未知空間の旅
紅羽が比翼剣を構え、竜胆が薙刀を握り、半九郎が上段に構えた。
「小桃ちゃん、後ろに下がって……人喰い虎だ!」
「待て待て……虎じゃないぞ……幽額だぞ」
「ユウガク?」
繁みから飛び出した虎の顔の部分は、なんと優しい顔をした老人であった。
幽額は背中を地面にこすりつけ、猫のように手足をバタバタとさせた。
小桃が「よぉ~~し、よぉ~~し」と、咽喉を撫でると、ゴロゴロと鳴いた。
「むう……どうやら、唐土に棲息する妖怪のようじゃのう……」
「おやぁぁ……物知りの竜胆さんでも、知らない妖怪なのですかぁ……ぷぅ~~くすくす……」
ここぞとばかりに紅羽が竜胆に仕返しする。
「むむ……私だって、何でも知っておるわけではない!」
幽額は古代中国の伝承にある妖怪であり、草木も生えない古山の西側に泚水という川が流れ、干河へつながる。
そこの水辺にて、のんびり遊んでいる幻獣であった。
人と遊ぶことを好み、日向ぼっこが好きな友好的な妖怪である。
小桃はぴょんと人面虎妖怪の幽額の背に飛び乗り、先頭に立って進んだ。
「大きな虎猫さんみたいなのですぅ」
「お前も幽額に乗るか?」
「はいなのです! 黄蝶と呼んでなのです」
黄蝶は小桃の後ろに飛び乗り、腰に抱きついた。
猫好きの黄蝶は人面虎も大きな虎猫の感覚なのか、楽しそうだ。
「ちょっと待て……子供達をここに置いていったら、あの怪鳥・迦陵頻伽に狙われないか? やっぱり、奴を倒してから行かないと……」
「だめだぞ……そんな事しちゃ。迦陵頻伽はああ見えて優しい鳥さんなんだぞ。桃源郷に迷い込んだ人をここにくわえて、連れてきてくれるんだぞ」
「なっ……そうだったのかあ……この幽額と一緒で友好的な妖怪だったのね……」
かくして一行は空が石竹色の不思議な世界を旅することになった。
あちこちに桃林や大樹の森があり、極楽鳥が飛んでいた。
行く手に並行して、鈍色の水面の大きな川が見えた。
渡し船に人が乗っていて、大きな菅笠をかぶった船頭が櫂を漕いでいた。
良く見ると、乗客たちは半透明で、頭に天冠という三角巾を被り、白い経帷子の死装束を着ていた。
「げっ……あれはもしかして……マジヤバイ奴じゃ……」
「ああ……あれは死神が亡者を黄泉の国に運んでいるところなんだぞ。途中まで乗せてもらおうか?」
四人が「いえ……結構です……」と、ブンブンと首を横に振った。
やがて目的地の唐破風の六角館の山の麓にたどりついた。小桃と幽額はここで別れて、元の場所へ帰っていった。
「しかし、野ぶすま仙人のやつ……いったい、子供たちを大勢さらってどうする心算なんだろうな……」
松田同心の疑問に紅羽が、
「きっと、子供達をご馳走責めにして、太らせ、食べてしまう気だよ……」
「ぴええええ~~~っ!」
半九郎はかぶりを振った。
両国で見た読売の瓦版が脳裏に浮かぶ。
「いや……彼奴め、遠大なる計画があると言っていた……『幽夜華』の果実を食べさせて半妖怪化させ、催眠術で操り、強力な足軽に育てあげ、江戸へ攻め込む目論みかもしれんぞ……」
「ぴえええええ~~~~っ!!」
それを受けて竜胆が、
「あるいは……子供を妖怪化し、傭兵として戦争中の国へ、売り込む計画かもしれぬのじゃ……いや、もっと想像を絶するような邪悪な陰謀があるかもしれませぬ……」
「ぴええええええ~~~~~っ!!! なんで皆そんな恐ろしいことを言うのですかぁ~~~!」
「うむ……まあ、まだわからぬがな……六角館に忍び込んで調べてみるのじゃ……」
「おし、隠忍の術で忍び込もう……みんな、開器は持っているか?」
「モチのロンなのです!」
三女忍は苦無、しころ(両刃のノコギリ)、さく(錠前を開ける道具)、坪錐(穴を開ける道具)、かすがい(戸を閉ざす道具)などを出して確認した。
「ほう……これが忍者の七つ道具か……」
「本来は夜間、風雨の強い日などに忍び込みますが、他に人がいないようですので……」
四名が繁みや木陰に隠れながら六角館の裏口に回った。
扉には鍵がかかっているので、紅羽が鍵穴に“さく”をねじ込んで、カチャカチャと開錠を試みたが、複雑で開かない。
そこで、三女忍はしころ・苦無・坪錐などで扉を壊しはじめた。
「……しかしあれだな……これだけ見ると、盗賊が忍び込むように見えるなあ……お前たち、くれぐれも盗賊にだけは転職するなよ……」
「ちょっと、旦那! 忍びは敵陣に忍びこんで、密書を盗むことはあっても、金品は盗まないよ!」
「そうじゃぞ、松田殿……我等、天摩衆はたとえ貧しくとも盗賊には堕ちぬのじゃ!!」
「天摩忍群は誇り高い忍び集団なのですよ!!」
半九郎は不用意な一言で三女忍に吊し上げとなり、平謝りするハメになった。
と、その時……
「わあああああああああっ!!」
子供達の只ならぬどよめきが中から聞こえた。
思わず四人は破った扉から中を覗いた。




