神気光明剣!
黄蝶は莫連のお銀と戦っていた。
少女忍者が莫連のお銀のくり出す左右の小太刀に対し、横に飛び、トンボをきって避け、お銀の頭上を飛んで翻弄した。
「おのれ……チョコマカと……まるで牛若丸の八艘跳びだよ……」
「ふふん……そうなのです、天摩流体術・飛蝶八艘跳びなのです!」
「いまいましい義経もどきめ……これならどうだい……妖術・特大狐火玉!」
お銀狐の口中に狐火が生じ、赤々と燃える火焔が吐き出され、死の高熱波が襲う。
黄蝶が移動する先を追うように火焔が広がり、周囲の大地を炎上させ、逃げ場をなくす作戦だ。
「ぴええええっ!! でも、負けないのです!!! 天摩流風術・つむじ風」
黄蝶が両手の円月輪を羽ばたかせ、小規模の旋風を発生させ、火焔の包囲陣を吹き飛ばした。
お銀狐が吐き出す火焔に自ら火傷しないように火術を止める。その一瞬の隙、
「天摩忍法・鎌鼬!」
少女忍者の円月輪が巻き起こす烈風の中から真空の刃が発生。
鎌鼬の風刃がお銀狐めがけて飛来。
が、女狐は優雅に舞うように両手の小太刀を回転させ、真空風刃を弾き飛ばした。
「なっ……そんなぁぁ!!」
「コンコンコン……驚いたかい? 神気術だろうが、妖術だろうが、この妖気封じの小太刀『梅傳』の相手じゃないさ……」
「うぅぅぅ……凄い使い手なのです……」
「このあたしに刃を向けるなんざ、十年早いんだよ……」
「むぅぅ……そんなことないですよ!」
頬が膨れる黄蝶に対し、お銀狐が前傾姿勢で斬り込んできた。黄蝶は円月輪で応戦。
小太刀は長さ二尺(約60センチ)の刀剣であり、莫連のお銀は左手の小太刀を盾代わりにして、右手の小太刀を攻めにつかっていたが、時にはそれが逆転する。
おそらくは両利きなのであろう。
接近戦にもつれこみ、飛蝶八艘跳びの軽業がつかえず、防戦一方の黄蝶。
「コンコンコン……覚悟しな小娘! あたしの二刀小太刀に敵う奴などいないんだよ!」
「二刀流はあなたや紅羽ちゃんだけじゃないです……黄蝶も二刀流円月輪の使い手なのです!」
「なんだとぉぉ!!」
お銀狐が怒りを込め、左右の小太刀を同時に少女忍者の腹部へ斬り込む。
が、黄蝶は大きく飛翔して避け、左右の円月輪を投擲した。
が、お銀狐も抜群の動体視力と反射神経で回転輪の襲撃を避けた。
少女忍者は無手となってしまった……
「手も足もでまい……これで最期だっ!!」
「そうですかね?」
なんと、黄蝶の放った円月輪がブーメランのように孤を描いて戻り、それを察したお銀狐が慌てて両手の小太刀を盾にしたが、円月輪の衝撃で音高く折れてしまう。
鍛冶忍者・金剛の作った武器が妖術封じの小太刀『梅傳』を破ったのだ。
「これぞ天摩流輪術・帰り蝶なのです……続いて、風頸掌!!」
空気を凝縮した風の気功弾が、呆然とするお銀狐の赤い帯に命中。
「ぐふぅぅ……ちきしょうめ……」と、息を吐いて、お銀狐は倒れ込んだ。
こちらでは松影伴内と赤鎧の弾正狐が対峙していた。
武器をもたずに佇む伴内に対して、鎧甲冑狐は長大な刀身をほこる長巻を八相に構えていた。
長巻とは、『突く』ことを主体とした槍とは違い、『斬る』ことを主体に大太刀から改良されていった長柄武器である。
槍や薙刀よりも重くて操法が難しいが、三尺を越える長い刀身は一撃で敵の腕を切断し、鎧甲冑をつけた相手でも骨まで折る威力があったという。
「侵入した人間の中で貴様が一番強いとみた……ならば近衛狐八騎の頭目であるこの俺が相手せねばなるまい……」
「ほほう……じゃが、買いかぶりかもしれんぞ……なんせわしも若くないでな……」
「ならば、ジジイらしく大人しく引っ込んでおれ」
「なんじゃとぉぉ!! わしはまだジジイと呼ばれる歳ではないわい!」
「ふん……ところで、得物はどうした?」
「これじゃい」
小頭は懐から七寸(約21センチ)ほどの三鈷杵を取り出した。
三鈷杵とは、金属製の密教法具であり、中央に握り部分があり、両端がフォークのように三本に分かれて湾曲した仏具だ。
本来は古代インドの武器であった。
金剛杵の仲間であり、本来金剛杵もこのくらいの大きさである。
「それは密教や禅宗でつかう法具だな……しかし、山伏や忍びの者は棒手裏剣にも使うというが……相手が悪かったな……」
弾正狐は左手の拳で甲冑の胸を叩いた。
「それはどうかいのう?」
赤鎧狐が長巻を八相に構え、相変わらず動かない伴内に剛剣を送り込んだ。
「てやああああああああっ!!」
ガシィィィィィッ!!
「なにっ!!」
甲冑をもへし折る長巻がはね返された。
伴内のもつ三鈷杵の先から銀色に輝く光の刀身が見える。
それは伴内の体内の〈神気〉を集め、三鈷杵の先から物質化させて剣先としたものだ。
「天摩忍法……神気光明剣!」
〈神気〉の実体化……これは紅羽たちにはまだできない、天摩流神気術の奥義であった。
フォ――ン……フォン……フォォン……
光の神気剣が八の字を描いて弾正狐に斬り込んでいく。
籠手や胴丸に切れ目が入り、草摺が吹き飛んだ。
伴内に押され、後ずさる弾正狐。
「信じられん……鋼の甲冑が苧殻のように斬られるとは……かくなる上は……狐妖術・穏形鎧」
弾正狐の鎧甲冑が兜、胴丸、佩楯まで全身が半透明となり、中庭の風景が透けて見え、やがて姿が消えた。
いや、消えたのではない、鎧甲冑の表面に周囲の風景を映し出し、カメレオンやイカ・タコの保護色のように背景に擬態したのだ。
「おのれ、穏形の術か……」
松影伴内は耳をすまし、目を凝らして足音や息遣い、気配をさぐった。
しかし、他にも戦闘が繰り広げられ、さしもの忍者眼・忍者耳も効かないようだ。
「ややっ!! こうまで完璧に気配を消すとは……敵ながらやりおるのう……ならば察気術じゃい」
目を閉じて精神集中し、気の流れを感じ、殺気をはなって忍びよる敵を察知する術のことだ。
急に右方向に急に殺気がわいて、身を沈めて躱すと、庭木の枝が吹き飛び、木の葉が宙に舞った。
透明な長巻の刃の仕業だ。
「そこかっ!!」
しゃがんだまま伴内は左手を地につけて、両足を独楽のように回して足払い。
手応えがあり、甲冑が地面にぶつかる音がした。
妖術が破れ、倒れた赤鎧の弾正狐の姿が見えた。
伴内が甲冑の弱点である脇の下から急所に手刀を打ち込む。
「うぐぅぅぅ……無念なり……」
「穏形鎧、破れたりじゃい!」
だが、まだ一般の近衛狐たちが残っている。幹部たちが倒されても士気は下がらず、槍や刀で立ち向かってくる。
「おのれ厄介な奴らじゃい……まとめていくか……天摩流土術・泥流波」
伴内が両手を地面につけて神気を注ぎこみ、大地が水分をおおく含んだ泥の塊となり、泥流が生き物のようにうねり、土石流のごとく敵兵士たちを包み込んだ、
「わあああああっ!!」
「おのれ……ひるむな……かくなる上は、狐火攻撃だ!」
「応っ!!」
八匹の近衛狐が口を開け、天摩忍群に向けて「狐火玉」を火焔放射。
周囲を赤い焦熱地獄に変え、黄蝶たちはたまらず横に飛んで避けた。




