ここは狐の国大通り
地下道を小茶の案内で進み、その先に明かりが見えた。
そして、ざわめき声が聞こえる広場に出る。
そこは地底の大空洞であり、人間の町が三つほど入るほどの規模らしい。
土造りの家があちこちにあり、道も整備されているようだ。
「あれ!? 地底にしてはやけに明るいなあ……」
「あそこに太陽があるですよ!!」
黄蝶が指さすはるか頭上には、真っ赤に燃える小さな天体があった。
「あれは『小太陽』でしゅよ……大空洞の天井に吊るした大きな鉄籠に狐火を集めて燃やしているのでしゅ」
「へえ~~…地底にお天道さまがあるとはたまげたねえ……」
「狐妖怪の文明は目を見張るものがあるようじゃのう……」
一行は土造りの家が並ぶ狐の国の繁華街へ進んだ。
広小路には二本足で立つ狐、狐首人身の者、阿茶のように狐耳と尻尾を生やした人間風の者などが道端に風呂敷をひろげ、品物や食べ物を売り買いしていた。
なので、人間の姿の紅羽達も、狐が化けた人間に見えて目立たなかった。
「いらはい、いらはい……創りたての稲荷寿司が安いよ、安いよ」
「この木の実酒は極上だよ……野イチゴから作った甘くて美味しいお酒だよ……」
鉢巻をした売り子の妖狐たちが濁声を張り上げていた。
「この鮎の干物三尾ほどちょうだいな。シイタケ三十本くらいと交感でいいかい?」
「あいよ、奥さん。まあ妥当だね」
「アケビ八個と、マイタケ十二株とでどうだい」
「まあ、そんなもんだね。毎度ありい~~」
狐の奥さんたちと露天商狐たちがわいわいがやがやと買い物に勤しんでいた。
「すごいのですぅ……狐さんたちがいっぱいいるのですぅ……」
「ここは狐の国にある狐町の大通りでしゅ。一週間ごとにこうやって市を開くのでしゅ」
「へええ~~…あれ? でも、木の葉のお金を使うんじゃないのですか、小茶ちゃん?」
「狐の世界では物々交換が普通でしゅ。木の葉をお金にするのは野狐が人間にイタズラする時使うだけでしゅよ」
「あれま……まあ、日常から狐同士で化かしあいもないか……」
竜胆と半九郎も感嘆の声をあげて市場を見学している。
「ほおぉぉぉ……しかし、人間たちだけじゃなく、狐妖怪たちも地底の奥底で文明を発展させていたのじゃなあ……」
「むう……俺もまさか王子の高台の地下に、御伽草子のような世界があるとは知らなんだ……」
半九郎がふと目を留めた先に「耳尻尾屋」という看板が見えて、ギョッとした。
露店の風呂敷に狐の耳と尻尾が並んでいる。
半纏を着た狐顔人身の物売り狐がニコニコと微笑んでいる。
「まさか、その耳と尻尾は切り取ったんじゃあ……」
「違いますよ、お客さん……さては関東の片田舎から来た狐だね?」
「いや、俺は人間……ぎゃ!!」
「ちょっと、旦那ぁ!」
紅羽が半九郎の太ももをつまんでだまらせた。
「えっ!! 人間だってぇ……」
近くにいた狐たちが人間と聞いて、立ち止まり、ざわざわと騒ぎ出した。
「まさかぁ~~、人間なわけないよぉ……この人、いや狐は人間に化ける術を覚えたばかりの狐と言おうとしたんですよ。小父さんの思った通り、あたしたちは関東の片田舎から来たばかりの狐なんだよ」
紅羽がフォローをいれてごまかす。
勘違いだったようだと、ざわついた狐たちが買い物に戻って行った。
狐の国に人間がいるとわかれば騒動になることは必至であろう。
「なんだい、びっくりしたよ……そうだよなあ……王子の神域にある狐の国に人間が入れるわけないもんな……」
「うむ、そうじゃ、そうじゃ……ところで、どうやら、この耳と尻尾は作り物のようじゃのう……」
狐耳をよく見ると、黄楊の木片をあぶって作ったU字型カチューシャに作り物の狐耳がついている。
「おうよ……おれっちが薄や稲の穂と布なんかでつくった作り物よ。
本物そっくりだろ?
昔話でもあるように、化け狐が人間に化けてだまして、狐の耳や尻尾が出て、正体がばれてしまうっていう話があるだろ?
まあぁ~~、そりゃあ、化け狐にとっちゃあ、恥ずかしい話さ。
人間の姿に耳と尻尾が生えた狐の姿なんて、狐の国じゃ恥の象徴だよ。
しかもよぉ、人間界では『尻尾を出す』なんて国辱物の言い回しまでできる始末だしよお……
でも、時代は変わったねえ……
イマドキの若い狐たちには、その失敗して人間に狐の耳と尻尾が生えた姿が『カワイイ~』、『カッケ~』だなんて受けちゃってさあ……
わざとその姿になる狐が増えたんだよ……まったく、嘆かわしいねえ……」
見回せば、確かに若い人間の男女に狐耳と尻尾を垂らした姿が多く見える。
「と、おれっちも最初はイマドキの若い狐はよぉぉ……と愚痴る年寄りの考えだったんだが、はた、はたぁ~~っと、気が付いた。
世の中ってのは何が流行るかわからないから面白い。
商売狐の勘がピンときたね。
人間に完璧に化けるより、途中で失敗した狐耳姿になるのは案外難しいもんさ……
そこで、作り物の耳と尻尾を若い狐たちに売ったら儲かるんじゃないかってね……
おれっちの予想はズバリ的中。
大流行になって、作る側から売れるって繁盛ぶりよ。
一時は職工狐たちを雇って耳と尻尾を作りまくったもんよ……
だけどよ、この狐耳尻尾屋を真似する奴も増えてねえ……
まあ、流行は過ぎて需要は減ったが、それでも櫛や簪と同じ感覚みたいで、まあまあの売れ行きに落ち着いたもんよ……
いや、ホント、世の中、何が流行るかわからないもんだねえ……そういや、この前さあ……」
延々とぺちゃぺちゃと喋りまくる物売り狐をよそに、四人がコソコソと相談を始めた。
「この狐の耳と尻尾をつけた方が、人間だとばれにくいじゃないか?」
「そうじゃのう……狐御殿に近づくにつれ、厳しい警戒があるじゃろうし……さっそく買って身につけようではないか」
「なにぃぃ……もしかして俺もそれをつけろというのか?」
半九郎がギョッとして、三白眼を見開いた。
「当然だよ、松田の旦那ぁ……」
「でも、物々交換する物がないですよ……竜胆ちゃん」
「いや、扇屋のおかみさんから、おやつにもらった胡麻団子があるのじゃ……」
胡麻団子を物売り狐と交渉して、作り物の狐耳と尻尾を手に入れた。
かくて、狐耳尻尾の寺侍、巫女、町娘、寺社役同心が爆誕した。
「コ~~ンなのですぅ!」
黄蝶が猫のおうに両手をたらし、二つ結びとふさふさの尻尾を揺らして、ピョンとはねるポーズをとった。
かなり気に入ったらしい。
「ほほう……黄蝶の狐耳尻尾の扮装はなかなか可愛いのう……うむうむ……」
「竜胆ちゃんの狐耳巫女さん姿こそ、綺麗ですぅぅ……ポッ」
「ぷぷぷぅ……松田の旦那ぁ……狐の扮装姿、なかなか似合いますよ……くすくすくす……」
「おい、紅羽! 笑うんじゃあない!!」
四者四様の狐の扮装に、小茶も笑い転げて見ていた。
「みなしゃん、狐の国の住人にぴったりでしゅよ!!」
「あれっ? そういや、関東の狐たちって、大晦日に集合する以外は、家族ごとに別々に暮らしているんじゃなかったのか?」
紅羽が子狐の小茶に訊ねた。
「そうでしゅけど、小茶が生まれるずっと前に、幸菴狐しゃまたちが参詣以外にも集まって、寄合や買い物ができるように、地底にこの狐の国をつくったのでしゅよ……すると、ずっとここに住みつく狐も増えたでしゅ」
「幸菴狐さまって、偉い狐のようだね?」
「そうでしゅよ、関東狐連合の首長なのでしゅ。えらいのでしゅ。でも……」
しょんぼりとする小茶狐の頭を紅羽が撫でて、先をうながした。
「幸菴狐しゃまたちはひと月前に、お伊勢参りに出かけて留守なのでしゅ……だから、小茶が助けを呼びに行くでしゅ」
「えっ!? 小茶ちゃん、伊勢の国は遠いのですよ……何十日もかかっちゃうのです……」
「そうなんでしゅか!?」
「他に頼れる大人の狐はいないのかい?」
「それが……他の長老たちが樹になる奇病がはやって、今は判官狐叔父しゃんたちが首長になったのでしゅ……」
四人は顔を見合わせた。
「狐妖怪の長老たちが樹になる奇病――おそらく判官狐の妖術に違いないのじゃ……」
「首長の幸菴狐が留守の間に、この地底の狐の国を乗っ取ったに違いないよ……」
「鶴吉たちを裁くといいながら、実は判官狐一味は、狐の国で大がかりな陰謀を進めていたのだな……」
竜胆・紅羽・半九郎が深刻に談合するなか、黄蝶が小茶を抱きあげ、
「ちょっと、みんな……小茶ちゃんが不安な顔になったのですよ……」
「うっ……すまない……小茶、お姉ちゃん狐の阿茶も、きっと助けてあげるからな……」
小茶がコクンとうなづいた。
この狐町広小路に来る前に、黄蝶たちは地下道で小茶に、連れ去られた鶴吉たちの裁きの顛末を聞かされたのだった。
それによると……




