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妖霊退治忍!くノ一妖斬帖  作者: 辻風一
第七話 魔空!野ぶすま仙人
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罪を憎んで

「待ってください、みなさん!!」


「あなたは……小桃ちゃんなのです!」


「危ないよ、小桃ちゃん!!」


「いや……小桃ちゃんには立ち塞がる理由わけがあるのじゃ……野ぶすま仙人は小桃の父親……もしくは、近しい家族なのであろう……」


 紅羽と黄蝶が仰天した。


「はい……竜胆さんのおっしゃる通りです……野ぶすま仙人はわらわの父親トトサマだぞ……」


「小桃……」


 小桃が宙を飛び、一回転すると少女大のムササビへと変化した。

 妖怪野ぶすまの娘であったのだ。


「やはり……他に迷い込んだ人や子供達より古株でありながら、長生きなのは幽夜華の果実を食べて妖怪化していたから……もしくは、元から妖怪だったからじゃな……それに、他の子供達が幽夜華の実で妖怪化しても、小桃はなんともなかった。さらに小桃の言葉に従うよう催眠術がかけられておったからのう……」


「はい……竜胆さんおおっしゃる通りなんだぞ……さいきん、子供がよくこの桃源郷に紛れ込んでくるので、おかしいとは思っていたぞ……」


「なぜ、ここへ案内を?」


「トトサマとはいえ、悪いことをしているから、退治されるのも仕方がないと思ったぞ……でも、でも……やっぱり、死んじゃいやなんだぞっ!! トトサマの代わりにわらわを退治してなのだぞ!」


「こ……小桃……それだけは……それだけはいかんのであるよぉぉ!!」


 野ぶすまの娘・小桃が氷塊漬けの野ぶすま仙人に抱きついて、わんわんと泣き出した。


「こももぉぉぉ……おっとうが悪かったのであ~~るぅ……」

「野ぶすま仙人……たった一人の娘でも、いなくなれば悲しいであろう……」


「そ、それはもう……」


「お主がさらった子供達の親も今頃、現世で悲しんでおるのじゃ……」


「うぅぅ……吾輩は娘の小桃可愛さに、そこまで考えてなかったのですじゃ……」


 父子が泣きだし、紅羽と黄蝶は顔を見合わせた。


「なあ……竜胆……この野ぶすま仙人は子供達を大量誘拐し、あたしたちを何度も殺そうとした悪い奴だけど……悪い奴だけどさあ……」


「退治しちゃったら、小桃ちゃんがひとりぼっちになっちゃうですよぉ……ぴえ~~ん!!」


「うむ……私たちとて、妖怪に肉親や一族の者を殺され、怨みもあれば……肉親が引き裂かれる悲哀も存じておる……わけを聞こうではないか」


 巨大ムササビの氷塊を紅羽の火術でかし、天空斎幻光の姿へと変化した野ぶすま仙人のいうことによると……


「小桃は元々生まれつき妖力が高く、長生きの妖怪であるうえに、幽夜華の果実を食べてさらに妖力がつき、他の野ぶすま妖怪よりも長生きとなってしまったのであるよ……それゆえ、吾輩以外の同じくらいの年ごろの子と遊びたくとも遊べず、寂しそうにしておった……ときおり常世の世界に迷い込んだ人間と仲良くなる事があった。あったが、人間ゆえ、長くは生きれず、先に死んでしまい、仲がよかったゆえ、さらに哀しみが増えた……そこで、吾輩は人間の子供をさらってきて、幽夜華の果実を与えて長生きの半妖怪にすることを思いついたのである……」


「それで、大量神隠し事件を……これもまた、父の愛であったのじゃな……しかし、他者に迷惑をかけることは許せぬ!!」


「父としての親心はわかるけど……だけど、人ンの子を誘拐していいわけにはならないなあ……」


 竜胆と紅羽が腕をこまぬいて断言する。


「それは……吾輩とて、人間に恨みがあったからで……我等一族郎党が……妖怪野ぶすま一族が、もともと、この常世の世界に迷い込んだのは人間達に追われたのが原因でして……」


「なに!? それはいったい……」


「古代の人間たちは、ムササビを狩って、食べていたからであるよ……絶滅寸前まで……」


 この言葉に竜胆・紅羽・黄蝶・半九郎は衝撃をうけた。


 ムササビは日本の固有種であり、古代の日本においては狩猟の獲物とされていた。

 青森県にある三内丸山遺跡で発掘された縄文時代の集落には、古代の縄文人たちが常食としていたいのしし鹿しかよりも多くのウサギやムササビの骨が出土している。


 ムササビ型埴輪というものも出土しており、当時はかなり多くのムササビがいたようだ。

 だが、ウサギほどの繁殖力はないようで、絶滅の危機に陥ったことがある。

 平安時代の書物『日本後紀』には、ムササビの狩猟を禁ずると記載されている。


 食肉としての利用以外にも、保湿にすぐれたムササビの毛皮は防寒具として高価な取引がされた。現代の日本では狩猟を禁じ、鳥獣保護法で守られている。


「そうだったのかぁ……」


「それでこの世界へ……」


 紅羽と黄蝶はきまずく顔を見合わせる。今日の午前中、両国広小路で、百獣屋ももんじやの前でヨダレをたらしたばかりだった。


「そうであったか……我等の古代の先祖たちが酷い事をした……私からも謝る……」


 三女忍が頭を下げた。


「なに……大昔のことでなあ……」


「しかし、野ぶすま仙人……なぜ、得にもならぬのに、よく子供達に手妻を見せるのじゃ?」


「それは……昔、この桃源郷に迷い込んだ手妻師の仰天斎に手妻を習い、小桃に披露すると喜んだからで……それですっかり手妻が大好きになりましてなあ……子供達が無邪気に喜ぶ姿は良いものですわい……」


 黄蝶と紅羽が目配せし、「コイツ、それほど悪い妖怪じゃないんじゃないのか?」という顔をした。


「人間とムササビ……妖怪と妖怪退治人……互いに憎しみあっていてもも、いけないと思うのじゃ……恨みと情け、恩讐を越えた先に答えがあろうぞ……」


「そうだな……竜胆……」


「秋芳尼さまはおっしゃっておられた……罪を憎んで人を憎まず、と……いや、この場合は妖怪を憎まずじゃな……鬼子母神の例えもある、罪を悔い改めるのならば、ゆるそうではないか」


「おおおっ!!」


「ただし、野ぶすま仙人……お主にはこれをやろう」


竜胆が懐から鋼の首輪を野ぶすま仙人に渡し、彼はそれを首につけた。


「おほう……これはオシャレな首輪で……オシャレ妖怪番付上位の吾輩にぴったりであるな!」


「それは『妖秤輪ようびんりん』という……その首輪は妖術で体を巨大化しても縮小しても首を絞めつけない。だが、心の中の善心と悪心をはかりにかけ、悪心に大きく傾けば電流が走り、さらに邪心をいだけば身が焦がされる法具じゃ」


「なんとまあ……しかし、それは本当ですかな……例えば吾輩が……ひええええええっ!! ビリっときたぁぁ!!!」


 それはまるで、『西遊記』で三蔵法師が孫悟空の頭にはめた緊箍児きんごじのように、野ぶすま仙人の暴走を止めるたがとなった。


「おいっ! 行っているそばから、悪心を抱くではないっ!!」


「どしぇ~~… ひじょぉぉ~~にキビシイっ!!」


父様ととさま……また悪い事考えたな……もう駄目だぞぉ!」


 しびれて腰を抜かす野ぶすま仙人を小桃が背中をさすって介抱した。


「いやはや……子の心、親知らずというところで……面目ないのである……」


 朗らかな笑いが桃源郷の石竹色の空に響きわたった。


「あっ、そうだ……早く現世の世界に帰らないと……秋芳尼さまが出入口を開いておけるのは半刻ほどだって、いってたのに……もう、一刻(二時間)くらい経ったんじゃないか!?」


「えっ!? 黄蝶たち、浦島太郎みたいにはるか未来にいってしまうのですか? 秋芳尼様に会えないのですか?」


 紅羽と黄蝶が慌てはじめた。


「……いや……お前たち……こちらでは一刻くらい経っても、秋芳尼さま達にはまだ数分のできごとじゃぞ?」


「あ゛……そうなの? いやあ……あたし、算術とか苦手で……」


「ちょっと、紅羽ちゃん、ビックリさせないでくださいなのですよ!」




 その頃、南蔵院裏の原っぱでは、迷子石に足しげく通う、神隠しにあった子供たちの母親が幾人か集まってきていた。

 曇り空から晴れ間がさし、南蔵院のいらかが照り返し、カラスの群れとおぼしき鳥影が地面に走る。


「おっとう~~! おっかあ~~!!」


 突然、正方形の異界への出入口から、声がした。

 そして、一週間前に行方不明となった子供達が飛び出してきた。


「文助ぇぇぇ!!」


「ゴンベエ!」


「お美代ぉ!!」


 泣きじゃくりながら我が子を抱きしめる母親たち。


「まったく……親を心配させて……文助はどこに行ってたんだい……」

「どこって、桃源郷さあ……ほんの一刻ばかり遊んでいただけなのに、心配性だなあ……」


「莫迦をおいい……お前がいなくなって一週間も経ったんだからね……」


「そんな莫迦なあ……でも、桃源郷のカクリヨバナの実、甘くて美味しかったなあ……」


「そうそう、それに仙女さまは母ちゃんよりベッピンだったしなあ……」


「それに母ちゃんの作る飯より美味かったぜ、へへへ……また行ってみたいなあ……」


「この子たちはぁぁ……」


 文助とゴンベエが母親たちにお尻をペンペンされてしまった。



 未ノ刻昼八ツ(午後二時)から少し経った時間……牛込うしごみ、千駄ヶ谷、目黒不動、品川の大崎村、西久保、神田の乗物町、海辺大工町など、いずれも人気のない原っぱなどで神隠しにあった子供たちが一斉に戻ってくる現象があった。

 もう死んでしまったと諦めていた親兄弟は泣いて喜んだ。




「竜胆さん……秋芳尼様……みなさん、本当に……本当にありがとうございましたっ!!」


「なに……文助くんや子供たちが無事に戻ってきて、本当によかったのう……」


 おろくの家に招かれ、他の親たちから厚く礼をされ、一行は帰路についた。

 南蔵院のいらかが夕陽に反射し、橙色に染まっていた。


「竜胆……黄蝶……紅羽……そして、松田との……よく、子供達を救いだしてくれました。私からも礼をいいます……」


「とんでもない……秋芳尼殿……頭をお上げくだされ……」


「黄蝶も大活躍だったですよ!」


「黄蝶は肝心なとこで、ドジっ娘だったよなあ……」


「ちょっ……紅羽ちゃん、それはシィ~~なのですよ!」


「秋芳尼さま……こたびの事件は妖怪の側にも、人間に追いやられた事情があったのです……」


「そうだったのですか……後で、鳳空院で話してくださいね……」


 かくて、竜胆たちは駕籠にのった頭目と連れだって、北東の道から谷中の尼寺へと帰った。

 半九郎は別れて南東の道から藩邸であり寺社奉行所の田辺藩上屋敷へ向かった。

 報告書をまとめねばならない。


「そういえば、秋芳尼殿の正夢はよく当たったものだ……それに、あの『妖秤輪』という法具のこともまるで、予言したかのように……まあ、一種の勘であろうなあ……」


 松田半九郎はふかく考えずに、偶然と思い、その事は忘れた……


 のちの話だが、町奉行所では、行方不明になった子供達を親や大家たちと同伴で呼び出し、詮議した。

 が、子供達は「仙人の世界へ行っていた」、「桃源郷で仙女に美味しいものをもらった」などと夢のようなことばかりいい、これは天狗に神隠しにあったのだろうという事になった。


 瓦版では江戸近辺のお山に棲む天狗たちが術比べで子供達を大量にさらったはいいが、持て余して里に返したなどと、絵草子めいた記事をかいて評判になった。


 その後、山奥の田舎に鼈甲眼鏡をつけた男と不思議な服をきた少女の二人連れの旅芸人が町や村で手妻や曲芸を披露していたという。

 きっと、野ぶすま仙人と小桃が山奥に隠れ棲み、人間に追われるムササビやモモンガや、妖怪野ぶすまの仲間などを探し歩いているのだろう。


 きっと、彼ら彼女らを平和な常世の世界へ連れ帰っているのかもしれない。


 それでは、今回のお話はこれまで。

 次回はどんな事件が待っているのか……それはまた、次回の講釈で……



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