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妖霊退治忍!くノ一妖斬帖  作者: 辻風一
第七話 魔空!野ぶすま仙人
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未知空間の旅

 紅羽が比翼剣を構え、竜胆が薙刀を握り、半九郎が上段に構えた。


「小桃ちゃん、後ろに下がって……人喰い虎だ!」


「待て待て……虎じゃないぞ……幽額ゆうがくだぞ」


「ユウガク?」


 繁みから飛び出した虎の顔の部分は、なんと優しい顔をした老人であった。

 幽額は背中を地面にこすりつけ、猫のように手足をバタバタとさせた。

 小桃が「よぉ~~し、よぉ~~し」と、咽喉を撫でると、ゴロゴロと鳴いた。


「むう……どうやら、唐土とうどに棲息する妖怪のようじゃのう……」


「おやぁぁ……物知りの竜胆さんでも、知らない妖怪なのですかぁ……ぷぅ~~くすくす……」


 ここぞとばかりに紅羽が竜胆に仕返しする。


「むむ……私だって、何でも知っておるわけではない!」


 幽額は古代中国の伝承にある妖怪であり、草木も生えない古山の西側に泚水せいすいという川が流れ、干河へつながる。

 そこの水辺にて、のんびり遊んでいる幻獣であった。

 人と遊ぶことを好み、日向ぼっこが好きな友好的な妖怪である。


 小桃はぴょんと人面虎妖怪の幽額の背に飛び乗り、先頭に立って進んだ。


「大きな虎猫さんみたいなのですぅ」


「お前も幽額に乗るか?」


「はいなのです! 黄蝶と呼んでなのです」


 黄蝶は小桃の後ろに飛び乗り、腰に抱きついた。

 猫好きの黄蝶は人面虎も大きな虎猫の感覚なのか、楽しそうだ。


「ちょっと待て……子供達をここに置いていったら、あの怪鳥・迦陵頻伽かりょうぶんがに狙われないか? やっぱり、奴を倒してから行かないと……」


「だめだぞ……そんな事しちゃ。迦陵頻伽はああ見えて優しい鳥さんなんだぞ。桃源郷に迷い込んだ人をここにくわえて、連れてきてくれるんだぞ」


「なっ……そうだったのかあ……この幽額と一緒で友好的な妖怪だったのね……」


 かくして一行は空が石竹色の不思議な世界を旅することになった。

 あちこちに桃林や大樹の森があり、極楽鳥が飛んでいた。


 行く手に並行して、鈍色の水面の大きな川が見えた。

 渡し船に人が乗っていて、大きな菅笠をかぶった船頭が櫂を漕いでいた。


 良く見ると、乗客たちは半透明で、頭に天冠てんかんという三角巾を被り、白い経帷子きょうかたびらの死装束を着ていた。


「げっ……あれはもしかして……マジヤバイ奴じゃ……」


「ああ……あれは死神が亡者を黄泉の国に運んでいるところなんだぞ。途中まで乗せてもらおうか?」


 四人が「いえ……結構です……」と、ブンブンと首を横に振った。


 やがて目的地の唐破風の六角館の山の麓にたどりついた。小桃と幽額はここで別れて、元の場所へ帰っていった。


「しかし、野ぶすま仙人のやつ……いったい、子供たちを大勢さらってどうする心算つもりなんだろうな……」


 松田同心の疑問に紅羽が、


「きっと、子供達をご馳走責めにして、太らせ、食べてしまう気だよ……」


「ぴええええ~~~っ!」


 半九郎はかぶりを振った。

 両国で見た読売の瓦版が脳裏に浮かぶ。


「いや……彼奴きゃつめ、遠大なる計画があると言っていた……『幽夜華』の果実を食べさせて半妖怪化させ、催眠術で操り、強力な足軽に育てあげ、江戸へ攻め込む目論もくろみかもしれんぞ……」


「ぴえええええ~~~~っ!!」


 それを受けて竜胆が、


「あるいは……子供を妖怪化し、傭兵として戦争中の国へ、売り込む計画かもしれぬのじゃ……いや、もっと想像を絶するような邪悪な陰謀があるかもしれませぬ……」


「ぴええええええ~~~~~っ!!! なんで皆そんな恐ろしいことを言うのですかぁ~~~!」


「うむ……まあ、まだわからぬがな……六角館に忍び込んで調べてみるのじゃ……」


「おし、隠忍いんにんの術で忍び込もう……みんな、開器は持っているか?」


「モチのロンなのです!」


 三女忍は苦無くない、しころ(両刃のノコギリ)、さく(錠前を開ける道具)、坪錐つぼぎり(穴を開ける道具)、かすがい(戸を閉ざす道具)などを出して確認した。


「ほう……これが忍者の七つ道具か……」


「本来は夜間、風雨の強い日などに忍び込みますが、他に人がいないようですので……」


 四名が繁みや木陰に隠れながら六角館の裏口に回った。

 扉には鍵がかかっているので、紅羽が鍵穴に“さく”をねじ込んで、カチャカチャと開錠を試みたが、複雑で開かない。

 そこで、三女忍はしころ・苦無・坪錐などで扉を壊しはじめた。


「……しかしあれだな……これだけ見ると、盗賊が忍び込むように見えるなあ……お前たち、くれぐれも盗賊にだけは転職するなよ……」


「ちょっと、旦那! 忍びは敵陣に忍びこんで、密書を盗むことはあっても、金品は盗まないよ!」


「そうじゃぞ、松田殿……我等、天摩衆はたとえ貧しくとも盗賊には堕ちぬのじゃ!!」


「天摩忍群は誇り高い忍び集団なのですよ!!」


 半九郎は不用意な一言で三女忍に吊し上げとなり、平謝りするハメになった。

 と、その時……


「わあああああああああっ!!」


 子供達の只ならぬどよめきが中から聞こえた。

 思わず四人は破った扉から中を覗いた。



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