野ぶすま仙人
六角館のなかは吹き抜けで、奥に豪華な舞台があり、手前には桟敷が広がり、子供達が座っていた。
三尺ほど高い舞台は板敷きで、背後には狩野永徳がえがいた『唐獅子図屏風』を模写した豪華な襖障子がある。
黄色と黒の片身替りの羽織・肩衣・袴姿で、鼈甲の丸眼鏡、白髪白髯でねじくれた杖をもつ手妻師がいた。
「坊ちゃん、お嬢ちゃん、親御さん、善男善女のみなさんいらっしゃいまし。吾輩は日ノ本一の大手妻師・天空斎幻。これより玄妙摩訶不可思議なる大手妻をお目にかけますぞ。うまくいったら、拍手御喝采をお願いいたしまするぅ~~…」
ニタニタと細目で笑い、なんとも剽軽な口上で、舞台のうえで、誘拐したばかりの三十人ほどの子供たちに『紙うどん』、『扇子玉子』などの奇術を見せていた。
「ずんこけぇぇ~~~!!!」
勢い込んだ四人の気勢は、おおいに削がれた。
「なんなんだ……常世の世界まで来て、手妻をやって見せているのか……アイツは……」
「しっ……気づかれるのじゃ紅羽……少し、様子をみようぞ……」
竜胆たちは舞台袖から手妻師・天空斎幻光の奇術を見張った。
黒子達が人間大の吉祥龍絵壺を舞台中央に運びこみ、肌に密着した襦袢を着た仙女が、軟体アクロバットを見せ、あでやかに絵壺の中に入っていった。
そして、両国の葭簀小屋で見せた『釜抜け』と同じような人間消失奇術が行われた。
拍手喝采がまきおこる。
「さあさあ、お次は仙女の舞でございぃぃ~~~…」
舞台下手から六名の唐人服に羽衣をまとった仙女がやってきた。
館の吹き抜けの両側の壁に設けた高所通路から大きな龕灯がスポットライトのように舞台の仙女たちを照らす。
龕灯とは、江戸時代に発明された携帯ランプで、桶状のおおいで蝋燭の明かりを正面のみ照らす器具だ。
内側には二本の鉄輪が仕込まれ、中央にある蝋燭が常に垂直に立つというカラクリがあった。
異国の楽曲にあわせて、華麗な扇子を開いて舞い踊りはじめた。派手な演出に、またも子供達の歓声があがる。
舞が終わると、仙女たちが子供たちに盆にのせた橙色の“幽夜華”の果実をくばって食べさせていた。
「しまった……あれが本来の目的じゃ……」
そのとき、野ぶすま仙人が舞台の上から口上をはじめた。
「さてさて……お次は特別なお客さんが飛び入りで来たよぉ……その名も今売出し中の妖怪退治屋の四人だあ!!」
龕灯のスポットライトが竜胆たちにあたった。
「くそぉぉぉ……ばれてたかぁ……」
竜胆・紅羽・黄蝶・半九郎が下手から舞台にあがる。
「のほほほほ……妙な神気を感じたからねえ……」
「さすがじゃな……いったい、子供達を大勢さらって、何を目論むのじゃ?」
「それはもちろん、子供達を集めて遊ぶ……いや、幽夜華の実を食べさせて妖怪化させ、妖怪王国を樹立するためであるよ!」
「妖怪王国だあ……そんなトンチキな目的のために子供たちをさらうなんて、金輪際ゆるせないぞ!!」
「まあ、待て紅羽……ところで、前から不思議に思っておったが、どうやって、現世と常世への出入口を自在に行き来できる妖術を得られたじゃ?」
「オホン、それを聞きたいか? のほほほほ……我ら野ぶすま妖怪は、元はムササビ。ムササビは鎮守の森を好んで棲息するので、自然と山の霊気のたちこめる神籬・磐座や神木霊石などに影響を受けやすく、妖力をえて妖怪野ぶすまとなったのであるよ。また、神域の端境に触れる機会が多く、異界への出入りをよく知っておった。吾輩は昔から異界の端境について研究し、また幽世華を常食することで妖力があがり、ついに、吾輩は異界へ自在に行き来する妖術を会得したの~~よっ!」
「なるほどのう……」
「なるほどじゃないよ、竜胆……さっさとコイツをやっつけよう!」
「さあさあ、子供達……いつも妖怪を苛める悪い妖怪退治人たちを懲らしめてやろうじゃないの……仙女ちゃんたち、やっつけちゃってちょうだい!」
六名の優雅な仙女たちは「ほほほほほほ……」と笑いながら、四人を取り囲んだ。
突如、優美な美貌の目玉が裏返り、金の白目に黒瞳、口の横が一直線に割れ、金牙の歯列がならぶ凶女の相に変形した。
「ぴええええええ~~…急に怖い顔になったですぅ!!」
「ありゃ、文楽の『ガブ』だ……仙女たちは機巧人形だったんだ!!」
文楽(人魚浄瑠璃)には綺麗な顔から、一瞬で怖ろしい顔に変化する仕掛けがある。
専門用語で『ガブ』というが、ガブッと口が裂ける事からのようだ。
『戻り橋』の鬼女、『嫗山姥』の八重桐、『娘道成寺』の清姫、『娘景清八島日記』の景清などがある。
さらに仙女の右手首がカクンと折れ、腕の中から刀剣や錐針が機巧仕掛けで飛び出し、妖怪退治屋たちを襲撃した。
「呀アアアアアアアッ!!」
薙刀を中段の構えにした竜胆に、左手から“鏢”という投げ短剣を飛ばした仙女人形。
鏢の柄には三メートルの縄がついていた、“縄鏢”という索撃類暗器だ。鏢が竜胆の薙刀の刀剣部に巻きついた。
動けない竜胆を、殺人機巧人形がたぐりよせ、右手の“峨嵋刺”という鉄の棒先に矢尻のついた暗器で攻撃するつもりだ。
「そうはいかぬぞっ! リャアァァッ!!」
が、竜胆が薙刀を引かずに、逆に機巧人形の懐に駆け、分銅がゆるんだ隙に、胴払い面の技で頭部を粉砕した。返す切っ先で、斧刃を持つ、もう一体の仙女人形を切り上げた。
「哎呀~~~!!」
仙女人形が両手に“風火輪”という金属輪の外側が数本の刃になった武器を両手に握って黄蝶にせまった。
「ちょっ……円月輪より凶悪なシロモノなのです!」
「哈嗚呼ぁ~~…嘿! 嘿! 嘿!」
黄蝶のもつ円月輪はシーク教徒が使ったチャクラムをともに祖先に持つ武器である。
日本では円月輪、戦輪、飛輪といって、日本忍者が投擲武器につかうが、中国では風火輪、圏といって格闘につかうが、投擲にも使える。
風火輪を持った仙女人形は円舞を踊るように回転しつつ両手の金属輪を黄蝶に斬りつけた。
美しい金属音と火花が散る。
黄蝶は円月輪で防戦に回り、遂に足がもつれ、板の間に倒れてしまった。
「ぴええええっ!!」
その機を逃さず、仙女人形が風火輪を少女忍者に投擲。
が、黄蝶がそれを円月輪で撥ね上げ、風火輪は殺人機巧人形の心臓部を突き刺し、起動停止。
「哎呀~~~…啍! 啍!」
右手の先を“柳葉刀”という幅広の湾曲した刀に変じた仙女人形が紅羽を上段から斬り下げてきた。
ちなみに日本人はこの柳葉刀を“青竜刀”だと勘違いしている。
女剣士忍者は比翼剣『紅凰』と『赤鳳』を交差させて、柳葉刀を食い止めた。
「天摩流双刀術・交喙!」
二刀ならではの迎撃技で敵の刃を食い止め、紅羽の長い足が胴を横蹴りにして、仙女人形を吹っ飛ばすと、柱に当たって四散した。
その隙を狙って、柳葉刀と峨嵋刺をもつ二体の仙女人形が襲いかかったが、紅羽は二刀を交差させ、スケート選手のトリプルアクセルのように高速スピン。
二刀回転斬りで二体の機巧人形を切断。
柳葉刀が円を描いて宙に飛び、唐獅子屏風絵の描かれた襖障子に向った。
野ぶすま仙人が立ちはだかり、 杖で柳葉刀をはねのけた。
「おっとぉぉぉ……模写とはいえ、高い屏風絵が破れるとこでしたよぉ~~」
「やったのです!! みんなやっつけたのですよ!」
勝利に湧く天摩忍群くノ一衆。
「おっと……六体の仙女機巧人形を犠牲に、最強無比の機巧人形を召喚ですぞ!!」
唐獅子屏風絵の襖障子が左右に開くと、暗黒の空間が出現し、紫電が飛び散り、闇の奥から凄まじい剣気をもつ気配が生じた。
「散っ!!」
背筋が凍るような剣圧を感じ、三人ともトンボをきって回避した。そこへ斬撃波が飛び、六角館の分厚い壁に巨大な穴が開き、瓦礫が飛散した。
斬撃の主は身長七尺(約210cm)の中国甲冑をつけた武人人形であった。
両腕に長柄をもち、先には青龍の形が刻まれた刀剣がある。
これが本来の“青竜刀”であり、正確には“青竜偃月刀”という。
『三国志』の関羽が愛用し、彼の代名詞であり、“関刀”とも呼ばれている。
重さは約十八kgもあり、本来は実戦向けでは無く、訓練用のシロモノである。
「のほほほほ……そいつは古代中国の伝説の人形遣い・偃師がつくった……といわれている剣術人形・馬翰あるよ。とてもとても強いあるよ!!」
剣術人形・馬翰の背後から首だけひょっこりと出した野ぶすま仙人。調子にのって、カマキリのように腕を曲げて腕を回転。
「あちょぉ~~はっはっ!! い゛でっ! 腕つった……」
『列子』によると、偃師とは、周時代の穆王のころ、人間そっくりで、ひとりでに動く人形をつくったという伝説の細工師・傀儡師のことだ。
馬翰がもつ長柄の青竜刀がギラリと光り、重い剛剣が天摩くノ一たちを襲った。
「馬翰は強すぎて、館が半壊しちゃうから動かすのは嫌だったけど、今こそ切り札の使い時ね……馬翰ちゃん、思いきりやっちゃって、チョ~~~ダイ!!」
剣圧にひるんで後退りする三女忍。
調子にのった野ぶすま仙人はインチキくさい太極拳の舞を披露。
ガキィィィィィ!!
青竜偃月刀の根元が刀の鍔元で食い止められた。
「グオォォォ……」
「こいつは俺が相手する……お前たちは野ぶすま仙人を捕まえろ!!」
「松田殿!!」
「頼りになるのですぅ~~…」
「さすが一刀流免許皆伝! あとはまかせたよ!!」
巨人剣術人形が青竜刀の長柄を回転させて戻し、くノ一たちを追撃しようとする。
が、前に三白眼の侍が回りこんだ。
「おっと、馬翰とやら……貴様の相手は俺だ。小野派一刀流・松田半九郎……義を通すために参る!!」




