常夜にとどけ
三白眼の剣士は右足をひき、右足を大幅に後ろへ、左一重身となり、左肩を傾け上げて、『斜』の構えをとった。
木刀は背後にまわり、隠れて見えない。一刀流独自の『脇構えの摺上げ』の構えだ。
武人人形が長柄を引いて八相の構えとなる。
「たあああああああっ!!」
「ガオオオオオオオオッ!!!」
半九郎が一直線に敵に斬りこんだ。
が、剣術人形・馬翰は円を描いて斬撃を逃れ、横薙ぎに青竜偃月刀を送り込んできた。
長柄の遠心力と怪力を活かし、常に円運動を基本とした足捌きは見事であった。
半九郎は背後に飛び退いて斬撃を躱した。
「中西(忠蔵)先生に聞いたことがある……日本の剣法は相手を正面から対峙し、一刀で斬り伏せることを旨としたものが多い……それに対し、唐土の剣法は一撃では済まず、変幻自在、臨機応変に攻めてくるという……」
中西忠蔵は一刀流中西派の総帥で、松田半九郎の師匠である。
日本剣術の攻撃が直線であるに対し、中国剣術は円が基本なのだ。
「今までに戦ったことがない、厄介な相手だ……が、面白い!!」
半九郎がペロリと舌で唇を舐め、半身に構えた。
彼は普段は堅物で優しい男だが、剣術に関しては好戦的な健脚へと変貌するのだ。
「さあ、頼みの綱は手がふさがっているよ……野ぶすま仙人、覚悟しなっ!」
「くそぉぉ~~、妖怪退治屋のタレっ、タレっ……バカッタレっ!! かくなる上は……」
手駒の機巧人形を倒され、頼みの馬翰も半九郎と交戦中。
三女忍に囲まれ、形勢不利とみた野ぶすま仙人は、桟敷をふりむき猫撫で声で、
「さあ、お子様たち……悪い妖怪退治人たちが平和の桃源郷を壊しにやってきたよぉぉ……みんなで協力してやっつけて、ちょんまげ!!」
双眸を青白く光らせた子供達が舞台にあがり、三女忍たちにつかみかかる。
「悪い奴め……オイラたちがやっつけてやるぅ!!」
「わぁぁぁぁ~~!!」
別の子供は“幽夜華”の果実をもって、食べさせようとしていた。
横目で竜胆たちを見て、救援に向かいたい半九郎だが、剣術機巧人形・馬翰との戦いで動けない。
「出番だぞ、黄蝶っ!!」
「はいなのですっ!! 早撃ち黄蝶の出番なのです!」
黄蝶が右手の扇子を子供の口に向け、左手で袖に隠した水袋を押す。
眠り薬入りの水を飲みこんだ子供達は次々と床に倒れ、眠りこんでいった。黄蝶は得意となって、華麗な舞を踊りながら水流の放物線をえがき水芸を見せた。
「全員おねんねするですよ……あれ……」
扇子の先から水の雫が少ししか垂れない。
袖口を調べると、
「あっ……もう、眠り薬入りのお水が無いのですぅ……」
「きぃ~~ちょぉ~~…無駄遣いするからだぞ!!」
「ぴええ……ごめんなのですぅ……」
三女忍が子供たちの群れに呑みこまれていく。
急所に当て身を当てるか迷った……丈夫な大人と違い、発達中の子供に力加減を間違えれば骨を折ったり、のちに後遺症や健康被害が出たりするかもしれないのだ。
「竜胆、小頭から催眠術を解く方法をなにか聞いてないか!?」
「う~~む……催眠術を解くには鍵となる暗示の言葉が必要じゃ。それは施術者しか知らぬ……あとは深層心理に訴えかけるような言葉があれば……」
「なんだよ……肝心な時に使えないなあ……」
「なんじゃとぉ!! そういう紅羽に妙案はないのか!」
「ないから、聞いてるんだよっ!!」
打つ手がなく、ヒステリックに罵り合う二女忍。
「喧嘩はやめるですぅぅ……」
そんな間にも子供達は彼女らを覆いつくし、小さな手で押さえつけ、魔の果実を食べさせようとした。
このままでは幽夜華の果実を食べさせられて半妖怪化させられ、野ぶすま仙人の操り人形となってしまう。
(うぅぅ……このままでは私たちも半妖怪化されてしまう……せっかく、秋芳尼様が常世の入口をつくってくれたのに……そして、子供を待つおろくさん……神隠しにあった子供たちの親兄弟たちに申し訳がたたない……秋芳尼さま、どうすれば……)
(母の愛は偉大なのですよ、竜胆……おろくさんの力を……子供達の親たちの力を借りなさい……)
竜胆の脳裏に秋芳尼の姿が浮かび、閃きの電流がはしった。
そして、口をついて出たのは、
「みんな、心を込めて歌うのじゃ、子守唄を……常夜までとどけ、母の愛!」
竜胆が子守唄を唄い出し、押さえつけていた子供の手が止まった。
それを受け、黄蝶と紅羽も子守唄を唄い出した。
〽ねんねんころりよ おころりよ ぼうやは良い子だ ねんねしな……
坊やのお守りは どこいった あの山こえて 里へ行った……
里のみやげに 何もろうた でんでん太鼓に 笙の笛……
唄う三女忍を中心に、凶暴化した子供達の青白く光った双眸が消え、年相応の童顔になっていき、浄化の環は取り囲んだ子供達を包み込んでいった。
正気となり、母や父の名を呼んで泣き出した。
「おっとうぅぅ……おっかぁぁ……えぇ~~ん……」
無力な童子童女に戻って、泣きわめきだしたことに、慌てふためく野ぶすま仙人。
「な……なんだぁぁ……いったい何が起こったのだぁぁ!?」
「野ぶすま仙人……お主にはわかるまい……子を思う母の心を……思いやりを……母の愛は奇跡を起こすのじゃっ!!!」
竜胆が薙刀の先端を妖怪仙人にビシッと向けた。
「お、おのれぇぇ……ワケのわからないことを……こうなれば、吾輩の妖術の真の力をみせつけてやりますぞぉぉ~~」
野ぶすま仙人は両手をピンと肩上に伸ばすと、袖口から毛玉のようなものがたくさん飛び出してきた。
毛玉はむくむくと大きなり、平べったい座布団のようになり、小型の猫ほどの大きさになり、前脚と後脚の間に飛膜をもつムササビに変化した。
「きゅろろろろろぉ~~!!」
「むささびがたくさん出てきたぁ!!」
「いや、あれはムササビではない……ムササビが妖怪化した野ぶすまじゃ! 顔に覆われないよう、気をつけるのじゃ!!」
「そっかっ!!」
そのとき、半九郎は一刀流秘技『卍』で、ようやく武人人形・馬翰を撃破した。
歯車やバネが床に飛散する。
「子供達は俺にまかせろ……みんな、外へ出るんだ!!」
「頼みます、松田との!」
松田半九郎の引率で泣き止んだ子供達を入口から外へ出し、森林の中へと引率した。
小妖怪のぶすまの群れが三女忍に襲いかかり、体に貼りつかんとする。
薙刀が、円月輪が、比翼剣が野ぶすまを斬り裂いて防ぐ。
が、斬った小妖怪は元の毛玉に戻って散乱。
しかし、それだけでは無く、黒い煙が宙に舞った。
「げほっ……げほっ……しまったぁ……こいつを斬ると毒煙が出るぞっ!!」
「これでは斬れないのですぅ!」
「ひるむな……我らには天摩忍法があるのじゃ!!」
「そうだったのですぅ……天摩風術・風塵なのですぅ!」
黄蝶が臍下丹田に神気をため、鳥が羽ばたくように両手を動し、円月輪から黄色い神気が溢れる。
すると六角館のなかで突風が発生。
周囲の毒煙を遠くへ押し流す。
風の勢いを借り、毒煙妖怪群を倒していった。
「のほほほほ……やるのですねえ……ここは、吾輩の妖術の冴えを見せてやるのである!」
野ぶすま仙人が杖を振るうと、六角館の雨戸がガタガタと揺れ、ひとりでに外れ、こちらに魔法の絨毯のように飛んできた。
十二の雨戸が三女忍の周囲に盾のように向かい合い、円陣をくみ始めた。
雨戸は彼女たちを逃さないようにか、グルグルと横に回転しだし、次第にスピードが速くなっていく。
「野ぶすま妖術・雨戸監獄!!」
雨戸が二枚ずつ横にくっついて正方形になり、三女忍の上下左右から覆いつくした。
なんと雨戸は正六面体となってくノ一たちを封じ込めたのだ。
雨戸を刀剣で切りつけても、鋼の扉のように弾き返された。
「くそぉぉ……閉じ込められたぁ……」
「あっ……雨戸がだんだん、ちいさくなっていくのですよ!!」
「なんだってぇぇ……」
黄蝶のいう通り、鉄の強靭さをもつ雨戸は徐々に縮小化していた。
「むぎゅう~~~グルジイぃ……」
「押しつぶされるのですぅぅ……」
このままでは三人とも自動車スクラップ場の廃車のようにプレス機で圧縮され、ペシャンコにされてしまう……ついに三女忍の苦鳴が消えた。
「のぉ~~ほっほっほっ……コシャクな妖怪退治屋たちもこれにて、一巻の終わり、最終回なのであ~~るっ!」
鋼の雨戸監獄は容赦なく縮小していき、無惨にも直径三尺ほどの鉄球になってしまった……




