大手妻師・天空斎幻光
「いらはいいらはい、天空斎幻光の玄妙摩訶不思議な手妻がはじまるよぉぉ~~~」
呼び込みの声を背に、丸太を組んだ舞台に葭簀で編んだ簾を幕にした葭簀小屋に入場した一同。
この頃の大道芸などの葭簀小屋は、演芸用語で“ヒラキ”というが多かった。
木組みの柱に竹や葦などを編んだ簾で仕切りにしたものを壁とし、青天井であった。
天空斎幻光の小屋は“組建床店”といって、規模はヒラキと同じだが、木材製だ。
屋根もあり、雨天も見られる。
中に桟敷の客席を設け、すでに親子連れや子供だけの観客が入っており、わいわいと騒ぎが聞こえた。
三尺ほど高い舞台は板敷きで、背後には狩野永徳がえがいた『唐獅子図屏風』を模写した襖障子があり、アンバランスなくらい豪華なものだった。
唐獅子絵は、金泥の下地に岩場を歩く雌雄の獅子の姿絵で、迫力があり目をひく。
絵看板にあった風貌とそっくりな、派手な片身替りの衣装に眼鏡の男が出てきた。
「坊ちゃん、お嬢ちゃん、親御さん、善男善女のみなさんいらっしゃいまし。吾輩は日本一の、いやさ、唐土・天竺あわせて三国一の大手妻師・天空斎幻光と申しまする。これより、神変不可思議なる大手妻をお目にかけますぞ。うまくいったら、拍手御喝采をお願いいたしまするぅ~~…」
ニタニタと細目で笑い、なんとも剽軽な口上で子供や付添いの大人の肩の力を抜かせ、何が始まるか期待させる魅惑のある人物であった。
竜胆たちも、思わずこの手妻使いが妖怪か妖術師の可能性があるとは思えないほどであった。
「のぉ~~ほっほっほっ……まずは手始めに『連理の紙』だよぉぉ~~」
天空斎幻光が助手の黒子から畳ほどの大きさの和紙を受けとり、日本刀で切りつけ、十二枚の紙片にわけた。
それを書類のようにまとめ、両手で広げると、切られたはずの十二枚の紙片は御幣のように端っこ同士がつながった形で現れた。
両手でつながった紙を宙に舞わせると、紙片が細かい紙吹雪きとなって、客席に舞った。子供達が拍手する。
「お次は『胡蝶の舞』だよぉぉ~~」
今度は色紙をハサミで複雑に切りだし、蝶をつくりだした。この紙の蝶に扇子でパタパタとあおぐと、紙の蝶は生きているかのように、自在に宙を舞い始めた。
子供達が歓声をあげる間に、手妻師は早業で紙の蝶をもう二匹つくりだし、桟敷の上を回せた。
子供たちが手に取ろうとするが、スルリと手を逃れ空中高く飛翔した。
「むむ……黄蝶だって、あれくらいの事はできるのですぅ……」
「いや、黄蝶のは幻術のまぼろしだろ。これとは違うって……」
「さあて、お次は目玉の『釜抜け術』だよぉ~~、さあて、舞台で手伝ってくれるお子様はいないかなあ~~…」
はい、はいと手を上げる子供達。
紅羽と黄蝶が手を上げようとして、竜胆に手を押さえられた。
「それじゃあ、そこの賢そうなお坊ちゃん、舞台に上がっといて……お名前はなんていうのかな?」
「おいら、仙太ってんだ」
「よしよし、いい子だ、仙太くん。こっちにおいで……」
お調子者っぽい十歳くらいの少年が舞台にあがり、助手の黒子達が台車にのせた大きな釜を持ってきて、舞台中央に置いた。
次に仙太をかかえて釜に足を入れて、万歳をさせた。
「じゃじゃ~~ん。ちょいと苦しいけど、仙太くん、しゃがんで釜の中にお入りね」
「うんっ!」
仙太が釜の中に入り、木の蓋をしめる。
そして、虎柄と豹柄の片身替えの風呂敷で包み込んだ。
そして、一から十まで数え、風呂敷をといて、釜の蓋をとり、黒子達が釜を横に傾けた。
するとなんと、中に仙太はいなかった!! どよめく桟敷の観客たち。
「さてさて……釜の中に入ったはずの仙太くんが消えてしまいました!」
「なにっ、子供が神隠しに!」
紅羽と黄蝶が色めき立ち、立ち上がろうとするが、またも竜胆に押しとどめられた。
「待つのじゃ……まだ様子を見るのじゃ……」
「さてさて、消えてしまった仙太くん……はたしてどこへ行ってしまったのか……その昔、大泥棒の石川五右衛門は釜茹でというザンコクな刑にされたけど、実は逃げ出したなんて話もあるよねえ……」
不安気に見守る観客の子供達。
ニタニタと笑う手妻師・天空斎幻光は、ふたたび釜を元の位置に戻させ、蓋をしめ、風呂敷で包み込む。
また十数えて、蓋を開けると、仙太が小さな釜に入った釜飯を食べながら出てきて、観客にきづくと万歳をした。
「はぁ~~い、これぞ、『釜抜けの術』ならず、『釜飯の術』なんちゃって!!」
ひょうきんな口上に、子供達がどっと笑い、「わあああああ~~~!!」と歓声があがった。
「なんだぁ……ほんとに手妻じゃないか……」
「ヒヤヒヤしたけど、面白いのですぅ……」
すっかり、楽しんでいる紅羽と黄蝶。
寺社役同心は訝しげに巫女剣士を見る。
「なあ、竜胆……ありゃあ……もしかして、本物の手妻師じゃないのか……」
「いえ、油断は禁物ですぞ、松田殿……と、言いたいが、なんとも剽軽者の手妻師で調子がくるいますねえ……」
「のぉ~~ほっほっほっ……さてさて、お次はもっと大がかりな手妻をお目にかけますぞぉぉ……その名も『桃源郷巡り』!!」
天空斎幻光の合図で黒子達が唐獅子図屏風の襖障子を開けさせた。暗い舞台に光がさす。舞台の幕の向こうは外のはず。
だが、そこには鮮やかな桃のなる林があり、きれいな花畑に赤い蝶が舞い、木の枝を瑠璃色の鳥が飛び交って動いています。
色取りどりの七色の花からは今まで嗅いだことのない良い匂いが漂ってきました。
原っぱには薄桃色の唐服を着込み、羽衣をまとった仙女たちが楽しそうに舞いを踊っています。
ここはまるで天上にあるという仙境かもしれません。
「わああああああ……すげえぇぇ……」
桟敷の子供達が大歓声をあげた。
まるで夢のような別世界の登場に大人たちも驚く。
「さあさあさあ……唐土の奥地にあるという伝説の桃源郷でござい~~…その名のごとく、年中温かくて、いつでも桃が採り放題の楽園だよぉぉ~~~…舞台にあがって、みんなで桃源郷に行ってみよう!!」
子供たちが歓声をあげて、舞台に上がっていった。
「おお……凄い手妻だなあ……」
「まるで本物みたいな絵ですねえ……」
「何を悠長なことを……フスマの奥に別の世界……天空斎幻光こそが、神隠し事件の下手人じゃ!!!」
ぼぉ~~と見ていた紅羽と竜胆がハッと我に返った。
「しまった、見とれてしまったぁ~~!!」
そのとき、舞台上で手妻師・天空斎幻光の細い目がカッと見開かれ、小屋内が稲光のように青白く光った。
「まずい、みな目を閉じるのじゃ!!!」
竜胆の合図に四人は反射的に目を閉じ、腕で瞼を防御した。
「さあさあ、子供達は舞台にあがって桃源郷巡りをしようねえ……大人のお客さんはそのまま席に大人しく座っていてねえ……」
「みんな、このフスマの向こうに行ってはいけないのですぅ!!」
三女忍が空中を跳躍し、三回転しつつ、舞台の板の間に着地。半九郎が押っ取り刀で舞台へ駆けだすが、子供の群れが邪魔をする。
「この手妻師の正体はさいきん世間を騒がせる神隠し事件の下手人じゃ!!」
しかし、三女忍の言葉が耳に入らないかのように、桟敷の供達は憑かれたように唐獅子屏風図のフスマの向こうにある仙境へと足を運んでいく……
大勢なので、三女忍だけでは押さえきれなかった。
「みんな止まれ……どうしちまったんだよ!?」
見れば桟敷にいる大人たちは目を閉じて気を失い、子供達の両目はうっすらと青白く輝いていた。
「これは……天空斎幻光の眼光催眠術じゃ!!」
「正体をあらわせ、神隠し妖怪!!」
紅羽が霊刀『紅凰』を抜いて剣尖を怪手妻師に向けた。
「ありゃりゃ……これはしたり……只者でない“神気”の持ち主だと思ったら、妖怪退治人だったか……ならば、名乗らねばなるまいて、エヘン、オホン……天空斎幻光とは仮の姿、吾輩の本当の名前は『野ぶすま仙人』である」
「なにぃぃぃ……妖怪『野ぶすま』であったか!?」
「知っちょるのか、竜胆!!」
「知っちょるも何も……野ぶすまとは、江戸など関東に現れる妖怪で、ムササビのように前脚と後脚の間に被膜があり、木々を滑空するが、ときおり人や動物の顔に飛びのり、血を吸うと云われている妖怪じゃ……」
『今昔続百鬼』や『本朝世事談綺』には、炎を食べる物の怪とも紹介されている。『狂歌百物語』では“飛倉”という名前で書かれているが、こちらは蝙蝠の姿だ。
「へえ~~… 青梅宿にいたテンマルに似ているなあ……」
「なるほどぉぉ……顔におおいかぶさる妖怪といえば、九州で戦ったことのある“一反木綿”とも似ているのですねぇ……」
「おおぉ~~と、吾輩はそんじょそこらの森に棲む妖怪“野ぶすま”とはわけが違うよぉぉ……千年以上生き続け、秩父の山奥で妖術・仙術修行をして、人型に化ける事もできる“野ぶすま仙人”であるぞよ」
「そのお偉い野ぶすま仙人とやらが、子供達をさらってどうする気だ?」
「のぉ~~ほっほっほっ……人間の子供達は吾輩の遠大なる計画には必要不可欠なので、こうやって、あちこちから拝借しておるの~~よ。さいきんは町奉行所の目が厳しくなったので、こんな小屋で手妻師に化けたが、こうも早く妖怪退治屋に見つかるとはねえ……いや、さすがさすが……」
「ぐだぐだ言ってないで、今までさらった子供たちを返すのじゃ!!」
「あっかんべぇ~~…悪いけど、吾輩の邪魔はさせないよぉぉ~~~それ、者共、出番であるぞよ!!」
天空斎幻光が右手で合図すると、楽屋のある簾の幕があがり、異形の影群が湧き出てきた。




