森怪
紅羽たちが山道へ去った後、杉作と梅吉が釜でご飯を炊いていた民家。
その入口から二人の男が出てきた。
「ふう……やっと、抜け出たぜ……縄で縛るくらいでこの俺様を捕まえた気になるとは、素人どもめっ!」
「どうしやす、山猫の兄イ……土蜘蛛塚とやらに行きますかい?」
山猫の練造と偽中間の嘉平太である。ふたりは脚絆に隠し持った剃刀を使って、縛られた荒縄を切ったのだ。
「あたぼうよ……四千両の隠し金だぞ……あきらめきれるかい!」
「でも、なんか山犬でも出たのか、外の連中は何かと戦っていたような……」
「なあに、クマだろうが、山犬だろうが、コイツでズドンよ!」
短筒をひけらかした山猫の練造を頼もしく思い、嘉平太は兄貴分と山道を駆け登っていった。
あちこちに紅羽達が斃した蜘蛛妖魔の灰塵の痕跡が見える。
「……この黒炭の痕は何でしょうかねえ……」
「氷川郷は木炭作りで有名だ、途中で落としたやつだろうがよ」
杉と檜の木材用に植林された山林は特徴がなく、景色が林で遮蔽され、方向感覚がおかしくなりそうだった。
野草が生え、倒木や落石のあとがある山道の切り通しを進んだ。
すると、ふと、何か声が聞こえた。
(……ぞう…………んぞう…………れんぞう…………)
「この声は……万吉親分じゃねえか!?」
「えっ!! 兄イ、俺には何も聞こえねえですよ……それに、万吉親分はクマに殺されたって話ですし、空耳じゃあ……」
「いいや、確かに万吉親分だ……きっと、関八州役人どもが、親分を逃したことを隠すために、死んだという偽りの情報を流したに違いねえ……」
山猫の練造は右の繁みの中に入って行き、しかたなく嘉平太もついていった。
向こうにポッカリと空き地が見えた。
周囲には腐葉土が積もっている。
その真ん中の木漏れ日の中に、お馴染みの盗賊団首領である野伏の万吉が胡坐をかいて座っている姿が見えた。
「おかしら……万吉親分!!」
「本当だ……生きてたんですかい!!」
日焼けで褐色の肌のはずの万吉の肌は病的に青白く、ギラギラとした脂も見えない。
生き人形のように虚ろな表情だが、確かに見知った野伏の万吉の姿であった。
近づくにつれ、万吉がニッカリと笑みを浮かべ、肌に血の気がさし、見知った肌色になった。
「……おう……練造に……嘉平太……生きていたのか?」
「そりゃあ、こっちの台詞ですぜ、お頭……心配してたんですぜ……」
万吉と嘉平太がホッとして近づいて行く。
「……おう……すまなかったなあ……」
「他の仲間は捕まりやした……街道は凶暴なクマがでたとやらで、役人が氷川郷を封鎖してますんで。ねえ、兄イ……」
「そうなんですよ、もおう八方ふさがりでして……ここは危険ですが、山を通って、甲府へ逃げやしょう……そのためにも、逃走資金に、四千両の在り処を……」
山猫の練造はチラリと親分に窺う眼差しを送った。
「……ああ……そうだな……四千両は……氷川郷の……ある寺の墓地に……隠してある……俺の戒名を書いた墓石の下にな……三人で山分けしよう……」
「ははあ、なるほど……墓場の下に隠すとは、こりゃあ、お釈迦様でも気づくめえ……」
「さっそく掘りだしましょうよ、親分。で、その寺の名前は?」
有頂天の練造と嘉平太の前で、野伏の万吉は人の悪い笑みを浮かべて、両手をあげた。
「二人とも……こっちだ……こっちに来い……手を貸してくれ……」
ホクホク顔で練造と嘉平太は手招きする万吉に近寄り、親分の手をつかんだ。
いや、つかんだはずが、まるで幻影か幽霊をつかむようにすっぽ抜けた。
ギョッとする二人の盗賊を前に、野伏の万吉が気味悪く哄笑した。
その笑う口が耳まで裂け、裂け目は後頭部まで走り、頭の上半分が斜めにゴトリと後ろに落ちた。
避けた顔の下半分の赤い肉から、赤い肉の鶏の頭のような怪物首が飛び出し、蛸の脚のような触手が四本飛び出し、ウネウネと伸びた。
上顎が無いのに、まだ笑い声が聞こえる。
ブワハハハハハハハハハハハハ……
「ぎゃああああっ!!」
「……ばっ……化け物だぁぁ!!」
山猫の錬造が短筒の引き金を引き、鉛玉が化け物と化した万吉の心臓に命中。
が、鉛玉は虚しく通過していった。
もう無理だとばかり、回れ右をして逃げ去る練造と嘉平太。
人殺しをなんとも思わない極道盗賊も、人知を超えた怪物には本能的恐怖を覚え、尻に帆をかけて逃げだした。
そのとき、地中の腐葉土を突き抜け、槍のようなものが盗賊二人を背中から串刺しにした。
「きえええええええっ!!」
「ぐぶわぁぁぁぁっ!!!」
鮮血が腐葉土を赤く染め上げる。
嗤い続ける化け物姿の万吉の姿が、スーーッと霞んでいき、消滅すると、大地が揺れて、毛むくじゃらの土蜘蛛の歩脚が土砂を押しのけて地中から出現した。
グオオオオオオオオォォン!!




