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妖霊退治忍!くノ一妖斬帖  作者: 辻風一
第七話 魔空!野ぶすま仙人
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不穏なうわさ

 お化け屋敷の横の小屋には派手なかみしもをつけた手妻師の絵看板があった。

 幟には“大手妻師”の文字が見える。


「これは……」


 竜胆と半九郎がゴクリと唾をのみ、大手妻師の次の文字を追いかける。


『大手妻師 天命斎恩光』


 ガックリとする巫女剣士と寺社役同心。


「……二文字ちがうかぁ~~……」


「……わりとよくありがちな芸名では、ありますね……」


 小屋と小屋のあいだに路地があり、遊び人風の男がふたり、煙管を吸いながら雑談をしていた。

 が、その内容が気になるものだった。


「へっへっへっ……さいきん子供がたくさん誘拐かどわかしにあってるそうじゃねえか……」


「おう……世間では神隠しだとか、天狗隠しだとか、言っているな……高尾山、大山、秋葉山など江戸近辺の山に棲む天狗が徒党をくんでさらっているって話じゃねえか……」


「はん、女子供じゃあるまいし、天狗なんか信じているんじゃねえよ……」


「じゃあ、誰がさらっているってんだ?」


「へっへっへっ……ここだけの情報だが、江戸幕府の威信を落とし、幕府転覆をたくらむ一味のしわざよ……それも由井正雪みたいな小規模じゃねえ……反徳川をかかげる大名が背後にいるって噂よ……」


「やべえじぇねえか……いったい、どこからそんな情報を……」


「へっへっへっ……そいつはコイツに……」


 男が懐からなにかの紙をチラリと見せた。

 だが、松田半九郎と竜胆の視線を感じ、さっと懐に隠すと、逃げるように路地の奥へ走り出した。


「あっ……おい、待て……」


 半九郎と竜胆が追いかけると、ふたりの遊び人はお化け屋敷の裏にまわる。

 そこは河岸に密着するように建っており、二人組は石段を駆けおり、もやっていた小舟に飛び乗ると、みごとなかいさばきで大川(隅田川)へ逃れ、ほかの猪舟や団平舟にまぎれてしまった。


 他に小舟がないので、竜胆と半九郎は追いかけるすべがない。


「くそぉぉ……あいつらを逃してしまった……」


「半九郎殿……残念ですが、あの遊び人たちは、おそらくはこの界隈で聞いた噂話をしただけで、くわしくは知らぬのでしょう……」


「だといいが……奴の懐にあった紙が気になる……幕府転覆だと……もしや、大がかりな陰謀があるのかもしれん……」


「………………」


 しかたなく、元のお化け屋敷の表にでると、意外な人物が通りかかった。


「おう、半九郎じゃねえか……それに、いつぞやのベッピンの巫女さん……ついに、大量神隠し事件に御寺社おじしゃも動き出したか……」


 声の主は白皙細身の、鋭い目つきの三十男の町方同心と、そのかたわらに小柄ですばしっこそうな四十男の岡っ引きがいた。


岸兄きしにい……それに、錣引しころびきの親分……ええ、しかし……うまくいかず困っています……」


 彼は松田半九郎と同門の一刀流中西派道場の兄弟子にあたる町奉行所同心の岸田修理亮きしだしゅりのすけだ。

 御供の初老の男は錣引しころびき町蔵まちぞうという腕利きの岡っ引きだ。


「こっちも、人身売買組織をさぐっているが、どうにも当たりがこねえ……」


「やはりこれは、妖怪の仕業だろうと俺たちはふんでます……」


「人喰いフスマかあ……そんな瓦版まで出て困ったぜ……はん、んなわけねえだろ……前にも言ったが、そんなもん信じてちゃ、町方同心なんてお終いよ……」


「いや、それは……」


「ほかにも、切支丹奉行……宗門改役しゅうもんあらためやくも動いているとかいう話だぜ」


「それはまた、何故?」


「……その昔、太閤秀吉の時代、戦国時代のキリシタン大名と宣教師が手を組んで、日本人の奴隷を海外に売りさばいた事件があってな……伴天連ばてれんの妖術をつかってさらい、南蛮船で海外に逃げるに違いないと、品川沖の港なんかも厳しく手入れされたって話だ……」


「そんなことが……それよりも、今、妙な話を聞きました……」


「なんでい、妙な話ってのは?」 


 幕府転覆の陰謀の話に、同心と岡っ引きは鋭い目つきになった。

 周囲を見渡すと、視界のはじ、通りの隅で、深編笠をかぶった二人組の男が見える。

 そのうちの一人が、通行人に呼びかけているようだ。


「さあさあ、いらはいいらはい、さいきん巷をにぎわす神隠し騒動の記事だよ」


 そして、もう一人が手にした瓦版かわらばん読売よみうりを売りさばいていた。


 どうやら、この二人組は読売の売り子のようです。

 江戸時代の読売の売り子は、たいがいが二人一組であり、笠を被って顔を隠していた。


 テレビ時代劇などで、瓦版屋が顔を見せ、大通りで派手に口上の宣伝しながら売りさばき、同心や岡っ引きが「一枚くれ」なんて、呑気に一枚買うといった姿を見たことがある人もいると思いますが、あれは、テレビ時代劇特有のフィクションです。


 実際の瓦版売りはかなりアングラで、非合法すれすれのものが多かった。

 読売、瓦版とは、現代でいう新聞のようなものである。


 ただし、新聞は毎日販売されるが、読売は契約した家に配達しないし、世間をさわがせた事件やゴシップなどがおきた時にのみ、売り出されるものであった。

 たいがい一色刷りの半紙一枚のものですね。

 しかし、のちにはカラフルな色刷りやパンフレットのように閉じた物も売り出された。


 瓦版の内容というと、凶悪な犯罪事件や災害、江戸の町や地方の噂話、名の知れた者のゴシップ、芝居や寄席などの見聞・評論、流行歌の文句などさまざまなもの。


 江戸時代は報道や言論の自由などというものがない時代である。

 幕府公認の瓦版屋もあったが、発行にはわずらわしい手続きや規制があって、発行の許可まで時間がかかってしまうものだった。


 しかし、人にとっては事件や騒動のニュースは早く知りたいという欲求があるものです。

 そこで、非公認のモグリの瓦版屋が生まれてしまう。

 しかも、モグリの読売屋には、売り上げの為に無責任なデマを流す迷惑な者たちもいた……


「……おい、べっぴんさんよ……済まねえが、これで読売を買ってきてくれねえか……」


「ええ……それは構いませぬが……」


 岸田修理亮が竜胆に四文の銭を渡し、お使いをしてきた。

 その瓦版の記事には……


『世間を騒がす大量神隠し事件は、幕府転覆をねらう謀反組織の企みであるらしい。徳川家の威光を地に落とし、陰謀団が火事や強盗など、もっと騒ぎを起こし、江戸城をのっとる恐ろしい計画があるようだ』


 などといった怖ろしげな内容の読売だった。

 竜胆と半九郎はあの遊び人たちの話のタネはこれだと、ハッと目をあわせた。

 岸田同心は読売を懐にいれ、


「……町蔵」


「へい、いつもの手で……」


 町蔵親分が路地に入りこみ、鉄十手を肩にした岸田同心がズンズンと通りの隅にいるふたりの深編笠の町人に近づいていった。


「おい、てめえら。俺にもその読売のことをくわしく教えてくれや……」


「しまった、町方役人だっ!!」


「ひええええ……逃げろぉぉ!!」


 二人連れの売り子は反対側に一目散に駆けだした。

 しかし、反対側にはすでに錣引きの町蔵が待ち構えていて、捕り縄を投げた。

 まるで西部劇のカウボーイのような手腕で、縄が蛇のように宙に舞い、二人の笠男の足元に巻きついた。

 たまらず地面に転ぶ男たち。


「「あいたぁぁぁ!!」」


「神妙にしろい、読売ども。捕まえろ、町蔵!!」


「合点でさっ!」


 かくて、怪しげな記事を売る読売の男達は逮捕された。

 見事な手際の捕物を目撃した半九郎と竜胆は思わず拍手した。


「けっ、あっけねえな……こりゃ小物だな」


「岸兄イ、なんで、そうわかるので?」


「ああ……大がかりな謀反人一味が背後にいるなら、もっと目端のきく、すばしっこい奴を使うもんだ……」


「なるほど……」


 こののち、江戸幕府転覆というセンセーションな瓦版を書いた読売と版元の男たちは一斉に逮捕されました。

 そして、背後に大規模な人身売買組織か、本当に謀反をたくらむ一団がいないか、あるいは反徳川のパトロンとなった大名貴族などがいないか、厳しく責められた。


 が、岸田同心の読みどおり、ただのモグリの瓦版屋だった。

 読売の売り上げを高めたい欲望、他の瓦版屋との特ダネ競争合戦で、いつしか正気を失った瓦版屋たちの無責任な記事だったようです。


 現在でも、ネットや週刊誌、口コミで嘘やデマが流れ、それを鵜呑みにしてしまう人々がいるので気をつけましょう。

 とくにデマが多く流れるのは事件や災害時です。

 人々に不安の心があると、虚偽の噂であっても、情報源を調べもしないで頭から信じ込んでしまいがちです。


 デマにだまされないようにするためには次の五つのことに注意しましょう。


 一つ、公式情報を確認する。

 二つ、「~らしい」「~みたい」「~のようだ」といった伝聞形式はあやしいので疑う。

 三つ、「○○の話では~」に注意する。政府関係者によると~、友達に聞いた話によると~、関係筋の話では~など、特定できない情報発信源は虚偽の可能性が高い。

 四つ、目にした、耳にした情報をくわしく精査し、情報源を確かめる。

 五つ、そして、私たち一人一人が、無意識にデマの中継や拡散に協力しないように、本当かどうか、立ち止まって考え、確かめることが必要になるでしょう。


 さて、話を戻すと、悪質な読売屋を自身番にしょっぴく岸田らと別れ、半九郎は竜胆と“天空斎幻光”探しに戻りました。


「しかし、なかなか見つからぬなあ……紅羽たちはどうだろうか?」


「そちらもなければ、浅草を探しましょう……それもなければ、他の盛り場の小屋へ……」


「う~~む……天空斎幻光とやら……いったい何処に?」


 半九郎の言葉に錣引の町蔵が足を止めて、駆け寄ってきた。


「松田の旦那、天空斎幻光をお探しでやすかい?」



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