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妖霊退治忍!くノ一妖斬帖  作者: 辻風一
第二話 妖刃!鎌鼬斬り
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枯れ葉よりヨモギモチ

 江戸の北方にある谷中やなかは寺社が多い地帯で、道灌山どうかんやまの近くに小さな尼寺があった。


 その名は鳳空院ほうくういんといって、秋芳尼しゅうほうにという若い尼僧が住持じゅうじをしている。


 境内の大きな木の下で三人の娘が落ち葉掃除をしていた。

 落ち葉をあつめても、次から次へと枯葉かれはが舞い落ちる。


「……まったく、次から次へと、葉っぱが落ちて……落ちるんなら一斉に落ちろってんだ!」


 若侍姿に長い髪をうしろでくくった女剣士の紅羽くれはが、落ち葉をはいていたほうきをもちあげてえた。


「頭に湯気をたてるでない、紅羽」


 白い羽織に緋色の袴があざやかな巫女姿の竜胆りんどうが軽くたしなめつつも、帚の手は止まらない。

 彼女は鳳空院内にある小さな神社の巫女だ。


 お寺のなかに神社? とは不思議に思うかたもいるだろう。

 今現在、神社と寺院はことなる存在と思われているが、明治時代以前ははっきりと区別がついていなかった。

 日本では土着の神道を祀っていたが、552年頃仏教が伝来し、仏を神と同じ存在として二つは混じりつつ信仰された。これを神仏習合しんぶつしゅうごうという。

 さまざなな軋轢あつれきはあったが、仲良く共存した話もある。

 もともと両者は多神教であるがゆえ、互いに影響されつつ信仰されていった。

 ゆえに、江戸時代の寺院のなかに神社があり、反対に神社のなかに寺院があっても、明治以前の日本ではありふれた風景である。


「そもそも、春なのにどうして枯葉が落ちるのですか?」


 黄八丈に赤い帯をしめ、黒い下駄に赤い鼻緒の黄蝶きちょうが竜胆に質問する。

 彼女は尼寺の山門の石段下にある茶屋「松葉屋」の茶くみ女中である。

 長い髪を二つ結びにしていが、結ぶ位置が耳の上で、現代のツインテールのようだ。


「それはな、黄蝶。この木はユズリハといって、春に新しい葉がでると古い葉が交代するように落ちるのじゃ」


「なあるほど~~、だから“ゆず”なのですね!」


「そうじゃ、親が子を育て、家が子子孫孫ししそんそん続いていくようにと願いをこめた縁起物にもなる」


「へ~~、それで師走にこの枝を市で売り歩いたんだ……」


 叫んでストレスが軽減した紅羽が首をだす。


「……おぬしはユズリハを売りながら、その意味をしらなんだか……」


「うんうん、知らなかったなあ」


 女童めのわらべのような愛くるしい顔をする紅羽に、竜胆は片手を額にあててうつむく。


「……あのなあ…………」


 ユズリハは縁起の良さから正月の飾りにつかわれる。

 ウラジロとともに、鏡モチ、門松かどまつ、しめ縄にさしこんで飾るものだ。

 けっして裕福ではない鳳空院の大事な副収入源となる。

 それでも庭の一角にユズリハの枯葉の山がいくつも出来て、きれいになった。


「はあ~~~……秋だったらサツマイモを焼いてもりあがるんだけどなあ……」


「溜息をつくな、幸せが逃げるぞ。……さすがに今時期はサツマイモの種イモしか売ってないのじゃ」


「残念ですぅ~~……」


「みなさ~~ん、浅茅あさじさんがヨモギモチをつくってくれましたよ~~」


 白い尼頭巾に黒い法衣をきた秋芳尼がお盆にヨモギモチをのせた皿を持って本堂と庫裡くりをむすぶ渡り廊下を歩いてきた。

 うしろにぽっちゃりした中年女性が茶瓶と湯呑をのせた盆をもって続く。

 石段下の茶屋の女将おかみさんの浅茅だ。


「わぁ~~い、ご馳走になるですぅ♪」


「あ、あたしもあたしも。花より団子、枯葉よりもヨモギモチ♪」


「うむ、一息いれようか……」


挿絵(By みてみん)


 本堂の縁側に腰掛け女たちが桜の花をめでながら、おしゃべりしながら、お茶を飲み、ヨモギモチを食べた。


 そこへ、一陣の風が巻きおこり、旋風つむじかぜがユズリハの枯葉の山を宙にまきまげた。

 そのつむじ風の中に人影が浮かび上がり、口ひげをはやした初老の男性になった。

 茶屋「松葉屋」の主人、松影伴内まつかげばんないである。

 三人娘が「小頭こがしらっ!」と叫ぶ。


「秋芳尼さま! 一大事でござる」


「ちょっとぉぉぉ、小頭! せっかく落ち葉掃除の最中なのに散らかさないでよ!」


「それどころではないわ、紅羽! 秋芳尼さま、麻生の宮村坂、通称『暗闇坂』でまたも辻斬り騒ぎがおきました」


「あらあら……暗闇坂といえば、先日も行商人が斬られて大騒ぎになったのに……」


「昨夜、人斬りを退治しようとした浪人者ふたりが、返り討ちとなって、今朝がた死体となって発見されたのですが……これがまた奇っ怪な姿に変わり果てて……」


「……まあ、どうのような?」


 秋芳尼が眉をひそめて先をうながした。松影伴内はつばをのみこんでから、


「……それが……全身を切り刻まれ、血を抜かれた木乃伊みいらのように干からびた死体でして……」


「小頭っ! それは妖怪のしわざに違いないですよ」


「うむ……血を抜かれたのではなく、怪異かいいに血を吸われたのであろうな……」


「ぴえ~~ん、こわいですぅぅぅ……」


「こわがっとる場合かっ! お前たちは妖霊退治人であるぞっ! 寺社奉行所じしゃぶぎょうしょも妖怪の仕業とみて懸賞金をだした。他の妖怪退治人に先を越されるな!」


「「「はいっ!」」」


 彼女達は天摩流てんまりゅう忍術を身に付けた女忍者であり、また妖霊退治人でもある。


「伴内さん、まずは他に犠牲者が出ないようにするのが先決ですよ……紅羽さん、竜胆さん、黄蝶さん、霊怪退治屋の出動ですっ!」



「「「ははっ!」」」


 三人が秋芳尼の前で片膝ついてかしこまり、影をのこして消えてしまった。瞬転移動が速すぎて消えたように見えたのだ。


「ところであなた……」


「なんじゃい、浅茅?」


 三人を見送った松影伴内に、女房の浅茅が帚をわたした。


「せっかく紅羽たちが落ち葉掃除をしてくれたのに、格好をつけて、まき散らしちゃって……」


「いや……たまには忍びらしく『木の葉隠れの術』を披露ひろうしたんじゃが……」


「ちゃんと後始末してくださいね!」


「……お、おう…………」


「おわったら、ヨモギモチを差し上げますから……」


「うむ……」


 ニコニコしているが、顔に陰影をつけた女房の迫力にまけて、伴内は箒で落ち葉の庭掃除をはじめた。



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