妖術・稲妻招来!
「これはまずい……天摩忍法・氷壁!」
竜胆が両手を地面につけ、青い神気を送る。
地中から材木ほどの大きさの霜柱が次々と立ち上がり、壁となって凍結した。
これは地中の水分を神気によって操る忍法である。
猛火炎の高熱攻撃で厚い氷柱で構成された壁が濛々と湯気をあげて融けはじめた。
あたり一面が霧で包まれ白い闇となる。
紅羽が狐火を点して周囲を照らすと、霧がはれていった。
「ふうぅぅ……なんとかしのいだようじゃの……」
神気を多く消費して防いだ竜胆は息をつく。
「次はあたしの番だ、天摩忍法・鬼火矢!」
前に出た紅羽は、両手にもった比翼剣の先から炎の神気を生じさせ、太刀を交差させると、火の玉となって撃ちだされた。
かつて土蜘蛛妖怪の眷属軍団を黒焦げにした炎の弓矢攻撃だ。
「あたくしは狐火だけが得意じゃないわよ……狐妖術・村雨招来!」
判官狐が呪文を唱え、天に妖気をためた笏をあげると、曇天の空からいきなり激しい雨が降りだした。
「わわわっ」!!
突然の激しい妖雨で鬼火矢が消滅してしまう。
濡れ鼠になる三女忍。
雨はこのあたりだけの局地的なものだ。
「続いて、狐妖術・稲妻招来!」
大空に渦巻く黒雲から閃光が走り、紅羽たちの足元に雷撃が落ちた。
咄嗟に飛び退くくノ一たち。
遅れて大音声が周囲に轟く。
「なに、稲妻をよんだというのか!」
「天候操作とは、驚くべき妖術じゃ……」
「ぴええええっ……雷様こわいですぅ……なにか手はないですか!」
「そうだな……奴が術を発動する前に倒す!」
「ぬう……そうじゃな……天摩流『三方円形陣』でいこう……奴に近づいてしまえば、稲妻を招来できまいて……」
「ぴえええっ……わかったですぅ」
「天摩忍法・凍霧!」
竜胆が凍りつきそうな冬の霧を発生させ、周囲を白い闇でつつみこむ。
霧にまぎれ、三方から近づき、円陣攻撃で倒す作戦だ。
「散っ!」
「あらま……ただの武術自慢の猪武者かと思ったら、霧隠の術とは、味な真似をするわねえ……でも、その手は桑名の焼き蛤よ……コンコン、ココンコンコン、アタリキシャリキノコンコンチキ……狐妖術・地割招来!」
川の水面が波打ち、大地が揺れ、楢の木にいた小鳥たちが逃げ出した。
霧の中を別れて走ろうとした、三女忍の足並みが乱れる。
さらに大地が鳴動し、河原に巨獣の顎のような亀裂が走った。
亀裂の底は果てなき闇である。
「ぴえええええっ!! こわいですう!!」
「地面にしゃがめ、黄蝶!!」
「まさか、地割れまで起こすとはのう……」
揺れる大地にたたらを踏むくノ一衆。
霧による遁法も、これでは御破算である。
さらに地震はつづき、たまらず三女忍は大きく裂けた地割れに落下していった。
「ぴええええええええっ!!」
「しまったぁぁぁぁ!!」
「わああああああっ!!!」
悲鳴をあげて地の底に落ちていく天摩流三女忍たち。
すると、大地はまた鳴動し、地割れが元の位置に戻っていった。
これでは中にいた者は助かるまい……判官狐のおそるべき大妖術で紅羽・竜胆・黄蝶は地の底で息絶えてしまったのか!?
「どうやら小生意気な妖怪退治人も、地の底でペシャンコのノシイカになったようねえ……愉快、痛快、奇奇怪怪、なんてね」
ピタリと閉じた亀裂のあとの前で、阿茶狐はペタンと両手と尻をついて座り込み、初めて見る叔父狐の大妖術にガタガタと震えてしまう。
「ひえええええええっ……叔父貴ぃぃ……ちょっと、ザンコクすぎないかあ……」
「いいのよ、妖怪退治人なんて物騒な奴らは……妖怪に返り討ちにあっても文句はいえないわよ……コ~~ンコンコンコン!」
「……………………」
悪魔の哄笑をする烏帽子狐の前に、二匹の足軽狐が大工の若者を縄で縛って連行してきた。
「判官狐さま、鶴吉と関係者らしき母子を捕まえました!」
「よくやった! さあ、狐御殿に戻って、お白洲に引っ立てるわよ」
鶴吉とおしの・惣太母子は無理矢理、唐丸駕籠に入れられた。
鶴吉は悲愴な決意の表情を見せ、惣太とおしのを見やる。
「ああ……おいらのせいで、助けようとしてくれた、妖怪退治屋の娘さんたちまで……惣太、おしのさん……すまねえ……なんとかお白洲でおめえさん達だけは助かるようがんばってみるぜ」
「鶴吉さん……」
「鶴吉おじちゃん……」
判官狐が呪文を唱え、「暗雲招来!」の叫び声とともに、周囲に黒い霧が発生した。
黒雲の飛行体にのって、妖狐軍団が北へと飛び去っていった。
そして、はたして地の底に呑みこまれた紅羽・竜胆・黄蝶は、どうなってしまったのか……




