法術・浄天眼
いつになく、おっとりした秋芳尼が眉間にしわをよせて言い切った。
「行方不明の子供たちの遺留品をさがしてください……私の法術で手がかりを見つけ出します!」
「おおっ、なるほど……秋芳尼さまのあの術をつかえば、あるいは……」
「何か方策があるのですか、秋芳尼殿!」
松田同心が期待をよせた眼差しを尼僧におくった。
「ふふふ……秋芳尼さまの奥の手をつかえば、解決したも同然よっ!」
紅羽が顎に人差し指と親指をあてて、鼻高だかに自慢をはじめた。
「お主が自慢するでないっ、このお調子者め……」
巫女剣士が娘剣士に突っ込みをいれた。
「なんじゃようわからんは、当てがあるようだの……後は天摩衆にまかせて、我等は寺社廻りをするぞ……ついてまいれ、半九郎」
「いえ、伯父上。俺も天摩衆と一緒に捜査に加わります。なんといっても、御老中さまのお声掛りの探索ですぞっ!」
「……うおぅ……そうじゃった……では、天摩衆の邪魔をせんように励めよ、半九郎……」
「邪魔って……大いに助けになる漢ですぞ、俺はっ!!」
憤慨する半九郎を残して坂口同心は他の寺院へと去った。
かくて、謎の児童集団失踪事件の事件解明に、天摩衆が動き出した。
その日の夕刻、瑞雲山鳳空院の本堂に天摩忍群一同が集まった。
さらに今回は松田同心も同席している。
「これは……なんとも恐ろしげな仏像ですなあ……」
「ほほほほ……松田様、これは我等天摩衆の守り本尊である摩利支天像ですよ……」
「おおっ、これがあの摩利支天……戦国時代の武士たちが崇めたという……」
本堂には巨大な仏像・摩利支天像が鎮座している。像は三つの顔があり、結跏趺坐して座り、両手を合掌して、他に六本の腕が武器を持って四方を向いている。
元来はバラモン教の神で、陽炎を神格化した神だ。仏教に取りいれられ、仏教の守護神である天部となる。
日本では中世以降に武士のあいだで摩利支天信仰がはやった。
摩利支天はで、神通力をもち、穏形の能力があることから忍術の神として忍びの者たちにも信仰されていた。
秋芳尼の前に片膝ついて紅羽、竜胆、黄蝶がひかえ、その後ろに松影伴内と妻の浅茅、刀鍛冶で先輩忍者の金剛がひかえる。
その斜め後ろに松田が正座した。
秋芳尼は忍者ではないが、上忍であり、小頭の松影伴内が取りまとめ、他の者は下忍と中忍である。
竜胆と黄蝶、紅羽が風呂敷から草鞋、着物、帯、手拭い、櫛、手鏡、独楽、剣玉などの品を出して前に置いた。
「秋芳尼さま、失踪した子供達の家の者から、持ち物を借りてきました……」
「どこの親も悲しみにくれて、可愛そうだったのですよ……子供達を探すためと言ったら、すがるような目で貸してくれたのですぅ……」
「まったく、どこのどいつが誘拐したんだか……見つけたら、あたしがまずは一発ぶん殴ってやりたいよっ!」
紅羽が左の掌に右手の拳をパシッと叩いた。
三人娘と松田同心が、町奉行所から渡された失踪した子供の親の家の住所録の控えをつかってたずね、片っ端から遺留品を集めてきたのだ。
「伴内さん、金剛さん、鏡を……」
「御意っ!」
伴内と金剛が大きな鏡を摩利支天像の前に運んできた。
直径二メートルもある銅版に鏡がはられたもので浄玻璃鏡という法具だ。
秋芳尼はおみよという少女が朝まで着ていたという寝間着を手にし、念入りにさわり、なにを読み取っているようだ。
天摩忍群一同が固唾を飲んでみまもる。
天摩忍群は摩利支天を信仰することで霊能力や神秘の忍法をつかうことができる。
天摩の名も摩利支天にあやかったものだ。
芳尼は触れた物体の残留思念を読み取り、それを映像化することができる、現在でいうサイコメトリー能力を持ち、さらにその残留思念の持ち主の現在位置をおしはかる透視・千里眼能力をもっていた。
尼僧は大鏡に両手をかざし、摩利支天の陀羅尼の経文をとなえはじめた。
「ナモアラタンナ タラヤヤ タニヤタ アキャマシ マキャマシ アトマシ……」
秋芳尼の両掌があわく緑色に発光し、それに呼応するように本堂の天井格子をうつした鏡面の映像がゆらぎだした。
やがて、中央に水面のごとき波紋が幾重にも広がる。
「天摩流法術・浄天眼!」
尼僧が掛け声をあげる。
波紋は激しくゆらぐ。
そして、おさまっていった。
が、大鏡には何も映らなかった……
「……うまくいかなかったようです……他の品でためしてみましょう……」
次々と失踪した子供達の遺留品を触り、脂汗をたらして霊力を振り絞る。
まだ若いが、強大な霊能力と神気をもつ秋芳尼。
本来ならすぐにも手がかりとなる映像が映るのだが……
半刻(一時間)経っても、思わしい結果は出なかった。
尼僧が頭をくらつかせる。
「秋芳尼さま! もう、御休みくださいませ、浅茅はおいたわしゅうございます!!」
秋芳尼を気遣い、浅茅が悲鳴をあげて駆け寄り背中をささえた。
他の者たちも同じ思いで駆け寄る。
「……いま一つ……もう一度だけ、試させてください……」
すっかりやつれた秋芳尼がまだ試していない子供の手拭いを握って、最後の施術を行った。
「天摩流法術・浄天眼!」
鏡面が激しくゆらぎ、今度は映像がうつった。
派手な小屋が立ち並び、幟が立つ町の姿が見えた。
その一つに黄色い幟旗に「大手妻師 天空斎幻光」という文字が浮かび上がった……そして、景色は消失し、水面にもどった。
「ふぅ……」
「秋芳尼さまっ!!」
ガクリと倒れ掛かる尼僧を紅羽と竜胆が支えた。
「大丈夫ですか、秋芳尼さま……」
「……ええ……少し疲れました……そして……お腹がすきました……」
キュウゥゥゥ~~と可愛く腹の虫が鳴いた。
「こりゃたいへん……握り飯をつくってきますっ!!」
浅茅と伴内が慌てて厨房へ向かい、金剛が秋芳尼を両手でかかえ私室へ運ぶ。
黄蝶と紅羽がつきそった。
浄天眼の法術は多大な霊力が必要で、術者のエネルギーを奪うのだ。
残された松田に、竜胆が近寄る。
「松田殿 ……秋芳尼様のあの最後の映像はおそらく……」
「そうだな、竜胆……あの幟がいっぱいありそうな場所は……」




