鐘ヶ淵霊異記
黒髪触手が邪気をおび、ぬるぬると艶をおびて、美しきくノ一三人娘にからみついた。
空中にもちあげられるが、邪気に触れたせいで力がでない女忍者たち。
黒触手は乙女の柔肌にくいこみ、忍び装束がはだけ半裸状態となった……
「うぐううううう……」
「いや~~んな感じですぅぅ……」
「おのれ……妖怪変化め……」
おるいを介抱していた吉兵衛は、彼女が眼を覚ましたことに気づいた。
「大丈夫かい、おるいちゃん!?」
「ええ……吉兵衛……」
おるいは額をおさえ、苦痛の表情をみせる。
「わたしは今までいったい……はっ……そうだ、私はお勢の亡霊に取り憑かれて……」
「憑依されたことを覚えているのかい!?」
そのとき、音がして二人が振り返ると、妖霊退治人たちが妖怪・鬼髪に触手で囚われたのが見えた。
吉兵衛は袖をまくって細い腕をだし、細紐でタスキにし、流木をひろいあげる。
「お勢……やめるんだっ! かくなるうえは、この漢・吉兵衛さまが妖霊退治人さんたちをお助けつかまつる!!」
「……吉兵衛……あんたの細腕じゃ……無理よ……」
「とめてくれるな、おるいちゃん……背中の桜吹雪が泣いている……漢・吉兵衛、いざ参らん!」
ちなみに吉兵衛の背中に桜吹雪なぞない。
流木を振り上げ、駆けだした。
が、黒髪触手にからめられた三人娘の半裸姿をみて鼻血が噴き出す。
「よ……妖怪め……なんとうれしい……いや、けしからん事を……」
「きゃあああああっ! 吉兵衛、こっちを見ないで!」
「女たらしめ……こっちくんなっ!」
なけなしの勇気を振り絞って吉兵衛が駆けつけるが、ひどい言われようだ。
「……紅羽ちゃんも竜胆ちゃんもそれどころじゃないですよぉぉぉ……」
だが、吉兵衛の姿を見た妖怪・鬼髪の大顔が、嫉妬に醜く歪んでいたのに、眉根がさがりこわばりがとけた。
黒髪粘液触手もゆるみ、女忍者三人衆がボトッと地面に落ちる。
「あいたぁぁ!!」
「でも、助かったのですぅ……」
妖怪鬼髪はぶるぶると震えて、吉兵衛を凝視しているようだ。
「……か……すけ………嘉助……さん……なのね?」
「へっ? 誰それ? おいらは吉兵衛だよ?」
鬼髪の記憶は混濁し、錯綜し、迷走状態にあるようだ。
「……嘉助はお勢さんの……思い人の名前よ……」
おるいが吉兵衛の傍らにより、神妙な顔で口をはさんだ。
「なんでおるいちゃんがそんな事を?」
「お勢さんの亡霊に憑りつかれている間……彼女の生前の記憶も見えたのよ……」
「なんだってぇぇぇ……」
「……か……すけ……さん……その女は……だれなの……」
さきほどまで憑依したおるいの事も忘れたようだ。
どうやら妖怪・鬼髪は恨みと妖気が暴走して、正常な思考ができないようである。
黒髪触手の先端が鎌刃に変化して、おるいと吉兵衛に凶刃をむけた。
「そうはいかないよ、妖霊退治人の紅羽さんを忘れちゃ困るよ!」
ふたりの前に立ちはだかった紅羽が太刀をかまえて立ち塞がる。
衣服がやぶけ、肌もあらわな姿である。
「よくも恥ずかしい目にあわせたな、妖怪・鬼髪……金輪際ゆるさないんだから!」
紅羽は葦の原を駆け抜け、大きく跳躍した。
その間に臍下丹田に蓄積した〈神気〉を解放し、全身に赤い闘気が陽炎のように螺旋にうずまく。
鬼髪より倍の高さに飛翔した彼女は紅の斬撃破をたたきこむ。
「天摩流忍法・朱雀落とし!」
翼をひろげた朱色に燃える鳳凰の幻像がうかび、妖怪・鬼髪の全身を唐竹割りに一刀両断した。
「ぎょええええええええええええええええええええええええええええっ!」
断末魔の雄叫びをあげて怪異が髪の毛を飛散させて消滅する。
「ふぅぅぅ~~~~~……」
着地した紅羽に黄蝶と竜胆が駈け寄る。
「すごいですぅ、紅羽ちゃん。いつの間にあんな大技を?」
「へへへ……隠れて修行したんだよ……」
「ふん! 少しはやるようになったな……」
「あらあら、竜胆ちゃん。それで褒めているつもり?」
「褒めてなどいない!」
妖怪・鬼髪が消えた地点にいくと、乱れ髪のなかに、ひとつの野晒しのシャレコウベ、つまり頭蓋骨があった。
「これが鬼髪の本体……お勢の髑髏かあ……」
紅羽が感慨深げに見つめた。