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妖霊退治忍!くノ一妖斬帖  作者: 辻風一
第八話 驚異!地底の妖狐魔殿
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出たぁぁ!!大入道

「なんだってぇ!? すると、『ヒトゴエの刑』っていうのは……もしかして……」


「おそらく『人肥ひとごえ』と書くのじゃろう……作物に下肥しもごえを与えるよう、魔王樹とやらに人間肥料をあたえる恐ろしい刑のようじゃな……」


「はやく助けにいかないと……」


「ココンコンコン……そうはいかないざんす。これを喰らうざんす!!」


 ひょろりとした又七狐が弓矢を連射でし、三本の弓矢が襲ってきた。


 弓矢は飛ばすと時速二〇〇kmの早さにもなり、名人が射れば飛ぶ鳥をも落とす威力がある。

 竜胆が薙刀を回転させて迎え撃とうとすると、前に小柄な影が進み出た。


「天摩流輪術・矢斬り!」 


 少女忍者が軽やかに宙を舞い、円月型の金属輪が夜空に舞う銀蝶のように軌跡を描き、三本の弓矢を切り落とした。


「なにい……僕の矢がぁぁ!!」


 矢切やぎりの術は刀術にもあり、高速飛行する矢は目視しづらく、矢羽を目当てに払うものだ。

 しかし、動体視力と反射神経がものをいう技であり、しかも三本同時に切り払うとはさすがといえる。


「ここは黄蝶と松田のお兄ちゃんにまかせるですよ……先に行ってくださいなのですっ!!」


「しかしじゃな……」


 心配する竜胆の肩を紅羽がつかみ、片目をつむった。


「ここは二人にまかせよう!」


「……そうじゃな……二人とも、まかせたぞっ!!」


 先に走る小茶に案内され、紅羽と竜胆が狐御殿へと走り去った。


「あわわ……二人逃したぞ……まずいじゃん、手柄が半減じゃん……」


「こいつら早く始末して、奴らも追いかけるざんす!」


「よっしゃ、俺にまかせな、妖狐流鞭術奥義・電光十裂鞭でんこうじゅれつべん!!」


 音速の鞭の斬撃が半九郎と黄蝶を襲い、たまらず二人はオオガサダケの後ろに隠れた。

 が、巨木の幹より太い特大キノコのが幾重にも切り裂かれ、ミシミシと音を立てて倒れた。

 半球上の傘の殻皮かくひから白い小麦粉のような胞子ほうしが舞い散った。


 左右の巨大キノコの影に飛んだ半九郎と黄蝶に対し、恐るべき鞭の斬撃がオオガサダケを破壊し続ける。

 さらに又七狐の弓矢が移動する隙を狙って連射された。

『近衛狐八騎』が二騎の波状攻撃に、これでは袋のネズミである。


「コンコンコン……大きな口を叩く割には逃げるしか能がないじゃん!」


「待て、太平狐! それ以上やるとキノコの胞子で見えなくなるざんす!!」


「なにぃ!? しまったぁぁ……」


 鞭を回収して、耳をひくつかせ、周囲をうかがう二匹の近衛狐。

 狐は人間どころか犬よりも優れた聴力がある。

『立体聴力』といって、冬に雪の下でほんの少しだけうごめく野ネズミや野ウサギの気配を読みとり、捕獲することが可能だ。

 それも、こっそりと近づいて雪を掘るのではなく、標的に向って跳躍し、雪に鼻づらを突っ込んで捉えるというダイナミックな狩人なのである。


 又七狐が音もなくオオガサダケの上に飛翔し、弓弦を引き絞って矢をつがえて標的をさがす。

 太平狐は鞭を握りかえ、神経集中。胞子の幕がおさまり、又七狐が小柄な影の気配を察して右の巨大茸に無音跳躍して近づく。

 一方、太平狐は左方に武士の気配をとらえた。

 胞子の霧がうすれだし、人影が見える。


「そこじゃんっ……音超えの電光鞭を喰らえ!!」


 太平狐が男の気配めがけ、鞭が「パンっ!」と鳴らす。この炸裂音は音速を超えた時に生じるソニックブームである。

 あまり知られてないが、鞭の名手となれば、人力でも音速を超える鞭が振れるのだ。

 プロ野球の投手のように腕で時速一〇〇キロ以上の投球スピードが出せるのはご存じであろう。

 たとえば、腕の十倍の長さの棒を振り下ろせば、棒の先端は時速百キロにもなる。

 鞭を振れば、鞭の手元の速度は腕の振られる速度とほぼ同じであるが、鞭の先端部は細くなっていき、加速度的にスピードが出る計算だ。

 鞭の遣い手の名手となれば、音より速く……すなわち、音速を超えることができるのだ。


「………………!!」


 武士の影が腰の打刀を握り、無言の一閃。

 ザンッ!! 

 皮鞭が宙で切断された!


「げげっ!! 俺様の鞭がああ……」


「……一刀流秘伝……切落きりおとし!!」


 一刀流免許皆伝である松田半九郎が、瞬電しゅんでんの剣で音より速い鞭術を破ったのである。

 相手が先に斬ってきた刀を迎撃して斬って落とす技――いいかえれば相手の刀を『死太刀』とし、己の刀を『活太刀』とする、不敗のカウンター迎撃刀術――それが『切落』である。




「そこね……胞子の霧で白い矢羽も目視できないざんすよ……妖狐流連射弓術奥義・先読み矢!!」


 又七狐が弓矢を連射した。

 胞子で視界の悪い現場で、二〇〇キロの高速の矢の連射である。

 いかに矢切りの術を心得た少女忍者であっても、さきほどと違い、条件が悪すぎる。

 さらに又七狐の弓術は、現在位置へ三本、背後に逃げた場合の位置へ三本、前方へ攻撃に転じた場合の位置に三本、狩りで鍛えた予想の間合いに連射したもので、必殺必中の攻撃といえた。

 それに対して黄蝶は爪先立ちをし、ピョンと宙に飛び、両手の円月輪を水平に伸ばして回転しはじめた。


「そうはいかないのですぅ!! 天摩流輪術・風独楽かぜごまなのです!」


 飛来する九本の死の矢に対し、その名のごとく独楽のように高速回転する少女忍者が鉄輪でカンッ、カンッ、カンッ……とやじりをはね飛ばしていった。


「ひょええええっ……僕の弓矢が全部はね飛ばされたァァ!!」


 驚嘆する又七狐に細引きのついた円月輪が飛来し、自慢の弓弦を切断し、燕のように半回転して黄蝶の手元に帰還。


「これで弓術は使えないですよ!」


「弓弦までぇ~~!!」




 胞子の霧がやみ、左右から姿を見せて合流する半九郎と黄蝶。


「これで腕の差がわかっただろう……大人しく投降すれば、手荒な真似はしないぞ……」


「そうなのです……事が終わるまで縄で縛っておくだけですぅ」


 オオガサダケから飛び降りた又七狐と鞭を切断された太平狐がタジタジになって後ずさる。


「くそぉぉ……こいつら妖術も使えない下等生物のくせにやるじゃん……」


「敵をほめてる場合じゃないざんすよ……こうなれば妖術攻撃に切り替えるざんす!」


「……だなっ!!」


 二匹の野狐が互いに背中を向き、ふさふさの尻尾を打ち合わせた。

 すると、火打石のように火花が生じ、火の玉ができた。ボッ、ボッ、ボッと狐火が次々と宙に浮かぶ。


「「狐妖術・狐火玉!!」」


 高熱の火炎弾が一斉に左右に立つたちめがけて発射された。


「なんだとぉ……狐火かぁ」


 松田半九郎が打刀を構えなおした。

 彼が剣の達人であり、ここへ来る前に秋芳尼に刀に霊能力を与えられたとはいえ、十数個の火炎弾には抗えることができまい……


 松田同心の横に立つ少女忍者が印を結んだ。


「天摩流風術・つむじ風!」


 臍下丹田に蓄えられた黄色い神気が、黄蝶と半九郎たちを中心に小規模の旋風を発生させ、回転する空気の渦巻きが火炎弾をはじき返した。


「おお、やるなあ……黄蝶!」


「えへへへ……なのです」


 半九郎に頭を撫でられて照れる黄蝶。


「くそぉぉ……彼奴きゃつら、神気術遣いだったのか……やばいざんす……」


「こうなったら奥の手じゃん……」


 宙に跳躍した近衛狐たちが互いの尻尾を十字に交差させる。


「いくざんす、太平狐!」


「よしこい、又七狐!」


 二匹の体が光り輝き、濛々と黒煙がわきだし、天井に達するまで広がった。

 そして、黒煙の中から三つの怪光が見え、巨大な腕と足が飛び出した。


「コンコン、ココンコンコン、アタリキシャリキノコンコンチキ……狐妖術・大入道変化!」


 煙が消え去ると、身長一丈半(約四.五メートル)もある三つ目の巨大坊主が出現した。


「ぐわははははははは!! 見たか、わしたちの友情妖術を!  一足す一が二どころか、十にもなるのだぁぁぁ!!!」


 剃髪した頭に三つの目玉が光り、頬から顎にかけて黒い剛毛が生え、分厚い胸板に全身の筋肉が岩のようにコブコブしている。

 黒染めの法衣に、袈裟をつけ、首には数珠をかけ、右手に身の丈ほどもある金砕棒かなさいぼうを持ち、その先を地面にドスンと落とすと大地が揺れた。


 金砕棒とは樫の木などを八角棒に削り、鉄鋲てつびょうたがで補強したもので、鎧兜ごと頭や体を叩いて殺す武器であり、南北朝時代から合戦に登場した。

 ことわざにある『鬼に金棒』の金棒とは、この金砕棒がモデルであり、剛力の者しか使えない。


「ぴえええええっ! 大入道なのですぅ!!」


「なにぃぃぃ……そうか……飛鳥山や滝野川などで猟師をさらった大入道とは、奴らが正体だったのか!!!」


「ぐわははは……そうよ……王子周辺の原野は我ら狐の狩場である。勝手に狩猟をした猟師どもは今頃、判官狐様に裁かれ、鶴吉らとともに魔王樹の生け贄となっておるわい!!」


 そういって、三つ目大入道は金砕棒を半九郎と黄蝶めがけて叩きつけた。

 二人は瞬転の早業で後方へ飛び、外れた金棒に当たった地面が爆発したように土砂が飛散。

 次々と力任せの攻撃が二人を襲い、防戦一方だ。

 三つ目大入道の右の瞳に太平狐、左の瞳に又七狐の顔が映った。

 巨体の左右を分担して動かしているのだ。


「コンコンコン……見たか俺たちの力を……残りの妖怪退治人も倒した手柄で、判官狐さまにご褒美をもらえるじゃん! 稲荷寿司いなりずしをたらふくもらおうかな!!」


「コンコンコン……そしたら、僕は姪御の阿茶狐さまをお嫁さんにもらおうかしらん!!」


「なんだとぉぉ! 抜け駆けは許せん!!」


 大入道の左右の目の中で二匹の狐がポカポカと喧嘩を始めた。

 すると、巨大妖僧の頭頂から顎にかけて正中線が走り、ピキピキと割れ目が生じ始め、股間まで達し、上下にずれ始めた。

 言葉通り友情妖術にひびが入ったためだ。


「今が好機なのです……天摩忍法・風頸掌ふうけいしょう!」


 黄蝶の両手から凝縮された空気の弾丸が次々と大入道に撃ちだされ、たじろいた巨僧の足元を走り寄った半九郎が刀で切りつけた。


てえええええ!! ……やばいじゃん!! 喧嘩はあとじゃん!!」


「そうだな、太平狐……まずはあの侍と小娘を倒さないとざんす!!」


 再び二匹の友情力が高まり、両手で巨体を抱きしめると、ずれが治り、正中線の割れ目がきれいに消えてしまった。

 金砕棒を振り上げてふたたび猛攻開始。

 半九郎の刀をはね返し、風の気功弾も弾かれた。

 慌ててキノコの影に飛ぶ黄蝶と半九郎。

 が、


「ぴええええっ!!」


 慌てた少女忍者が石につまづいて転んでしまった。

 そこへ金砕棒がせまる。

 反対側に跳躍して逃れた松田が手を延ばすが、間に合わない。


「黄蝶!ぉぉぉぉ!!」


 ゴキィィィィィィ!!


 骨を粉砕するような重い轟音が地下のキノコ栽培所に響きわたる。


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