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妖霊退治忍!くノ一妖斬帖  作者: 辻風一
第七話 魔空!野ぶすま仙人
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刺客群像

「くっ、毒蛇使いか……こいつは厄介だ……」


 紅羽が両手に比翼剣を構え、律九郎と沙呂女の挙動をうかがう。 


「ひいぃぃぃっ……へ、へ、へびぃぃぃぃ~~~~!! わしは蛇だけは苦手なんだぁぁぁ~~!!」


 殺人独楽を構えていた出角律九郎が肌に脂汗をかき、ノコギリ曲独楽を放り出し、葭簀よしずすだれから逃げ出した。

 簾に人型の穴が開いてしまう。


「ずんこけぇ~~!! ……なんだったんだ、あれは?」


「ええい……顔はいいけど、あたしの相棒ゾロメちゃんを見て逃げ出すなんて、律九郎は情けない奴ねえ……仕切り直しだよっ!」


 しゃあぁぁぁぁぁ~~~!!


 チロチロと舌をだす毒蛇ヤマカガシが宙を舞い、紅羽に咬みつかんと口を開き、毒牙がきらめく。

 が、急にまぶたが閉じ、板の間に落下して、丸まった。


「どうしたんだい、ゾロメ! はっ……はっくしょん!!」


 蔵羅沙呂女が盛大にくしゃみをする。

 気づくと周囲に凍りつきそうな冷気の霧がただよっていた。


「……天摩流氷術・凍霧いてぎり! 蛇や蜥蜴とかげは寒さに弱いからのう……」


 竜胆は抜釘斎と対峙したまま、得意の氷術忍法『凍霧』を発生させたのだ。

 トカゲや蛇は変温動物であり、周囲の温度が下がると活動ができなくなる。

『凍霧』による急な寒気でヤマカガシは冬眠状態になったのだ。


 鼻水たらした蔵羅沙呂女が、うずくまって振袖のえりをよせ、桟敷のむしろをひきよせ体に巻きつけた。


「ううぅ……さむっ……あたしは冷え性でねえ……この寒さじゃうごけないわ……莚って、案外あたたかいねえ……すやぁぁぁ……」


 蛇も蛇使いも冬眠状態になった。


「ええい、何をやっている、お前たち!!」


 手裏剣芸人・城井抜釘斎が仲間の散々なていたらくに憤慨ふんがいし、紅羽と竜胆に五寸釘を打とうと身構えた。


「そうはいかないよ!!」


 紅羽と竜胆が懐から十字型手裏剣をとりだし、目にも止まらぬ素早さで横打ち、逆打ち、早打ち、十字打ちをくり出す。

 城井抜釘斎は五寸釘を構えた姿勢のまま、舞台の板壁に昆虫標本のように張りつけられた。


「ひええぇ……これは十字型手裏剣……貴様ら、忍びの者か……」


「いかにも……我等は妖怪退治人であり、天摩流の忍びじゃ」


「本場の忍者、天摩流手裏剣術をとくと御覧ごろうじろ、よ!」


「おのれぇ……」


 抜釘斎が手裏剣で縫われた衣装をビリビリと破いて脱出し、太刀を抜こうとする。


「わしの特技は手裏剣術だけにあらず、陶物斬すえものぎりの妙技をしかと……ぎゃふっ!!」


 が、それより早く、竜胆と紅羽が宙を飛びあがり、ダブルくノ一蹴りが抜釘斎の急所を直撃、ドウッと崩れ落ちる。


「やったね竜胆!! あたし達、息ぴったりじゃない……この技は『くノ一比翼蹴ひよくげり』なんてどうよ?」


「ふふふ……まあ、よかろう……」


 その間、半九郎と怪力芸人の激闘が続いていた。


「俺様は剛力ごうりき芸人・烏口本若からすぐちもとわか! 天空斎さまの命により、貴様を倒す!!」


 両眼を青白く光らせ、鋲を打った革の鉢巻・胴巻・手甲脚絆の巨漢がスイカ大の鎖つき鉄球をブンブンと回転させ、松田半九郎に叩き込む。

 間一髪、鉄球の一撃を避けたが、破片が舞い、ほこりが舞いあがり、桟敷が盛大に破壊された。

 鎖で鉄球を戻し、次々と死の攻撃をくりだした。


「ぬう……怪力芸人というだけあって、容易ならぬ相手……しかし……」


 松田同心が打刀うちがたなを青眼に構え、立ち止まる。

 烏口本若は刀の間合いの刃圏外から鉄球を斜めに叩き込んだ。

 相手の頭蓋とうがいを粉砕するほどの一撃。

 宙に木片と粉塵が舞いあがり、視界が閉ざされた。


「やったか…………ぐふぅぅぅ!!」


 が、苦鳴をあげたのは強力芸人本若であった――中西道場一刀流の免許皆伝たる半九郎は鉄球を回避し、舞い上がる粉塵の中を摺り足で高速移動し、しゃがんで元若の死角から刀の柄を水月すいげつに打ち込んだのだ。

 白目になり、ドウと、泡を吹いて崩れ落ちる怪力芸人。


 一方その頃、黄蝶と水芸使いが戦っていた。


「ふふふふ……天下一水芸・振須虎太夫ふりすとらだゆう、小娘なんぞの相手じゃ役不足……けど、容赦しないよぉ!!」


 目の周りを狸のように黒い隈取をした虎太夫が、両手にもった扇子から勢いよく水流を吹き出した。

 振袖に隠しもった水袋を押す事で、手に持った扇子に隠したくだから噴射させているのだ。

 あちこちに飛び出す水流を黄蝶はトンボをきって避けた。

 しかし、最後にバランスを崩し、水が顔にかかってしまう。


「ぷふぅぅ~~…かかっちゃたのです。でも只の水なんて、かかっても平気なのですよ……あれっ?」


 黄蝶は眩暈めまいを覚え、体がグラリと揺れた。


「ふふふ……かかったね! この水には強力な眠り薬が入っているのさ!」


「しまったのですぅ…………すやぁぁぁ……」


 板の間の上で横になり、眠りだした黄蝶。

 しめたとばかりに振須虎太夫が脇差わきざしを抜いて、斬りかかる。


 火花と金属音。


 脇差がガッキと受け止められた。


 怪力芸人を倒した半九郎が鍔元で受け止めたのである。


「そうはいかんぞ!! 女性に刀を遣いたくないが、今回は特別だ!」


 半九郎が刀の峰を虎太夫に送る。

 が、手応えが妙だ。


 なんと、当たったのは水芸太夫のかみしも振袖ふりそでだけであった。

 虎太夫は瞬転の早業で脱ぎ捨て、宙に跳躍して逃れたのだ。


「ひゃっはあぁぁぁ!! ……あたしは元軽業師もとかるわざしよ……甘く見たねえ……」


 襦袢じゅばん姿の振須虎太夫が、手甲と脚絆きゃはんからカラクリ仕掛けで刀剣を出し、板敷きをトンボ返りして高速回転移動。

 動作の遅れた半九郎に手甲剣・脚絆剣で斬りつけた。


 トリッキーな攻撃に、黒羽織が裂かれ半九郎が隅に追いやられる。

 逆立ちした虎太夫の脚絆剣が松田同心の首筋に当てられ、身動きが出来ない。


「うぐっ……」


「ふふふふふ……トドメだぁぁ…………ぶひゃあぁぁっ……」


 怖ろしい顔つきの振須虎太夫。

が、その開いた口に水流がかけられた。


「けほっ、けほっ……これは……しまったぁぁ…………すやぁぁぁ……」


 虎太夫が板の間に倒れ、眠りこんだ。

 その後ろに黄蝶が立って、水袋を持っていた。

 中を押してピュウと水を出す。


「虎太夫さんの振袖に隠してあった眠り薬入りの水袋なのです」


「おおっ、黄蝶……目覚めたのか?」


「あれだけドタバタやっていれば、起きちゃうのですよ!!」


 黄蝶がにっこりと笑みをみせた。

 四人が集結して、天空斎幻光いやさ、野ぶすま仙人を見上げた。

 しかし、舞台の唐獅子屏風絵のフスマ障子の向こうの桃源郷世界に、子供達はすべて行ってしまった後だった。


「のぉ~~ほっほっほっ……まさか両国の刺客五人衆を倒すとはやりますねぇ……しかし、子供達は全部いただいたので良しとしますか。ばははぁ~~い!!」


 野ぶすま仙人が異界に入り、指をパチンと鳴らすと、フスマが徐々にしまっていく。


「いかん、追うのじゃ!!」


 四人が舞台を駆け、人ひとり入れるギリギリの隙間に、竜胆・紅羽・黄蝶、そして松田半九郎が飛び込んだ!! 

 果たして、未知の世界には何が待っているのか!?



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