再会
「今度こそ、親蜘蛛か!?」
「いや、体長二間(約3.6m)ほどだ……親の土蜘蛛が生み出した最初の子蜘蛛で、特に大きく成長したもののであろう……」
多くの獣肉や人肉を喰らい、急成長した子蜘蛛が口を開いて白い粘着糸を吐き出した。
三人の妖怪退治人は身を翻して、魔糸の連続掃射化ら身を躱し、押される一方だった。
「門番のデカブツなんかに構っていられないよ……」
くノ一剣士が双流星斬りで大蜘蛛に双剣を打込む。
ガキィィィ~~~ン!
「なにっ!!」
しかし、二間級土蜘蛛は前脚を斜め十字に構え、霊剣を防御した。
紅羽はその勢いで撥ね退けられ、後ろにトンボをきって宙返りして後退した。
今までの三尺級土蜘蛛たちはまだ妖力が低かったが、この二間級土蜘蛛は高い魔力を有し、足に生える剛毛を鉄鎧と変えていたのだ。
戸須田代官の討伐隊の刀槍弓矢や、盤渓寺退魔僧の独鈷や錫杖の攻撃を防御し、鉄刃をへし折った無敵の装甲甲冑である。
ジャラジャラララランッ! と錫杖の遊環を鳴らして回転させ、山伏が前に出る。
「ぶぅらぁぁ……少しは骨のある妖魔の登場のようじゃな……ならば……おん・きりきり……おん・きりうん・きゃくうん…………喝ぁ~~~~~~ツ!!!」
轟竜坊が神気をこめた錫杖の鉄環の先を大蜘蛛妖怪に突きつけた。
二間級土蜘蛛の図体がビクンッとして身動きが停止する。
「羽黒忍法・不動金縛りの術!」
羽黒修験道の秘術、不動金縛りの術とは、悪霊や死霊が人に憑りつかないように動きを封じる霊縛法である。
さきの秘術『心の一方』はこのバリエーションの一つである。
その間に紅羽は摩利支天の真言を唱えて、臍下丹田に神気をためこみ、愛刀に赤い神気を充填していた。
「天摩流忍剣法・車輪返し!!」
女忍者剣士は神気を込めた左手の『赤鳳』をブーメランのように投擲し、次に右手の『紅凰』を投擲した。
霊刀『赤鳳』は唸りをあげて高速回転し、手裏剣のようにまっすぐ八眼妖魔の頭胸部に命中し、右斜めに巨体を切り裂いていった。
続いて『紅凰』が左斜めに切り裂いて行く。
魔蜘蛛の妖力に、紅羽の神気法が打ち勝ったのだ。
斜め十字に切れ込みが入った二間級妖魔は急速炭化し、灰と塵となって宙にばら撒かれる。
双剣が唸りをあげて紅羽の両手に戻った。
「ほう……霊刀を神気の手裏剣にするとはなあ……てぇ~~ん魔流は、いろんな技を持つのう……」
「ふふふ……まあ、轟竜坊のおっさんの金縛りの術もね……お蔭で神気をため込めたよ」
「むははははは……そうかい、ならば礼として尻を……げぼおらっ!!」
紅羽の回し蹴りが巨漢修験者の尻にヒットした。
「はいはい……あんたの尻を蹴飛ばしてくれってかい?」
「痛つつつ……違うわい! ……変な趣味に目覚めたら、どうしてくれる……」
ともかく、門番蜘蛛を倒し、三人の妖怪退治屋は洞窟の奥へ向かった。
「気をつけるのじゃぞ……まだ、親蜘蛛が残っているはずじゃ……」
「わかっているって……いたら、トドメを刺してやるよ!」
彼女らが去り、森閑と静まった洞穴前。
子蜘蛛妖魔の炭化した残骸の山という山。
その山のひとつが崩れ、中から、傷があるが、まだ息のある子蜘蛛が一匹、ヨロヨロと這い出てきた……
グォォォォォ……
その八眼は復讐心に凝り固まり、赤く凶悪な光を発している。
ゴソゴソと這い進み、草むらの中に入り、何処かへ消えてしまった……
紅羽たちが洞穴の奥へ進むと、広場となっていて、ヒカリゴケの金緑色の不思議な光が内部を照らしだしていた。
そこに見慣れた愛らしくも可憐な少女忍者・黄蝶の姿があった。
まだ生気を吸い取られた後遺症でフラフラとしている。
「黄蝶ぉぉぉぉぉぉ!!」
「紅羽ちゃん!!」
紅羽がよろめく黄蝶をひっしと抱き留めた。
涙を流して喜ぶ紅羽に、追いついた竜胆も優しい笑顔になり、二人の肩をつかんだ。
「うむうむ……無事で良かったのじゃ……」
そこへ、黒羽織や袴がズタボロに切り裂かれ、額と手足を引き裂いた布で巻いた寺社役同心がゆらりとやってきた。
足元には赤子蜘蛛と世話役の子蜘蛛の死骸が散乱していた。
親蜘蛛はいないようだ。
「やれやれ……遅いぞ、お前たち……」
「紅羽ちゃん……松田のお兄ちゃんは、黄蝶たちを蜘蛛の子供たちから守ってくれたのですよ!」
「松田の旦那ぁぁ!! 黄蝶たちを守ってくれてありがとう!」
松田半九郎は全身を赤子蜘蛛に咬まれ、糸を巻きつけられながらも、黄蝶と杉作、梅吉を守りきったのだ。
一方、轟竜坊は杉作と梅吉を両手で脇に抱き上げていた。
「羽黒天狗のおじさん、助けに来てくれんたんだね!」
「きっと来ると思ってただよ!」
「むはははは……当たり前じゃ、わしは正義の味方、良い山伏じゃからなあ!」
洞穴の広場の岩壁に貼りつけられた人間繭の中には、生存者もいた。
早朝に捕まった退魔僧の龍源坊と金鶏坊、そして、三日前に捕まった杉作と梅吉の父母、ほか総勢十人ほどである。
子供達は衰弱した父母が目覚め、泣いて喜んだ。
他の村人や代官所の役人たちは……残念ながら遺体となっていた……轟竜坊と天摩くノ一たちが念仏を唱えた。
「……亡くなった者はのちに墓地に葬るとして、今は生存者をここから運び出そうではないか……」
「そうだね……でもその前に……土蜘蛛の残りの卵を始末しよう……」
「それはわしがやろう……」
轟竜坊の忍法・轟雷破が、広場の真ん中に鎮座する土蜘蛛の卵を雷撃で駆逐し、妖卵の群れを黒炭の焦土と変えた。
黒煙がたなびく洞穴を後にし、子蜘蛛妖怪の炭化した残骸を横目に、妖怪退治人と生き残りの者たちが呪われた山を降りていく。
「そういえば、親玉蜘蛛はどこへ行ったんだろう?」
「う~~む……卵を産むために、他の狩場へ行ったかもしれぬのう……」
「ともかく、ようやった……お前たち。鞍手様には、俺から報告書を出そう……」
杉作と梅吉の母を背負った半九郎に、父を背負った轟竜坊が顔を寄せた。
「松田殿っ! その際には、このわし、轟竜坊、轟竜坊の活躍もよろしくお願いしますぞっ!!」
「わかっている……わかっているから、轟竜坊……その髭面をすり寄せるなって……」
朗らかな笑いが一行に湧き上がった。
悲しいことがあっても、人間は、人との触れあいで、少しずつ時間をかけて心を癒してくれるだろう……
曇り空で分かりにくかったが、いつの間にか夕刻となり、曇天が重く立ち込めていた。ポツポツと水滴が肌にあたる。
「こりゃいかんかもしれん……杉作たちが飯を食っていた民家へ急ごう……」
轟竜坊が父親を背負ったまま、山道を急ぎ足で進む。そのとき、紅羽が立ち止まり、傍らの森を見つめる。
「どうしたのですか、紅羽ちゃん?」
「あっちから、何か聞こえた気がする……」
耳をすませると、忍者耳が女性の唄う声をひろった。
「……いちりっとら……らっきょうくってし…………」
暗い森のなかから虚ろな女の童歌が響き渡ってきた。




