刺客群像
「くっ、毒蛇使いか……こいつは厄介だ……」
紅羽が両手に比翼剣を構え、律九郎と沙呂女の挙動をうかがう。
「ひいぃぃぃっ……へ、へ、へびぃぃぃぃ~~~~!! わしは蛇だけは苦手なんだぁぁぁ~~!!」
殺人独楽を構えていた出角律九郎が肌に脂汗をかき、ノコギリ曲独楽を放り出し、葭簀の簾から逃げ出した。
簾に人型の穴が開いてしまう。
「ずんこけぇ~~!! ……なんだったんだ、あれは?」
「ええい……顔はいいけど、あたしの相棒ゾロメちゃんを見て逃げ出すなんて、律九郎は情けない奴ねえ……仕切り直しだよっ!」
しゃあぁぁぁぁぁ~~~!!
チロチロと舌をだす毒蛇ヤマカガシが宙を舞い、紅羽に咬みつかんと口を開き、毒牙がきらめく。
が、急に瞼が閉じ、板の間に落下して、丸まった。
「どうしたんだい、ゾロメ! はっ……はっくしょん!!」
蔵羅沙呂女が盛大にくしゃみをする。
気づくと周囲に凍りつきそうな冷気の霧がただよっていた。
「……天摩流氷術・凍霧! 蛇や蜥蜴は寒さに弱いからのう……」
竜胆は抜釘斎と対峙したまま、得意の氷術忍法『凍霧』を発生させたのだ。
トカゲや蛇は変温動物であり、周囲の温度が下がると活動ができなくなる。
『凍霧』による急な寒気でヤマカガシは冬眠状態になったのだ。
鼻水たらした蔵羅沙呂女が、うずくまって振袖の襟をよせ、桟敷の莚をひきよせ体に巻きつけた。
「ううぅ……さむっ……あたしは冷え性でねえ……この寒さじゃうごけないわ……莚って、案外あたたかいねえ……すやぁぁぁ……」
蛇も蛇使いも冬眠状態になった。
「ええい、何をやっている、お前たち!!」
手裏剣芸人・城井抜釘斎が仲間の散々な体たらくに憤慨し、紅羽と竜胆に五寸釘を打とうと身構えた。
「そうはいかないよ!!」
紅羽と竜胆が懐から十字型手裏剣をとりだし、目にも止まらぬ素早さで横打ち、逆打ち、早打ち、十字打ちをくり出す。
城井抜釘斎は五寸釘を構えた姿勢のまま、舞台の板壁に昆虫標本のように張りつけられた。
「ひええぇ……これは十字型手裏剣……貴様ら、忍びの者か……」
「いかにも……我等は妖怪退治人であり、天摩流の忍びじゃ」
「本場の忍者、天摩流手裏剣術をとくと御覧じろ、よ!」
「おのれぇ……」
抜釘斎が手裏剣で縫われた衣装をビリビリと破いて脱出し、太刀を抜こうとする。
「わしの特技は手裏剣術だけにあらず、陶物斬りの妙技をしかと……ぎゃふっ!!」
が、それより早く、竜胆と紅羽が宙を飛びあがり、ダブルくノ一蹴りが抜釘斎の急所を直撃、ドウッと崩れ落ちる。
「やったね竜胆!! あたし達、息ぴったりじゃない……この技は『くノ一比翼蹴り』なんてどうよ?」
「ふふふ……まあ、よかろう……」
その間、半九郎と怪力芸人の激闘が続いていた。
「俺様は剛力芸人・烏口本若! 天空斎さまの命により、貴様を倒す!!」
両眼を青白く光らせ、鋲を打った革の鉢巻・胴巻・手甲脚絆の巨漢がスイカ大の鎖つき鉄球をブンブンと回転させ、松田半九郎に叩き込む。
間一髪、鉄球の一撃を避けたが、破片が舞い、埃が舞いあがり、桟敷が盛大に破壊された。
鎖で鉄球を戻し、次々と死の攻撃をくりだした。
「ぬう……怪力芸人というだけあって、容易ならぬ相手……しかし……」
松田同心が打刀を青眼に構え、立ち止まる。
烏口本若は刀の間合いの刃圏外から鉄球を斜めに叩き込んだ。
相手の頭蓋を粉砕するほどの一撃。
宙に木片と粉塵が舞いあがり、視界が閉ざされた。
「やったか…………ぐふぅぅぅ!!」
が、苦鳴をあげたのは強力芸人本若であった――中西道場一刀流の免許皆伝たる半九郎は鉄球を回避し、舞い上がる粉塵の中を摺り足で高速移動し、しゃがんで元若の死角から刀の柄を水月に打ち込んだのだ。
白目になり、ドウと、泡を吹いて崩れ落ちる怪力芸人。
一方その頃、黄蝶と水芸使いが戦っていた。
「ふふふふ……天下一水芸・振須虎太夫、小娘なんぞの相手じゃ役不足……けど、容赦しないよぉ!!」
目の周りを狸のように黒い隈取をした虎太夫が、両手にもった扇子から勢いよく水流を吹き出した。
振袖に隠しもった水袋を押す事で、手に持った扇子に隠した管から噴射させているのだ。
あちこちに飛び出す水流を黄蝶はトンボをきって避けた。
しかし、最後にバランスを崩し、水が顔にかかってしまう。
「ぷふぅぅ~~…かかっちゃたのです。でも只の水なんて、かかっても平気なのですよ……あれっ?」
黄蝶は眩暈を覚え、体がグラリと揺れた。
「ふふふ……かかったね! この水には強力な眠り薬が入っているのさ!」
「しまったのですぅ…………すやぁぁぁ……」
板の間の上で横になり、眠りだした黄蝶。
しめたとばかりに振須虎太夫が脇差を抜いて、斬りかかる。
火花と金属音。
脇差がガッキと受け止められた。
怪力芸人を倒した半九郎が鍔元で受け止めたのである。
「そうはいかんぞ!! 女性に刀を遣いたくないが、今回は特別だ!」
半九郎が刀の峰を虎太夫に送る。
が、手応えが妙だ。
なんと、当たったのは水芸太夫の裃と振袖だけであった。
虎太夫は瞬転の早業で脱ぎ捨て、宙に跳躍して逃れたのだ。
「ひゃっはあぁぁぁ!! ……あたしは元軽業師よ……甘く見たねえ……」
襦袢姿の振須虎太夫が、手甲と脚絆からカラクリ仕掛けで刀剣を出し、板敷きをトンボ返りして高速回転移動。
動作の遅れた半九郎に手甲剣・脚絆剣で斬りつけた。
トリッキーな攻撃に、黒羽織が裂かれ半九郎が隅に追いやられる。
逆立ちした虎太夫の脚絆剣が松田同心の首筋に当てられ、身動きが出来ない。
「うぐっ……」
「ふふふふふ……トドメだぁぁ…………ぶひゃあぁぁっ……」
怖ろしい顔つきの振須虎太夫。
が、その開いた口に水流がかけられた。
「けほっ、けほっ……これは……しまったぁぁ…………すやぁぁぁ……」
虎太夫が板の間に倒れ、眠りこんだ。
その後ろに黄蝶が立って、水袋を持っていた。
中を押してピュウと水を出す。
「虎太夫さんの振袖に隠してあった眠り薬入りの水袋なのです」
「おおっ、黄蝶……目覚めたのか?」
「あれだけドタバタやっていれば、起きちゃうのですよ!!」
黄蝶がにっこりと笑みをみせた。
四人が集結して、天空斎幻光いやさ、野ぶすま仙人を見上げた。
しかし、舞台の唐獅子屏風絵のフスマ障子の向こうの桃源郷世界に、子供達はすべて行ってしまった後だった。
「のぉ~~ほっほっほっ……まさか両国の刺客五人衆を倒すとはやりますねぇ……しかし、子供達は全部いただいたので良しとしますか。ばははぁ~~い!!」
野ぶすま仙人が異界に入り、指をパチンと鳴らすと、フスマが徐々にしまっていく。
「いかん、追うのじゃ!!」
四人が舞台を駆け、人ひとり入れるギリギリの隙間に、竜胆・紅羽・黄蝶、そして松田半九郎が飛び込んだ!!
果たして、未知の世界には何が待っているのか!?




