キノコの森の怪物
「それで小茶ちゃんだけで助けを呼びに行ったのですか~~…小茶ちゃんは健気で良い子なのですぅ~~…」
黄蝶が小茶狐をだきしめてオイオイ泣いた。
「しかし、無茶苦茶な裁判もあったなあ……」
「とんだ茶番劇なのじゃ……あきれてものが言えぬのう……」
「だけど、阿茶狐の奴、鶴吉たちを逃そうとするなんて、少し見直したよ……」
「そうじゃな……」
紅羽と竜胆が口の端をあげた。
「ところで、小茶ちゃん、『ヒトゴエの刑』って、なんでしゅか?」
「さあ……知らないでしゅ?」
松田同心がハッと気づいたように、
「いや、それよりも狐御殿とやらに急がねばならんぞ、お前たち……鶴吉たちが危ない。俺の勘だが、『ヒトゴエの刑』とやら、不穏なものを感じる……」
「おっと、松田の旦那の言う通りだ……小茶ちゃん、狐御殿はどこにあるんだい?」
「それならキノコの森を通ると早いのでしゅよ……」
「キノコの森?」
黄蝶の腕から抜け出た子狐の小茶が走りだし、買い物をする狐たちを避けて、黄蝶たちが追いかけた。
土製の家の間を抜け、地下通路を通り抜けると、別の場所にでた。
そこは、鳳空院の境内より広い地下空間で、壁や天井にヒカリゴケが生え、周囲を金緑色に照らされている。
地面に大きな丸太が並べられ、シイタケ、シメジ、エノキタケ、マツタケなどが栽培されていた。
一同が驚嘆の声をあげる。
先頭を進む子狐の小茶が、
「ここは地底キノコの栽培所なのでしゅよ。キノコは狐の国の主食で、お金代わりにも使うでしゅ」
「ほわあぁぁ~~~…いろんなキノコがいっぱいなのですよぉ~~」
「しかし、こんなに大規模はキノコ栽培は見たことがないのう……」
「こんだけありゃ、キノコ汁を数年分は食えそうだなあ……じゅるり……」
「おい、紅羽。よだれが出ているぞ……」
「あっ、旦那……こりゃ失礼……」
さらに奥には、一丈(約3メートル余)以上もある大きなキノコの森林があった。
まるで「不思議の国のアリス」の世界に迷い込んだかのようである。
「ずいぶん、でっかいキノコだなあ……」
「これはオオカサダケでしゅよ……叔父しゃんが若い頃、食糧が尽きて餓死する狐を出さないようにつくり出したのでしゅよ」
「えっ!! あの判官狐が……ふぅ~~ん……人は……いや、狐は見かけによらないなあ……」
「これは妖術で改良したキノコらしいでしゅよ」
巨大キノコの森という、幻想的な空間を進みゆく。
すると、出口の前で、ズズズズズっと地面が揺れた。
「なんだ、地震か!?」
「こんなところで土砂崩れがあれば、落盤で生き埋めにあうぞっ!!」
騒ぐ一同の前面の土が盛り上がり、土砂をかき分け、シャベルのように巨大な五本爪の手が出てきた。
茶色い毛並のずんぐりした円筒形の胴体に、小さな目の怪物だ。
「妖怪かっ!!」
紅羽が比翼剣、竜胆が薙刀、半九郎が打刀を構えて対峙した。
「あれはでっかいモグラなのですぅ~~…」
「えっ、モグラ?」
黄蝶の指摘する通り、それはモグラであった。
ただし、体長は二丈(約6メートル)もあるキングサイズのモグラであった。
別に襲ってくるわけではないようで、武器をおろした。
すると、モグラが出てきた穴から狐頭人身の二匹の妖狐が這い出てきた。
「ふぅ~~…やっと貫通したさんすねえ……地上への隠し通路の完成ざんす」
「しかし、又七狐よぉぉ……判官狐さまの近衛狐になったはいいが、地下工事ばかりの普請仕事じゃん……」
弓と矢筒を背負ったひょろりとした細長い狐と、鞭をもった、狐にしては肥満した狐の二匹が愚痴っている。
「そういうな、太平狐……間道を増やせば便利になって、狐民の支持を増えると判官狐さまが言ってたざんす」
「ん!? ありゃ、ここは地上じゃないぞ……キノコの栽培所じゃん!!! ったく、間違えやがったじゃん、この間抜けモグラ!!」
太った狐が鞭を振り、「パンッ!」と鳴ったかと思うと、ピシリと巨大モグラを叩いた。
「モグモグゥ~~~…」
巨大モグラが悲鳴をあげる。
これは普通のモグラを、判官狐が妖力入りの蜂蜜で育て上げた工事用使役獣である。
「ちょっと、動物虐待はやめるのですよぉ!!」
黄蝶がモグラの前に両手を広げて立ちはだかった。
「なんだぁ、この珍妙な髪形の狐娘は!? 邪魔する気かじゃん!!」
太った狐が鞭を構えた。細長い狐が鼻をひくつかせ、クンクンさせる。
「おい、待つざんす、太平狐……こいつら狐の耳と尻尾があるが、人間の匂いがするざんすよっ!!」
「なんだとぉ……本当かじゃん、又七狐!!」
鼻をクンクンとさせる肥満した太平狐が細長い又七狐を仰ぎ見る。
「くっ……もうばれたか……」
紅羽が二刀を構え直して、啖呵をきる。
「いかにもあたし達は人間だけど、ただの人間じゃないよ……天摩流忍術を心得た妖怪退治人さ。命が惜しけりゃ、大人しくそこを通しなっ!!」
「なにぃ……妖怪退治人だとぉぉ……狐の国へどうやって、まぎれこんだじゃん!?」
「待て、妖怪退治人といえば、判官狐さまが人間の国へ出張ったとき、小娘三人組を地の底に封じ込めたといったが……」
「ところがどっこい、生きていたよ。あたしは天摩忍群の紅羽!!」
三人娘が着物の衿を持って宙に脱ぐと、下には紫紺の忍者装束を着込んでいた。
「どうやら、判官狐の手下らしいのじゃ……縛り上げておこうかのう……」
「そうですね……ちょっと、手荒いがしかたがないのですぅ……」
これを聞いて又七狐と太平狐は大いに憤慨。
「むかぁぁ~~…『近衛狐軍団八騎』に選ばれたぼく達を三下あつかいしているざんすねえ……」
「なんだとぉぉ……モグ公、こいつらを爪で引き裂いちまうじゃん!!」
「……モグゥ~~~~…」
首をふってためらう巨大モグラに対し、焦れた太平狐が鞭を地面に叩きつけて威嚇した。
体罰への恐怖心から反射的にモグラは妖怪退治人たちに爪を向けた。
「天摩流火術・狐火!」
紅羽が掌から照明火球を打ち上げた。
巨大モグラといえど動物ゆえ、本能的に炎には弱く、悲鳴をあげて、掘った穴に逃げ込み、お腹がつかえて、下半身がぷるぷると震えている。
「モグラに無理強いしてないで、堂々とかかってきなよ、狐兵士ども!!」
「そうなのです、卑怯なのですよ!!」
「なんだとぉぉ、生意気なやつらめ……こいつを喰らうじゃん!」
肥満した太平狐が二丈も長さのある皮の鞭を黄蝶に向かって投げつけた。
鞭の先が襲い、黄蝶が帯から円月輪を出して構える。
が、その前に人影が飛び出し、鞭の先が刀の鞘に巻きついて食い止められた。
太平狐が手首を返し、鞭を戻す。
「俺はこいつらの後見役の半九郎だ……ちょいと、乱暴がすぎないか、狐さんたち……」
すると、黄蝶が口をとがらせ、
「ちょっと、松田のお兄ちゃん、ここは黄蝶の見せ場なのですよ! 余計な手出しは無用なのです!!」
「ははは……余計な気遣いだったか……こいつはすまん」
ぷんぷんと怒る黄蝶に、莞爾と笑う松田半九郎。紅羽と竜胆も応戦の構えをとる。
「紅羽と竜胆……ここは俺と黄蝶にまかせて先に行け……鶴吉たちが判官狐に酷い事をされそうな予感がする……」
「でも……」
「コンコンコン……その男の言う通り、鶴吉たちは今頃、魔王樹の生け贄にされている頃ざんすよ!」