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妖霊退治忍!くノ一妖斬帖  作者: 辻風一
第六話 幽幻!呪われた山の土蜘蛛
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鳳凰大車輪!

「そうだな黄蝶……確かにひとりひとりの神気術では魔の糸に吸い取られてしまう……そこで三本の矢だ!」


 紅羽がニヤリと笑みを浮かべた。


「なんですか、それは?」


「ほう……紅羽にしては気のきいた例えをいうな……三本の矢とは、長州藩毛利家の祖で、一代で中国地方八ヶ国を制覇した毛利元就もうりもとなり公が、三人の子供に残した訓戒くんかいじゃ……」


「そう、一本の矢だけだったら、両手でかんたんに折れてしまう。だけど、矢を三本束ねると、なかなか折れない!」


「つまり我ら三人の神気を結集すれば、三倍の力となり土蜘蛛を斃せるかもしれん、と言うことじゃ」


「なるほど……みんなの力を一つにするのですね!」


 黄蝶が納得して、瞳に希望の光を灯した。


「ここは金剛さんが作ってくれた比翼剣にあたしたちの全力を託そう!」


「しかし、妖怪を斃すほどの神気注入には時間がかかる……」


「それは我等にまかせてもうおうっ!」


 突如、野太い男の声がして振り向くと、網代笠に墨染め衣も僧侶が繁みをかきわけ、こちらにやって来るのが見えた。

 蜘蛛の巣窟から救い出された龍源坊と金鶏坊であろうか?


「おおっ……あなた達は……」


 それは手酷く惨敗して、悲観的になり、下山したはずの盤渓寺退魔僧の帰雲坊と連珠坊であった。


「八仙坊さまを仮の関所の役人にあずけてきた……我らが足止め役をしよう……」


「おう、我らが仲間、朔風坊と御師匠の崑崙坊さま、兄弟子たちの弔い合戦だっ!!」


「そうか、頼むよ……」


 消沈していた二人の元気になった姿を見るのは嬉しいものである。


「仲間の龍源坊殿と金鶏坊殿は、繭にされて衰弱していたが、無事じゃったぞ……」


「なにっ!! そうか……そうだったか……お二人は無事だったか……」


 帰雲坊と連珠坊が喜色を浮かべた。


「ありがとう、天摩流の皆さん……これは重要な任務だぞ、連珠坊!」


「おうよ、帰雲坊! ……化け蜘蛛め……盤渓寺流法術・光刺連珠こうしれんじゅの妙技をとくと思い知れっ!」


 光り輝く数珠が宙に飛び散り、森の腐葉土に食い込んだ。連珠坊はもう一環のいらだか念珠をジャラジャラともみすさり、真言を唱えた。

 大地にめりこんだ念珠が種子となり、燦然と輝く茨の樹木と化し、それらが集まり、ねじれて、五指を持つ三本の巨腕となり、土蜘蛛の脚を捕えた。


「盤渓寺流法術・帰り雲っ!」


 帰雲坊が腰にぶらさげた瓢箪の栓を抜き、中から白煙が濛々と吐き出された。

 真言を唱えると、気体は収束されていき、白雲の龍へと変じた。

 雲龍が渦をえがいて樹怪を斃したばかりの土蜘蛛に絡みついた。


「まだまだぁ……盤渓寺流法術・雲龍搦うんりゅうがらめっ!!」


 高密度の気体でできた蛇体がギリギリと化け蜘蛛の体に食い込んでいく。

 土蜘蛛が魔糸を吐き出して包み込み、雲龍の姿がしおれ、光る茨の腕が枯れだした。

 が、帰雲坊は瓢箪から新たな雲を、連珠坊が別の念珠を投げて茨の手を補充した。


 グオオオオオオッ!!


「よし……あたし達もっ!!」


 強力な助っ人が足止めする間に、紅羽が右手にかかげた比翼剣・紅凰の柄に竜胆が手をそえ、左手にかかげた比翼剣・赤鳳に黄蝶が手をそえた。


 三女忍が目を閉じ、脳内心象イメージの世界で体内をのどかな田園と山岳が広がる風景画として思い描いた。

 心象世界の尾骶骨びていこつで、横棒につかまり、足踏み式の水車を踏む二人の童子を思い浮かべた。

〈神気〉が水流となって小川を通り、おへその下にある田園、つまり下丹田に送られる。

 下丹田は、いわば、燃える炉である。


 練り上げられ、下丹田に蓄積された〈神気〉は、下丹田から中丹田(心臓)、上丹田(脳)の泥丸宮へ送られ小川、つまり、十二本の神気の通路〈径脈〉から、全身に〈神気〉がみなぎっていった。

 上に昇るほど、心象世界が田園から山岳へと移り変わる。  


 そして、三人娘の神気を比翼剣に注入しはじめた。

 赤と青と黄色の霊妙なる光が二振りの刀で燦然と輝く。

 土蜘蛛の頭部あたりの中空がグニャリと歪曲し、黒染衣の若い僧侶の幻影が生じた。


「お前は朔風坊!!」


「そうだ……やめてくれ、帰雲坊! 連珠坊! 土蜘蛛を殺せば、俺も死んでしまうのだっ!!」


「なんだとっ!!」


「帰雲坊さん、連珠坊さん、それは土蜘蛛の生み出したまぼろしよっ! 本物じゃないわっ!」


 紅羽の言葉に、退魔僧二人は振り返る。

 だが、複雑な表情で、思わず霊力攻撃がにぶる。


「なあ、頼む……連珠坊、帰雲坊……同じ釜の飯を食い、ときには喧嘩もしたが、辛い禅寺での修行を耐えた仲間ではないか……それに、俺は相模さがみの故郷に帰って、還俗するんだ……許婚もいる……だから、死にたくない……頼む、助けてくれっ!!」


 本物の朔風坊しか知り得ぬことを喋り、仕草も挙動も癖も朔風坊そのままの幻影の差し迫った言葉に、頭では偽物だとわかっていても、帰雲坊と連珠坊の心が千千ちぢに乱れた。

 曇天からポツリポツリと水滴が垂れはじめた。


「ええいっ、黙れ、黙れ、黙れ……朔風坊の偽物めっ!! 本物の朔風坊はそんなことはいわん!」


「そうだっ! 本物の朔風坊は死んだのだ……お前は偽物だっ!!」


 帰雲坊と連珠坊が涙を流して霊力を強めた。悔しげな朔風坊の幻影。

 だが、ニヤリと笑った……


「この不人情者どもめが……貴様らは仲間でも、友でもないわっ! 地獄へ落ちろ!!」


 八眼妖怪は生気を奪い取る蜘蛛糸数百条を吐いて、帰雲坊と連珠坊に繭にしてしまった。

 脂汗をかく連珠坊と帰雲坊の絶叫がこだまする。


「うわぁぁぁぁ!!」


「くそぉぉぉ!!」


 近くに稲光りがして、稲妻が落ち、雷鳴が轟いた。

 驟雨しゅううが辺り一面に降り注ぎ始めた。


「お二人が……こうなれば、必殺技を出すしかないぞ、紅羽!!」


「いや……まだよ……まだ神気が足りない……この量じゃあ、斃せない……」


「ならば、わしにまかせよ!!」


 そこへザザザザザッと森の枝葉をかきならし、一個の影法師が樹上からやってきた。

 轟竜坊だ、杵村に避難民を運び終え、心配して駆けつけたのだ。


「轟竜坊のおっさんっ!!」


「あとはわしの出番じゃいっ……わしのありったけの神気を喰らえ……羽黒忍法・轟雷破っ!!」


 轟竜坊が錫杖を地に突き、鉄環から稲光りが放たれ、数十条の稲妻が土蜘蛛に命中した。

 まだ硬質化する前の白い毛並が、雷火で燃え上がる。

 朔風坊の幻影も苦鳴をあげて消えるのを見て、繭にされた帰雲坊と連珠坊は偽物とわかっていても、心臓をしめつけられるようだ。


 土蜘蛛の全身が黒焦げになって動きが止まった。

 篠突く雨があたりを水で濡らし、雨音だけの世界となる。


「やったか……」


 停止した八眼妖怪であったが、何という事か……土蜘蛛の背中に一筋の裂け目ができ、またも脱皮を始めたのだ。

 ズルリと脱皮殻ごと抜け出した土蜘蛛は、白い体毛で滑光ぬめひかっていた。

 恐るべきことに、轟竜坊の渾身の一撃をも回避したのである。


 グオオオオオオオオッ!!


 三丈級土蜘蛛は雄叫びをあげ、歩脚を蠢かし、復讐と執念と怒りで、轟竜坊と紅羽たちに襲いかかってきた。


「ぐわわっ……なんという化け物じゃい!!」


「よしっ! 後はまかせて……神気は充満したよっ!!」


 紅羽は両手の比翼剣・赤鳳と紅凰を胸前にかまえ、刀身に赤と青と黄色の神気が渦まき、紅蓮の炎となってまとわれる。

 そして双刀の柄の尻を突き合わせ、柄の仕掛けぼたんを押すと、機巧からくり仕掛けで鍵状の突起が出てきて、ガチャリと噛みあった。


 双剣は合体して、両刃の大薙刀と化したのだ。それを紅羽は大型ブーメランを投擲する要領で大蜘蛛めがけて投じた。

 刀剣円盤は唸りをあげて回転する。


「あたしたち人間の底力を思い知れっ!! 天摩忍剣法・鳳凰大車輪ほうおうだいしゃりん!!!」


 両刃の大霊刀手裏剣は回転して宙を飛び、砂塵をあげ、草の葉を刈り取り、巨大土蜘蛛に真横から迫る。

 八眼巨怪は口から神気を吸い取る糸を吐き出し、比翼剣を包み込み、勢いが削がれた。


 嗚呼……三女忍の神気を込めた必殺霊剣も、大妖怪土蜘蛛の前では無力だったのか……

 このまま霊力を使い果たした妖怪退治人たちは全滅し、関東一帯、いや日ノ本は人喰い妖怪・土蜘蛛一族の天下となってしまうのか……


「みんなが繋いでくれた好機を無駄にしない……比翼剣、がんばって……あたし達の覚悟はそんなものじゃないよっ!!」


 紅羽の力強い言葉に、竜胆が、黄蝶が、轟竜坊が、連珠坊が、帰雲坊が、「いけええええええええええええっ!!!」と絶叫する。


 ブオオオオオオオオオオンッ!!!


 魔糸で絡め取られた比翼剣の回転は止まっていなかった。

 鳳凰の雄叫びのごとく比翼剣の風圧が唸り、魔糸が炎熱で燃え上がり、火の鳥が戒めを解かれたように三丈級土蜘蛛に向って突き進んだ。


 土蜘蛛はあわてて前脚で防御するが、脱皮したてで柔らかい体毛は盾とならず、旋回飛来する比翼剣に切断され、脚が宙に舞う。


 ガァキィィィィッ!!


 何という事か……回転飛刀が巨怪の上顎と下顎に噛みつかれ、食い止められてしまった。

 これは剣法でいう真剣白刃取りの妙技……


 万事休す。


 復讐の情念に燃える土蜘蛛によって、妖怪退治人たちは惨殺されてしまい、この世は人喰い妖怪の天下になってしまうのか……


「比翼剣!! お前の根性はこんなものかっ!!!」


 紅羽の絶叫に応じたかのように、比翼剣は不死鳥のごとく燃え上がり、回転を再開した。

 三人の神気と霊力が充満した鳳凰大車輪は、妖怪の口を切り裂き、体液を飛散させて頭胸部に食い込み、腹部まで巨体を両断した。


 グオオオオオ~~ンッ!!


 巨大土蜘蛛があっという間に、回転剣で切り裂かれていき、尻から出て行った。

 妖魔の切断面から急速に炭素化し、灰の粉塵となり、飛散した。


「やった……やったよ、みんなぁぁ……」


 叫ぶ紅羽に、黄蝶と竜胆が抱きついて喜ぶ。

 他の妖怪退治人たちからも、歓声が沸きあがった。

 激しい雨がやみ、雲間から、夕焼けの光が幾条もさしこんできた……


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