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妖霊退治忍!くノ一妖斬帖  作者: 辻風一
第七話 魔空!野ぶすま仙人
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児童集団神隠し事件

秋芳尼しゅうほうに殿! これは江戸幕府開闢えどばくふかいびゃく以来の大事件ですぞっ!!」


 と、年かさの寺社役同心のただならぬ叫びに、紅羽たちもいそいで石段を駆け降りてはせ参じた。


「坂口さま、江戸幕府開闢以来の大事件とは何事なんです?」


「おう、伴内に紅羽たちか……実はのう……まあ、とにかく床机しょうぎにすわれ……半九郎、まずはことの発端を教えてあげなさい」


 黒の紋付羽織を着流し、雪駄をはき、体も細く、目も細い洒脱な感じの年かさの寺社役同心は、名を坂口宗右衛門さかぐちそうえもんという。

 パタパタと扇子を仰ぐ。

 本来、武士は扇子をもっても、みだりに広げて仰がないものだ。

 坂口は例外である。


「はい、伯父上……」


 そして、三白眼の鋭い目つきで、精悍で逞しい寺社役同心が、松田半九郎まつだはんくろうという。

 二人は伯父・甥の間柄であり、ともに丹後田辺藩の牧野豊前守惟成まきのぶぜんのかみこれしげの家臣である。

 そして、牧野豊前守は寺社奉行の一人でもあった。


 寺社役同心とは、全国の寺社と寺社領の僧侶・神官・門前町の人々を管轄して、訴訟あれば裁判もする。

 僧侶・神官の身分素行を調べあげ、寺社領で犯罪があったときは捜査し、とがあれば捕縛する。

 また寺社領で祭などの興業があれば、見廻りをする役目もある。


 また僧侶・神官のほかにも山伏、虚無僧、陰陽師といった宗教者や連歌師、碁師、将棋師なども扱っている。

 その中には悪霊や妖怪を退治する民間の呪い師や拝み屋、退魔師、妖怪退治人も管轄にあった。


 町方同心では手におえない悪霊や妖怪の霊的事件の解決に、霊能力や妖術を身につけた専門の妖怪退治人たちを、人別帳をつくって管轄し、懸賞金をだして事件解決に協力をこうのだ。


「実は、さいきんのう……原っぱや河原などで遊んでいた子供達が、立て続けに行方不明になる事件が相次あいついでな……これほどの連続失踪事件なのに、犯人の目撃情報もない……金品目当ての誘拐ならば身代金の脅迫状もこようが、それはない。では、神隠しかというと、行方不明となった子供の数が多すぎる……実に不可解千万での……」


「坂口殿、松田殿、いったい……今まで何人の子供達が行方不明になったのですか?」


 茶碗を膝において、秋芳尼が眉をひそめて怜悧な美貌で松田半九郎を見つめ、紅羽たちもそれに続く。


「……うむ、町方役人の調べでは、ここ一週間で七、八歳から十二、三歳の年頃の、しめて七十四人の子供達が行方不明となっているんだ……しかも場所は雑司ヶ谷の狐ヶ原にはじまり、牛込うしごみ、千駄ヶ谷、目黒不動、品川の大崎村、西久保、神田の乗物町、海辺大工町など、いずれも人気のない原っぱや河川敷で遊んでていた子供達が狙われました……」


 松田同心が懐から七十四名の子供の名前と住所、親の情報をまとめた帳面を床机にひろげていった。


「げげっ、そんなに子供達が!? こりゃあ、只事じゃないよぉ! マジヤバイよぉ!!」


 若侍姿に長い髪をうしろで朱色の丸打ち紐でくくった、つまり現代のポニーテールというべき総髪そうがみの、凛々しい美少女剣士・紅羽が驚愕した。


「このような事件は今まで聞いたことがないのう……子供達は何処いずこへ? そして、何者の仕業であるのか?」


 白磁の肌に、神秘的で切れ長の瞳、額の前髪を切りそろえた目刺めざし髪、横髪をアゴのあたりで切りそろえた鬢削びんそぎ、長い黒髪を背中に垂らした巫女剣士・竜胆が顎に人差し指をあてる。


「しかも、一週間のうちに七十四人もいなくなるだなんて、異常な事態なのですよっ!!」


 長い髪を二つ結びにしているが、通常と異なり結ぶ位置が耳の上で、現代のツインテールのような髪型をし、小柄で溌剌とした元気な黄八丈の着物をまとった町娘小町・黄蝶も興奮してつばきを飛ばす。


「だけどさ、神隠しといえば、天狗か山の神、鬼や狐など、妖怪の仕業かもしれないなあ……」


「しかし、それは天狗や妖怪の縄張りに入った場合じゃ……人里の原っぱや河川敷で、しかもこんなに短期間に七十四人もさらうというのは異常じゃ……わからぬ事が多すぎる」


「なんという事でしょう……行方不明の子供達、そして親たちが不憫ふびんでなりませぬ……」


 憂い顔の秋芳尼が瞑目して、子供達の身を案じた。七十四人の子供数だけ、悲嘆にくれる親兄弟や知り合いたちの声が聞こえてくるかのようだ。


「一人ふたりの神隠しや迷子ならともかく、将軍様のお膝元で、このような年端もいかぬ子供達のみが大量失踪する事件は前代未聞! こたびは御老中じきじきに、両町奉行所に真相解明と子供たちの保護、犯人逮捕の命の御下知がくだされたんじゃ……」


「御老中というと……」


「うむ、今や飛ぶ鳥落とす勢いの田沼主殿頭(意次)様、それに老中首座の松平右京大夫(輝高)さまよの……」


 伴内が口をはさみ、こともなげに坂口同心が答える。事情を知る松田半九郎は、“松平右京大夫”の言葉に、天摩衆に微妙な空気が流れるのを感じた。秋芳尼を見ると、瞑目したままで、表情の変化はわからない。


「それでな、今も与力同心から岡っ引き、下っ引き、自身番役人まで動員して探索中での……武家の子も誘拐され、目付役も動く事とあいなった……さらに寺院境内でも失踪事件がおきたので、当然ながら寺社奉行所にもお鉢が回ってきたのでのう……」


 坂口宗右衛門が苦虫をつぶした顔をして嘆いた。松田もその後を受け、


「こんな大きな規模での捜査は、一昔前の幕府転覆を狙う一団か、大盗賊組織の事件以来だとか……これはなんとしてでも解決しなければならない事案なのです」


「しかし……坂口殿、松田殿……確かに異常な事件ですぞ。しかし……誘拐事件ならば、それは町方同心たちの仕事ではないのですか? 神隠し事件ならば我等、天摩衆の仕事ですが……」


 松影伴内が釘を刺した。


「それは確かに……実際、両町奉行所では、大規模な人身売買組織の仕業とみて、捜査中です。ですが、失踪現場にいあわせはしたが、誘拐されなかった子供が見つかりまして……なんでも原っぱでカクレンボをしていた子供達のうち、ずっと物陰に隠れたままの子供……蓑吉みのきちというのが、消えた子供達の様子を見たというのです」


「おおっ、重大な手がかりじゃないの、松田の旦那!!」


 紅羽が勢い込んで先をうながす。

 が、若い寺社役同心の意気は反比例するように下り気味である。


「ですが……なんとも不思議な証言をいいだしたものでして……」


「不思議な証言とはなんですか?」


「それがその……」


 松田半九郎が急に歯切れが悪くなり、言いよどむ。伯父の坂口宗右衛門を目でうかがい、うながされて口を開いた。


「フスマが子供をさらっていったと……」


「「「フスマぁ?」」」


 くノ一三人娘が目を点にして、声をあわせて繰り返した。


「ああ……遊んでいた子供達の前に一枚のフスマが宙にプカプカと浮いて現れ、それが子供達を食べてしまったというのですよ……」


「はぁぁぁぁぁぁ!?」


 寺社役同心以外の鳳空院の者たちはみな絶句した。

 不思議な怪事件をあつかう妖怪退治屋でさえこんな反応だ、町方役人などの反応もして知るべし。


「人喰いフスマ……そんなの聞いたことがないのですよ?」


「あたしも、そんな妖怪と戦ったことないよ……」


「うむ……実際、他にフスマを目撃した大人も子供もおらず、その子がカクレンボの間に寝込んでみた夢だろうというのが、町方の見解だ……実際、以前の俺なら、そう思うが……」


 松田半九郎は寺社役同心に就任してから、天摩流の妖怪退治人とさまざまな不思議な術をつかう妖怪と戦ってきたのだ。


「うむ……しかし、新手の妖怪か……未知の妖術師の技かもしれぬのう……」


「とにかく、子供達の身が心配だよ」


 竜胆と紅羽が立ち上り、黄蝶もそれに続く。


「我等、天摩衆は妖怪や悪霊の引き起こした事件を解決するのが御役目です……ですが、今回は神隠しの犯人が妖怪悪霊の仕業でなくとも、真相をつきとめ、一刻もはやく子供たちを助け出すのですよ!!」


 尼頭巾の秋芳尼がいつになく強い口調で妖怪退治三人娘に下知をくだした。


「ははっ!」


「わかりました!!」


「子供達をなんとか見つけるのですぅ!!!」


 意気盛んな三人の妖怪退治人。


「おいおい……意気は盛んなのは結構じゃが、当てはあるのか? 凶悪事件専門の町方役人でさえ、手がかりもつかめず、苦労しとるんじゃぞい……」


 忍術師匠の松影伴内が口をはさみ、とたんに三人はシュンと肩を落とした。


「当ては私がつくります!」



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