竜胆ちゃん、逆さまなのですよ!! それに、秋芳尼様まで枝に……」
「くわしい話は後だ、それよりそのモグラはどうした!?」
「キノコの森で助けたモグラさんなのです……傷が治ったら、ついてきたので、お願いして魔王樹の根っ子を地中から齧り伐って欲しいとお願いしたのです!」
「モグモグモグぅ~~!!」
巨大モグラが叫ぶと、ほかの地面が盛り上がり、十匹以上の巨大モグラが顔を出した。
黄蝶の助けたモグラの呼びかけに応じた作業用使役獣が、工事監督狐たちから反乱を起こして協力してくれたのだった。
「どうやら、モグラたちが反乱して、魔王樹の根っ子を噛み切ってくれたようじゃな……」
「モグラの恩返しか……きっと、黄蝶の優しさが虐げられたモグラたちを動かしたんだな……」
そこへ、魔王樹本体の枝が大王イカの触手のように伸びて黄蝶とモグラたちを襲う。
「そうはいかないのです! 天摩流風術・鎌鼬!」
黄蝶の円月輪から旋風が発生し、真空の刃を作りだし、風刃が怪枝の群れを切断していった。
「さあ、魔王樹が弱った今なのです!」
「おうよ、この機会を逃してなるか!」
「秋芳尼さまを守るのじゃ!!」
紅羽の全身から赤い闘気が湧きあがり、巻きついた根触手が燃え上がり、消し炭となる。
竜胆の体から青い神気が湧きあがり、彼女の肢体を緊縛する根触手が氷結し、粉々になって飛散。
華麗に宙返りをして大地に着地。
二女忍の怒りの剣風は恐るべき速度と斬撃で、瞬く間に妖根どもを両断し、枯れ死にさせた。
そして、秋芳尼も汚怪なる触手根の誡めから解放された。
「ふうぅ……皆さん、ありがとう……再び術式をはじめます……観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空……」
ふたたび尼僧の読経が再開された。
黄蝶は鎌鼬で、秋芳尼に近づく妖枝の群れを伐りまくって寄せ付けない。
その間、紅羽と竜胆は襲い来る枝触手の上を駆け巡り、魔王樹本体の一つ目に近づいた。
紅羽は左方から飛猿のごとく跳躍し、竜胆は右方から飛竜のように飛翔した。
紅羽は脳内心象の世界で、体内をのどかな田園と山岳が広がる風景画として思い描いた。
心象世界の尾骶骨で、横棒につかまり、足踏み式の水車を踏む二人の童子を思い浮かべる。
〈神気〉が水流となって小川を通り、おへその下にある田園、つまり下丹田に送られた。下丹田は、いわば、燃える炉である。
練り上げられ、下丹田に蓄積された〈神気〉は、下丹田から中丹田(心臓)、上丹田(脳)の泥丸宮へ送られ小川、つまり十二本の神気の通路〈径脈〉から、全身に〈神気〉がみなぎっていった。
上に昇るほど、心象世界が田園から山岳へと移り変わる。
そして、集めた神気を紅羽愛用の霊刀・紅凰へすべて注ぎ込んだ。
魔王樹の左斜め上に飛翔した紅羽は霊刀・紅凰を両手に握りしめ、左八相から振り下ろした。
「これで最期よ……天摩流火術奥義・朱雀落としぃぃぃぃ!」
翼をひろげた朱色に燃える鳳凰の幻像が浮かび上がり、魔王樹本体を左斜め上から右下にかけて斜めに逆袈裟斬りをおくった。
竜胆は空中で霊刀の薙刀を右八相に構え、残りの神気をすべて薙刀に注ぎ込み、青い陽炎をまとわしながら振り下ろす。
「元凶たる悪しき樹霊よ、闇に散れ……天摩流氷術奥義。青竜斬り!」
天空に昇る青鱗の龍の幻像が浮かび、魔王樹本体を右斜め上から左下にかけて斜めに袈裟斬りをおくる。
魔王樹本体は×字に四つに切り裂かれ、急激に枯死しはじめた。
魔王樹は悲鳴の思念波をおくって、息も絶え絶えだ……
が、枯死した細胞組織から芽が生え、蔦が伸び、再生をしようともがきはじめた。
「最後は私が……天摩流法術秘儀・破妖浄化六角堂陣!!」
秋芳尼が数珠をジャラジャラと振るうと、正座した尼僧が光り輝き、魔王樹を中心に地面に光り輝く線が走り、二重の六角形の方陣が出現。
さらに方円にそって梵字が現れ、光り輝く。
光の六角方陣から光の鎖が出現して魔王樹を縛り上げた。
さらに、方陣を基礎として霊妙なる光に包まれた半透明の六角堂が出現。これぞ法術奥義である浄化の六角堂。
六角堂は光の粒子となって破裂し、浄化の光の粒子が狐御殿に充満した魔王樹の悪気を駆逐していった。
邪気の塊であった魔王樹本体の残骸が光に包まれて消滅してく……
〈莫迦な……太古より蘇えりし、魔王の名を冠したる我が……我が……ぎゃああああああああああぁぁぁぁぁぁっ!!!〉
太古の世界で君臨した邪怪なる植物妖怪は、枯れ果て、消し炭のようになった残骸が地面に倒れてゆき。
狐の町や地表の稲荷神社や門前町に出現した赤い怪花たちも枯れて萎びて、灰塵と化してしまった。
「やったあああああっ!!」
紅羽と黄蝶が抱き合って祝福した。
竜胆が秋芳尼に駆けより、肩を抱いて立ち上がらせた。
「これで終わったのですね……秋芳尼さま……」
「そのようですね……」
そのとき、魔王樹の残骸から起き上がった影があった。
「くっ……まだよ……まだ、負けてないわ……」
「判官狐……もう、降参しな……」
「魔王樹は生きている……ここに……ね……」
「!!!」
烏帽子狐が衣服の左側を脱ぐと、体毛から怪樹の芽がいくつも生えていた。蔓が何本も伸びて宙に蠢く。
「コンコンコン……あんた達はもう、ありったけの〈神気〉を使って、余力が無いでしょ……あたくしがトドメを刺してあげるわ……」
「くっ…………」
判官狐のいう通り、紅羽たちに丹田に神気は残っていない。
もう一度あのような大技を咄嗟にはくり出せないのだ……




