不思議なフスマ
近くの小川でメダカやオタマジャクシを追いかけて遊んでいた七人の子供達。
みんな近所の農家や長屋の子供で仲良しです。
しかし彼ら彼女らは、それにも飽きて、草が生い茂る、狐ヶ原という原っぱで遊ぶことにした。
じゃんけんをして、カクレンボをはじめたようですね。
昼下がりの陽気でアクビをしていた、牛飼いの老人が通りかかり、微笑んで通り過ぎました。
ここは雑司ヶ谷にある南蔵院裏手にある空き地です。
「文助が鬼ね!」
「よぉ~~し、十数えるぞぉぉ……」
文助が両手で目を覆い、椎の木に覆いかぶさり、数をかぞえはじめた。
「みんなぁぁ、隠れろぉぉ!!」
わぁ~~~と、子供達が騒いで隠れ場所を探しにいきます。
桶屋の息子の蓑吉はふと、東にある松の木の上をのぼると、大きな洞があったことを思い出しました。
「そうだ、あの洞にかくれようっ!」
松の木にのぼった蓑吉は、目的の洞のなかに小柄な体をすっぽりと収まりました。
中は温かくて、うとうととしてきます……
一方、数え終わった文助が、鬼となって子供たちを探します。草原に隠れた子や木の影にかくれた子が次々と見つかっていきました。
文助が最後に残ったゴンベエと蓑吉をさがしますが、中々見つかりません。
ひょいと、森の中に壊れかけた物置小屋があるのに気が付いた。
見れば壊れた壁の穴にヒラヒラと布きれのような物が見えます。
「ゴンベエと蓑吉のやつ、さてはここに隠れたな?」
そろりそろりと、文助が物置小屋の穴へ歩を進めました。
絣の着物をきた少年が屈みこんで、お尻を突き出しているのが見えた。
――ふふふふふ……あのデカい尻はゴンベエだな……頭かくして尻かくさずとはこの事だぞ。
文助が穴にむかって、両手をそろえて「ゴンベエ、見ぃ~~つけた!」とお尻にむかって叫んだ。
だが、ゴンベエは身じろぎもしません。
不思議におもって、穴へ向かうと、急にお尻を向いていた少年がこちらに振り返った。
「ももんぐわあぁぁ~~~!!」
なんということでしょう!
見慣れた腕白坊主のゴンベエの顔ではなく、暗い布に包まれた不気味なお化けが文助にむかって襲いかかったのです。
「きゃああああああ!!」
びっくりした文助が腰を抜かしてへたりこみました。
「へへへへ……引っかかった、引っかかったぁ!」
「なっ……なんだ、ゴンベエかぁぁ……」
なんと、お化けの正体はイタズラ坊主のゴンベエでした。
絣の羽織の背中側を頭が隠れるまでズリ上げ、頭巾のようにスッポリ顔を隠し、振袖を奴凧のようにピンと張って、お化けに変装していたのでした。
「ももんぐわ」とは、昔の幼児語でお化けの意味で、関東地方でよくいわれていました。
子どもを脅かすときや、他人への悪口をいうときなどに使われたようですね。
他にも幼児語のお化けでは「がこじ」なんていうのもありました。
ちなみに「ももんぐわあ」の「もも」は、「もみ」で、実在の動物の「ももんが」や「むささび」の転じた言葉らしいのです。
ももんがやむささびは当時まだ、良く生態がわかっておらず、妖怪と同一視されていたのですねえ……
そして、「ぐわあ」は鳴き声のオノマトペと言われています。
江戸期から大正時代にかけての子供が、この変装をして幼い子供をおどかしていたそうですよ。
小林一茶もこれを日常的に見ていたのでしょう、
「柳から ももんぐわあと 出る子かな」
なんていう俳句を残しています。
ともかく、最後の子供が見つかり、子供達は太郎吉の真似をして、着物を背中にスッポリつつんで、「ももんぐわあ」の真似をはじめて遊び始めたようです。
「なんだろう、あれ?」
お美代ちゃんが不思議そうな顔をして指をさした。
周囲の子供達も「なんだ、なんだ」と集まり、太郎吉と文吉もそちらへ向かいました。
「どうしたんだい、みんな?」
「あれ見てよ……」
お美代が指さす方向に不思議な物体があったのです。
一面の原っぱの一尺ほど上に大人の身長ほどの長方形で、黒い木枠に白い和紙が貼りつけられたフスマが宙に浮いているのですよ。
フスマとは、日本家屋ではおなじみの、和室の仕切りにつかう木枠の骨組みの両面に布や和紙を張った建具のことですね。
漢字では、「襖」や「衾」と書き、「フスマ障子」とか、「唐紙障子」ともいいます。
もともと衾は「ふとん、寝具」の意味だった。
御所の寝所の間仕切りとして発明された「ふすま障子」が略されて「ふすま」と呼ばれるようになったとか……
「なんだこりゃ?」
子供達がフスマの周りをグルリと歩いて見上げた。
やっぱり、どう見ても長屋や家屋につかわれている普通のフスマのようです。
わいわいと騒ぎはじめ、木の洞で眠っていた蓑吉も、目が覚めてしまいました。
(うるさいなあ……あれ、ここどこだ? あっ、ぼく、カクレンボしてたんだっけ……)
木の洞から顔を出した蓑吉が声のした方角を見ると、原っぱの真ん中で子供達がフスマの周りで騒いでいるようです。
文助が、
「フスマだよこれ」
「それは、見ればわかるわ……でも、宙に浮いてるみたいだよ?」
「まさか……下に棒杭があるはずだよ……」
おみよの返事に、文助・ゴンベエといった子供達が宙に浮くフスマの下に手をかざしてみたが、細い棒のような物はなかった。
「きっと、上が糸でぶらさげているんだよ」
そして、フスマの上空を見上げたが、凧のように糸で吊っているのでもないようです。
「不思議だなあ……」
首をかしげる子供達。すると、ずっと宙に浮いて停止していたフスマが急に横に動き出しました。
少年少女たちは慌てて後ろに下がります。
「あっ! 動いたぁ……」
「何か見えるわよ……」
フスマが横に動いた後に、何か白い紙のようなものが見えました。
フスマが横にちょうどその幅ぶんだけ動いた後に、そっくり同じ面積のひらべったい紙のようなものが出てきました。
「なんか草花が見えるぞぉ!!」
「木の実がなっている……」
「これは絵かな?」
子供達が長方形の紙のなかに、今まで見たことがない異国の景色が見えたのです。
地面は緑色の芝生が広がり、空は不思議な石竹色でした。
七色の花が咲き乱れ、茶畑のような低木の畑には橙色、背の高い木には赤い果実の見た事のない果実がたわわに実っていました。
好奇心旺盛なゴンベエが絵に手を触れました。
すると、ぷくぷくとしたお手々が絵をすり抜けたのです。
「うわわわっ!!!」
びっくり仰天したゴンベエと子供達。ゴンベエはあわてて手を引っ込めます。
「大丈夫か、ゴンちゃん!」
「……ああ……大丈夫だ……これ、絵じゃないぞ……本物みたいだったぞ……」
良く見れば、花畑に赤い蝶が舞い、木々を瑠璃色の鳥が飛び交って動いています。
虹色の花からは今まで嗅いだことのない良い匂いが漂ってきました。
「よしっ、行ってみよう!!」
ゴンベエが鼻息あらく楽園のような世界の入り口に足を踏み込みます。
「あぶないよ、ゴンちゃん……」
心配する子供達をよそにゴンベエ少年は不思議な世界に入りこみ、低木に生えた橙色の果実を手にもぎとりました。
そして、ガブリとかみつきました。
「こ、こりゃ、うめえ……今まで食べた事がないくらいうめえ……」
むしゃむしゃと果汁を口からたらしながら、ゴンベエが未知の果実をとっては食べ始めました。
はじめはこの不思議な世界を怖れていた子供達も、思わず生唾をたらして、見ていました。
この時代の庶民の子供達はいつもお腹をすかせていたものです。
「ずるいよ、ゴンちゃん……おいらも……」
「あたしも……」
子供達がフスマがつくった次々と平べったい不思議な世界の入り口へと飛び込みました。
そして、つぎつぎと橙色の果実を口にしました。
木の洞から顔をのぞかして見ていた蓑吉も、食べてみたいとヨダレをたらし、洞から出ようとしました。
しかし、体がつかえて中々でれません。
「うめえ……こりゃ、柿やあけび、ザクロともちがう……」
「なんて、甘くて美味しいのかしらぁ……」
子供たちがむちゅうで不思議な楽園の果実をパクパクと食べる事に夢中になりました。
なので、子供達は気が付かなかったのです。フスマが音も立てずに元の位置にすべっていき、入口を塞いだことを……
やっと、木の洞から抜け出した蓑吉が原っぱに駆けだそうとしたら、遠目にフスマが閉まったことをしり、足がピタリと止まりました。
子供達が騒いでいた狐ヶ原は森閑と静まりかえり、宙に浮いていた謎のフスマはユラユラと左右にゆれはじめ、生き物のようにピョンと跳ねあがりました。
そして、風に飛ばされる木の葉のようにジグザグに空中を飛行しはじめました。
そして、どんどん空高く舞い上がっていきます。
やがて不思議なフスマはケシツブのように小さくなり、空の果てに消えてしまいました……
「フスマが……みんなが……どこかに行ってしまう!」
蓑吉は唖然と空を見上げ、ばったりと倒れ、気を失ってしまいました……
夕方になり、子供達を探す親たちが、原っぱで倒れている蓑吉を見つけました。
可愛そうに蓑吉は、恐怖から高熱を出して、寝込んでしまったのです。
なんという不思議な出来事でしょう……
これがのちにお江戸を震撼させる、子供たちの大量神隠し事件のはじまりでした……
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