妖怪大激突
高さは三丈(約9メートル)、縦横ともに五丈(約15メートル)もある巨大蜘蛛妖怪の出現に、おもわず総毛立つ天摩流くノ一たち。
だが、心法で鍛えた精神が勇気を生み出し、武器を構えた。すでに臍下丹田に神気をため込んでいる。
「天摩忍法・炎竜破!」
紅羽は霊刀の赤鳳・紅凰を胸前で交差し、赤い神気を注入して、浄化の火焔を発生させ、紅蓮の渦巻きを化け蜘蛛の頭部に放出。
「天摩忍法・花冷!」
竜胆の薙刀に青い神気が込められ、切っ先から氷結波が土蜘蛛の脚部に撃ちだされた。足止めをする策である。
「天摩忍法・鎌鼬!」
黄蝶が円月輪に闘気を込め、羽ばたくように旋風を発生させ、四筋の真空の刃が蜘蛛妖怪を八つ裂きにすべく飛来した。
三女忍の火焔渦、凍結波、真空刃の一斉攻撃に怪物蜘蛛もひとたまりもないはず……
が、土蜘蛛は上顎と下顎をカッと開いて数百条の魔糸を放出した。
糸は炎の渦・氷の波・風の刃をことごとく漏斗状に包み込み、急激に矮小化させ、無効化してしまう。
「なにっ!!」
「これは……あの糸は生気を吸い取るだけでなく、神気法攻撃をも吸い取るのじゃ!!」
「そんなのありなのですかっ!!」
親蜘蛛の頭の上の空間が陽炎のようによどみ、ふたたび崑崙坊の幻影が浮かび上がる。
「おいおいおいおいおい……さっき言わなかったか、お前たちの退魔術などすでに知っているとな……そして、この魔糸の前にはどんな攻撃も無力だ……愚か者どもめっ!!」
愚弄し、嘲笑する崑崙坊の幻影。
そこへ、繁みの中から、生き残りの土蜘蛛の子供が現れ、親蜘蛛の前に出た。
ギュイッ、ギュイ、ギュイィィィィ~~~…
その報告を精神感応術で応じると、母親の土蜘蛛は複眼が青くなり、「グオオオオオッ……」と悲しみに打ちひしがれた。
しかし、八眼が赤く燃え上がると、瀕死の子蜘蛛を触肢でつかみあげ、口の中に入れて、咀嚼した。
「ああっ!! ……自分の子供を食べちゃったのです……」
「きっと、あたしたちが子蜘蛛たちと戦った記憶を、直接食べる事で伝達したんだろう……しかし、なんて奴だ……」
「牝蜘蛛は交尾のあと、牡蜘蛛を喰らい、親蜘蛛は食料の少ない時期になると産んだばかりの卵や子供でも食べて生き残るという……人間には理解できない、おぞましい蜘蛛の世界の法則であろう……」
崑崙坊の姿がグニャリと歪み、ふたたび鈴屋お茉莉の幻影が現れた。
乱れ髪が逆巻き、蒼白な美貌は怒りと悲しみにくれ、壮絶な形相をしていた。
「おのれ……おのれ……天摩流の妖怪退治人どもめ……ようも、我が一族を殲滅してくれたなぁぁ……」
首が右にねじれ、真後ろにねじれ、グルリと一回転した。
額に角が生え、八つの瞳が光り、開いた口が鮫のような牙がならぶ妖貌鬼女へと変じた。
「ゆぅ~~るせぇ~~ん……貴様らを生きながら血を啜り、五体を切り刻み、腸をえぐり取り、八つ裂きにしてくれよぉぉぉぉ……」
そう言い残し、女怪の姿は空中に消え去った。
グオオオオオオオオオオオッ!!!
巨怪が歩脚を蠢かし、紅羽たちに猛攻をしかける。
檜の大木を押し倒し、小鳥が一斉に飛び立ち、巨怪は山道にまで出てきた。
下山途中の半九郎や轟竜坊たち一行が、小山のごとく大きな蜘蛛妖怪の姿に驚く。
「……たくさんの罪なき人々を殺して食べたくせに……土蜘蛛とは絶対に相いれない存在だっ!!」
「待て、紅羽……ここで戦っては杉作たちが危ない……私にいい考えがある。ちょうど、怒り狂い我等に執心している今なら、ちょうど良い……」
竜胆が紅羽と黄蝶の耳に、小鳥の羽ばたき音ほどの声で策をつたえた。
「なるほどですっ! 一石二鳥なのですよ!!」
「よぉ~~し、ここまでおいで、化け蜘蛛ぉぉぉ!!」
「貴様の子蜘蛛と卵を壊滅したのは、我等であるぞぉぉぉ!!」
紅羽達三人が挑発すると、怒り狂った土蜘蛛は半九郎たち一行に目もくれず、三女忍を追いかけだした。
山道を走り、樹上の枝から枝をつたい、ときどき歩みを止め、ふり向いては土蜘蛛を挑発する。
「彼奴等め……一体、何をする気なんじゃい?」
「なあに、きっと竜胆がいい手を思いついたに違いない……俺たちは避難しよう」
訝しる轟竜坊に、松田半九郎が答え、杵村へ一行を連れていく。
一方、土蜘蛛は山道脇の森林の木々を薙ぎ倒し、紅羽達を追いかける。
やがて、檜と杉の植林地を抜け、手入れされていない、雑木林の中にはいった。
しつこく三女忍を追いかける土蜘蛛。
森の中にポッカリと広場のような場所があり、三人娘は大樹の前で立ち止まり、土蜘蛛を見上げた。
ここを決戦の場にするようだ。
土蜘蛛が上顎と下顎を開いて食いつこうとする。が……ピタリを止まった。
八眼妖怪の憤怒の感情がス~~っと消え去り、子蜘蛛をすべて無くした虚しさが心中を占めはじめた。
そして……
ググググググ……
土蜘蛛の巨体が不自然に内に折り曲り、丸まっていった。
鎌のように長い上顎をドテッ腹に突き立て、じわじわと突き刺していった。これはまるで『切腹』であった。
野伏一党の盗賊・宇平が少年時代にジグモを使って遊んだ残酷な遊び、『ハラキリグモ』のように……
「ここは魑魅の森……自決を誘発させる死の罠の森じゃ……」
欅の大樹の前にいた竜胆たち三女忍の姿がス~~と霞のごとく消え去った。
天摩流幻術・朧月だ。
〈神気〉で造り出した幻影の分身が怒りで我を忘れた土蜘蛛を騙して怪樹の罠にはめたのだ。
今まで人々を幻影術でおびき寄せ、捕食していた土蜘蛛妖怪にとって、皮肉な最後であったろう……
グオオオオオオオオオオオオッ!!
が、土蜘蛛の強靭な精神力と恨みの執念が、魑魅の樹木の自殺誘発妖気をはねのけ、正気に戻った。
邪気の元凶である怪樹に襲いかかり、枝を鉤爪で切り裂き、大樹をへし折ろうとのしかかった。
キィィ~~~キキィィィ~~~~!!!
巨木の枝葉から、九匹の人面鬼身の猿のような怪物が現れ、土蜘蛛に飛びかかり、鉤爪をたて、牙を剥いて襲いかかった。
大欅の樹妖から生まれた妖怪・魑魅である。
自分たちを生んだ大樹を守るため、土蜘蛛に噛みつき、爪を肌に食い込ませた。
が、弓矢銃弾をはね返す鉄鎧の硬さをほこる剛毛に歯が断たない。
魑魅の木は生命の危機に対し、逆さ箒のような巨枝を動かし、土蜘蛛の体躯に蛸の触手のように絡みついて締め上げはじめる。
土蜘蛛が己の鋏角で開けた傷口に枝が突き刺さり、大蜘蛛の体液がぶち撒かれた。
グオォォォ~~ン……
しかし、大欅はのしかかった大蜘蛛の体重と自重に耐え切れず、ベキベキベキと音を立てて折れ曲がり、根っ子ごと地面に倒されてしまった。
触手枝や幹が急激に枯死しはじめる。
猿のような魑魅たちが森の中に逃げ去った。
が、命の源が消えたいま、木乃伊のように干からびて息絶える。
「魑魅の怪樹を斃すとは……なんという化け物じゃ……」
「やっぱり……最後はあたしが決着をつけるよっ!!」
「だけど、紅羽ちゃん……こっちの手の内は知られているし、硬い剛毛で武器は通じないし、神気攻撃を吸い取る糸を出すのですよ!?」
天摩流くノ一たち、絶体絶命の危機である……




