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妖霊退治忍!くノ一妖斬帖  作者: 辻風一
第八話 驚異!地底の妖狐魔殿
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怪火の行列

 ビックリ仰天した阿茶狐のお玉は、黄土色の耳がピンと立ち上がり、稲穂のような尻尾がニュッと出た。

 人間に化けた妖術が破れて、中途半端な姿になってしまったのだ。

 これには仲居のおいねもたまげて腰をストンと畳に落した。


「きゃああああ、化け狐っ!! 誰か……誰か来ておくれ!!!」


「どうしたい、おいねさん!」


 ほかの仲居・女中や客たちが二階にかけつけ、狐耳尻尾の娘の姿をみて唖然とした。


「ひええええっ!!」


 すっかり酔いの醒めた阿茶狐は店の者や客の間をくぐり抜けて階段へと走った。

 こけつまろびつ、狐娘の姿は元の黄土色の毛並の狐に戻ってしまった。


「このやろう、ふてえ化け狐めっ!!」


 階下にいた板前の源三と与平らが突っかい棒などを持って狐を追いかけ回し、料亭から追い出した。




 いっぽう、その頃、大工の鶴吉はほろ酔い気分で街道を歩き、途中の茶店でお茶を頼んで休もうとすると、床机に仕事で一緒だった二人の大工がいるのを見つけ、さきほどの顛末てんまつを面白おかしく話してきかせた。


「と、いうわけで、だまそうとする化け狐をあべこべにだまし返してやったって寸法さ……あはははははは……」


 しかし、二人の大工仲間は顔を見合わせ、神妙な顔。


「……鶴吉さん、そいつはいけないねえ……狐はお稲荷さんのお使いだ……ひどいことをしちゃいけないよ」


「そうそう、それに狐ってのは執念深いところがあって、祟られるかもしれないよ」


 と、王子出身で稲荷大明神の氏子でもある、信仰のあつい大工たちは鶴吉をたしなめた。


「うえぇぇ……祟りだって……そいつは剣呑だなあ……」


 鶴吉は酔いも醒めて、ぞぉ~~と背筋が冷たくなった。

 さっそく、きびすを返して扇屋へ戻るが、騒動の後。

 料亭の店員にわけを話して謝ろうとしたが、女中頭のおいねが目ざとく鶴吉をにらんで、


「そいつは化け狐の合口あいくちだよ!」


 と、彼も棒で追い立てられる始末。

 頭にコブをつくった鶴吉は、しかたなく、門前町の菓子屋で手土産を購入して、事の発端となった参道を舞い戻り、樫の古木を探し当てた。


 狐の巣穴の前に小狐が手拭てぬぐいをくわえて、巣穴にはいろうとしている所だった。


「ちょいと、小狐ちゃん……たしか小茶狐こちゃぎつねちゃんといったか……」


「なんでしゅか……あなたは?」


「おいらは鶴吉ってもんだが……」


 鶴吉は事の顛末をはなし、「ちょいとしたイタズラ心だったが、悪かった。阿茶姉さんにあやまっといてくれないか」と、手土産を渡して帰った。


 小茶狐は土産の包みを咥えて、巣穴に入っていった。

 地下の奥に寝床があり、たんこぶに絆創膏をはった阿茶狐がウンウンうなって寝込んでいた。


「ねぇね……しゃっき、鶴吉って人間が来て、あやまりにきたでしゅよ。しょして、これをお詫びにって……」


 阿茶狐は恨みがましい目で包みを開けた。

 中には出来立てで湯気のたつ、美味しそうな牡丹餅ぼたもちがあった。

 小茶狐はよだれを垂らしながら、


「ねぇね、ねぇね……おいししょうなボタモチでしゅ。食べていいでしゅか?」


「いけないよ、小茶……きっと、馬の糞かもしれないよっ!」



 と、まあ……人を化かす狐が、人にだまされて疑心暗鬼となってしまった顛末。


 阿茶狐は起き上がって恨みつらみのひとり言を言い始めるが、そのあいだ、小茶狐は牡丹餅を食べ始め、とうとう最後までたいらげてしまった。


「げぷぅ~~……美味しかったでしゅぅ~~」


「ややっ!! なんてことだい、妹の小茶まで人間にだまされて馬糞を……おのれ、人間め……この怨み、はらさでおくべきか!」


 怒り心頭の阿茶狐が巣穴を飛び出し、鶴吉を追いかけた。

 しかし、街道にはもう人っ子ひとり見当たらない。

 そして、周囲は外灯などない闇の中、雲の海からときおり月の光がでるくらいの闇のなか。

 阿茶狐が地団駄ふんでいると、遠くに灯りが見えた。


 それもひとつではなく、ふたつ、みっつ……


 いや三十以上の青白い灯りは王子の名物である怪火現象だ。

 それがこちらに向かってやってくるのが見えた。

 しかし、足音が聞こえる、錫杖を鳴らす音が聞こえる。

 そして目を凝らすと大勢の人間が提灯をもって歩いてくるようだった。


「下ぁ~~にぃ~~、下ぁ~~にぃ~~…」


 それは大名行列であった。弓矢・鉄砲などを持った足軽、・毛槍・馬印・日傘・弁当・携帯の椅子・弁当や道具箱をもった中間、人足、草履取りなどが、きれいな礼服をまとい、胸をはってこちらに行軍してくるのがみえた。


 だが、それは人間の姿格好をしているが、頭はみんな狐であった。

 馬印や提灯をよく見ると、交差した狐の尻尾と稲荷寿司の紋所。


「あの家紋は、もしかして……叔父貴おじきっ!」


 阿茶狐は歓喜の声をあげて駆け寄った。

 中間狐が六尺棒を交差させて狐娘をひきとめた。


「ええい、無礼な。判官狐はんがんきつね様のお通りであるぞっ!」


「あたいだよ、あたい……姪っ子の阿茶だよっ!!」


 豪華な装飾がされた大名駕籠の引き戸が開いて、しゃくをもち、烏帽子に水干姿のツンとすました狐が顔を出した。


「んんん……その声は阿茶坊でないの? これこれ、こちらに呼びなさい」


「叔父貴ぃぃ……会いたかったよぉぉ~~…でも、大晦日でもないのに、なんで今頃、王子に?」


 狐は同じイヌ科の狼などと違い、群れをつくらず、単独で狩りをおこない、小さな家族ごとに生活する。

 だが、関東の狐妖怪は年に一度、大晦日の日に大勢あつまって寄合をするのだ。。


「まあ、ちょいと野暮用でね……それよりも、どしたのよ、阿茶。タンコブなんかこさえて、泣きじゃくってからに……叔父さんにくわしく話してみ」


「それがかくかくしかじかで……」


「なんだってぇ……人間を化かすつもりが、化かされた? そんでもって、妹の小茶までだまされ、馬糞を喰わされただとぉ?」


 大名駕籠から真っ赤になって憤慨した烏帽子狐が外に出た。身の丈は七尺(およそ210センチ)もある。


「おのれ、下等生物の人間の癖に生意気だったらありゃしない……よしよし、阿茶坊。叔父さんが仇をとってあげるから、お前を苛めた奴らをくわしく話してみ」




 かくて……まずは報復として、阿茶を棒で叩いてタンコブをつくった料亭・扇屋の者たちを妖術で木に変えたのが冒頭の怪奇譚である。

 そして、いよいよ、復讐の本丸である大工の鶴吉へと標的がうつることになる……



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