大団円
「はぁはぁ……轟竜坊め……この山道を韋駄天のように走り、猿のように樹の枝を飛ぶとは……あいつも忍びなのだな……」
杵村に杉作と梅吉の父母を運び終え、紅羽たちを追いかけた轟竜坊を追いかけてきた松田半九郎。
彼も早朝、藩邸周辺を早駆けしていて体力に自信があるが、忍びの走法と体術は一目置かざるをえない。
繁みの向こうで、紅羽たちが放った比翼剣で土蜘蛛を斃した場面を目撃した。
土蜘蛛の残骸から、竜胆が絵馬封印術で、土蜘蛛と魑魅の樹怪の妖魂を封印する儀式を始めたのが見える。
「おおっ!! 紅羽達、やったのだな……」
駆け寄ろうとすると、号泣する退魔僧たちの声が聞こえ、立ち止まった。
「朔風坊……すまん、許してくれぇぇ……」
「御師匠さま……兄弟子たちよ……迷わず成仏してくだされ……」
帰雲坊と連珠坊が黒炭と化した土蜘蛛の残骸を前で、滂沱の涙をながして号泣している。
妖怪の遺骸は、すなわち、亡くなった盤渓寺退魔僧たちの墓標でもあったのだ。
「連珠坊さん……帰雲坊さん……」
三女忍が二僧に声をかけようとするが、かける文句が思いつかず、言葉につまった。
轟竜坊がいつになく真剣な表情で、
「……あの二人だけにしておいてやれ……」
「でも……でも……」
「これは妖怪退治人の宿命……奴らがこの苦しみ、哀しみで退魔僧をやめるのも自由。立ち直って退魔僧を続けるのも、本人の意思しだいじゃい」
「……それって、冷たくない?」
くノ一剣士が口をとがらせた。
「ふんっ! お前らが仲よく妖怪退治ごっこを続ける心算なら、早々に足を洗うことじゃな……」
「やめないよ……それにあたしたちだって、真剣に妖怪退治の仕事をしているんだ! 懸賞金だけが目当てでこの稼業をやっているわけではないよ」
紅羽が決然と抗議する。
天摩流くノ一衆の妖怪悪霊退治は清貧をつらぬく鳳空院の生活費を稼ぐためだ。
だが、しかし……それだけではない。
「我ら天摩衆の隠れ里は昔から妖怪退治の仕事もしていて、妖怪たちから恨まれていたのじゃ……そのせいで、我等の親兄弟、仲間も妖怪に殺された……」
激情をおさえた竜胆の吐露を耳にした松田半九郎は、と胸を衝かれて驚く。黄蝶はうつむいて、竜胆の背中にギュッと抱きついた。
「私怨か?」
紅羽が強い視線を巨漢山伏におくった。
「そうね……私怨もある。でも、杉作たち村人のように悲しむ人々を放ってはおけない。あたし達みたいな霊力を持つ者が、土蜘蛛みたいな凶悪な人喰い妖怪を斃すのは天命でもあるよ」
「そう、我等の頭目の教えと、我等一族の宿命じゃ……」
「ふんっ……私怨に天命に宿命か……くだらん! と言いたいが……わしにそれを批判することはできん。わしも似たような者じゃからな……妖怪退治人とは、多分にもれず、似たような境遇や過去を持つ者が多いからなあ……」
轟竜坊が唇をひきしめた。
「轟竜坊のおっさん……もしかして、あなたも仲間を……」
「わしは孤高の妖怪退治人じゃい……群れるのは好かん!」
ふり向いたその背中は、いつものふざけた彼と違い、何を言っても拒絶する圧力があった……
――そうだったのか……紅羽たちや轟竜坊も、重い過去を背負って、妖怪退治人をつとめておったのだな……
公儀の役人として、純然たる正義感から妖怪退治に力を貸してきた松田半九郎とは、根っ子の部分が違っていたのだ。
しかし、妖怪や悪霊の被害から、無辜の民を救いたいという思いは同じはずだと、思い直す。
やがて、退魔僧二人をその場に置いて、紅羽・竜胆・黄蝶・轟竜坊がこちらに歩み寄ってきた。松田半九郎は咳払いをして、声をかけた。
「おぉ~~い、お前たちぃぃ!! 無事かぁぁぁ……」
「あっ、松田のお兄ちゃんなのですよっ!」
「松田の旦那ぁぁ……土蜘蛛は斃したよぉぉぉ!!」
妖怪退治人たちは寺社役同心たちに駆け寄り、顛末を語った。
夜も更けてきたので、杵村の無事な家屋を借りて一行や村人は休んだ。
「こんな状況で大したもてなしはできないのですが……」
「いやいや、ありがたいですよ……」
「お役人様、妖怪退治人の皆さま……私どもを救っていただいて、本当にありがとうございます!」
杉作と梅吉の父が代表し、無事だった村人たちも頭を下げた。
「いえいえ……我らはこれが御役目……頭をあげてください」
かえって、恐縮して半九郎が応対する。そこへ、炊事場から湯気が出る鍋や大皿が村人たちによって運ばれてきた。
「怪物から村を救ってくれたお方たちに申し訳ありあせんが、今はこれが手一杯でして……」
松田半九郎や退治人たちに、杉作と梅吉の父母や生き残りの村人達がもちより、芋粥や干し肉、漬物、地酒などを振る舞った。
「……いやぁ、うまい……」
「そうだね……素朴な味がご馳走よりも、心にしみるっていうか……」
「そうですか……良かったぁ……」
「むはははは……ご主人、氷川郷の地酒はいけますぞ……」
酔っぱらった轟竜坊の膝に杉作と梅吉が乗り、土蜘蛛退治の顛末を講談調に語りだした。
大げさに誇張した所を、紅羽達が突っ込みをいれ、笑いが起こった。
連珠坊と帰雲坊は、兄弟子の龍源坊と金鶏坊が迎えに行き、別棟で長く語らっていたようだ。
紅羽達は村の女房や娘たちと同じ棟で泊まり、疲れがでて、夢も見ずに眠りこけた。
翌朝、紅羽たちは洞窟で遺体となった者たちを墓地に葬るのを手伝ってから、青梅宿に旅立った。
杉作と梅吉が羽黒天狗こと轟竜坊との別れを惜しんで、泣き腫らした。
轟竜坊もほだされて涙を浮かべたが、兄弟に「強くなって、父母を支えるのじゃぞ」という言葉を残して旅立つ。
「酒好き、尻好きの破戒山伏が、今回は柄にないことばかり言ってたよね!」
「じゃかあしいわい……わしは孤高の修験者・轟竜坊なんじゃい!」
紅羽が関羽髭の山伏をからかうと、珍しく修験者はにかんだ。
青梅村の森下陣屋で、怪我から少し回復した八王子代官・戸須田忠右衛門と祐筆の鞍手伝兵衛に目通りし、退治の顛末を報告した。
右手に添え木をした戸須田は「ようやってくれた……」と感謝し、礼状と懸賞金を天摩流くノ一、盤渓寺退魔僧、轟竜坊らに与え、祝賀会を開いた。
そして、翌日、宿屋・環屋から松田半九郎が先頭に立ち、紅羽・黄蝶・竜胆は成木街道から懐かしの谷中・鳳空院へと旅立った。
鳳空院から少し離れた炭焼き小屋。
鳥がさえずりのんびりと穏やかな空気が漂う場所だ。
そこで作業をしている金剛の前に、紅羽が現れた。此度の土蜘蛛退治のことを語って、比翼剣のお礼をいった。
金剛は大きな窯に原木を並べ、炭になるまで窯焚きをしている最中であった。
紅羽は氷川郷で炭焼きをしていた親子を思いだし、目を細めた。
「いやあ……妖怪退治の懸賞金を寄進されましたが、うち七割を氷川郷の復興資金に寄付してしまって、小頭に叱られましたよ……」
妖怪退治人は宗教者が多いので、懸賞金をお布施や寄進の名目で渡すならいがあった。
「そうか……だが、それはお前たち三人が話し合って決めた事だろう?」
「はい。秋芳尼様も我が意を得たり、と喜んでおられました……」
秋芳尼は御人好しともいえるほど善行を施されるお方であった。
「小頭は『お前たちは甘いっ』て言うけど、あの氷川郷での惨状を見て、心づくしのおもてなしを受けたら、どうにかしてあげたくって……」
「ふふふ……俺が氷川郷に出向いていたとしても、同じことをしただろうよ……」
「実は代官の前であたし達がそう伝えると、盤渓寺の八仙坊さんも懸賞金のうち三割を復興式に割り当てたいと申されました。他は亡くなった退魔僧の遺族に渡したいと……」
「そうか……まさか、あの盤渓寺退魔僧に被害者がでるとはなあ……」
「すると、轟竜坊も大見得きって、『天摩流も盤渓寺もケチでいかん、わしは全額を杵村に寄進するっ!!』といって……」
「なにっ!! あのケチな轟竜坊殿が!?」
「はい……でも、後になって、当座の路銀と借金用の代金だけは返してくれ、って言い出すから締まらない話で……」
「わははははは……あの御仁らしい……だが、お前たちの行動に触発され、他の者も心が動いたのだろうさ……さて、比翼剣をみせてくれないか」
金剛は比翼剣の紅凰と赤鳳を鞘ごと受け取り、点検した。
刃こぼれはなく、油の引きもよく、刀身・鞘の手入も上出来であった。
特に天摩流製鉄術でつくった霊地鉄の刀は、凄まじい威力を持つが、手入れが難しいという。
「うん……これなら、研ぎに出さなくてもいい」
「金剛さんの作ってくれた比翼剣……思っていた以上に大活躍でしたよ……まるで、生きている刀剣のように、駄目になりそうでも、不死鳥のように甦って、土蜘蛛の親玉を斃しました」
「そうか……刀は生きているんだ。持ち主が愛情と信頼をこめて大事にすれば、もっと、もっと……力を貸してくれるさ……前の刀がお前に力を貸してくれようにな……」
以前使っていた霊地鉄の刀は、比翼剣の二振りの紅凰と赤鳳の材料となり、姿をかえて残っているのだ。
「はいっ!!」
東の筑波山から、ビュオオオッと、風が吹いてきた。
天摩忍群くノ一衆の妖怪退治人たちは、次にまたどんな事件に巡り合うのか……それはまた、次回の講釈で……




