妖魔の強襲
天空を見上げると、雑木林から伸びた太い枝に、黒褐色の頭胸部に八本の歩脚が生えた蜘蛛妖怪の姿が見えた。
八眼を光らせ、口から数十条の魔糸を吐いて杉作と梅吉を強奪したのだ。
「あれが土蜘蛛かっ!!」
「聞いていた話より小さいのう……六尺(約180cm)くらいか?」
「それより早く助けるのですよ……ん?……ぴええええええええええええっ!!!」
そういう黄蝶の体にも糸がからみつき、宙に浮いて引き寄せられた。
「なっ!! 黄蝶ぉぉぉぉ!!」
気がつけば、紅羽・竜胆・半九郎・轟竜坊にも糸が絡んできた。
魔糸は周囲の樹上からだ、他にも総勢十匹の黒褐色の土蜘蛛がいたのだ。
糸を武器で払うが、新手の糸が絡んでくる。
「ぶぅらぁぁ……こんなに土蜘蛛がいるとは聞いておらんぞぉぉ~~!!」
「まさか……これは土隠山に出現した妖怪・土蜘蛛の子供かも!?」
「なんで、封印されていた土蜘蛛の子供がいるんだ? ツガイだったのか?」
混乱する轟竜坊・紅羽・松田に対し、竜胆は、
「むうぅぅ……よくわからぬが……もしかすると、土蜘蛛は牝で、古代の術者が封印する前に、卵を孕んでいたのかもしれぬのう……」
竜胆が美しい頤に白い人差し指をそえ、推察をのべる。その間にも一同は宙吊りになって引き寄せられる。
「だとしたら……敵は親蜘蛛一体ではなく、どんどん増えていくことになるな……」
「ひいいいっ!! ぞぞっとするぅぅ!! さっさとやっつけよう!」
紅羽は太刀を抜き、糸を断ち切ろうとした。が……
「ぐっ……力が出ない……」
「ぬうぅぅぅ……どうやら、この糸は生気を吸い取るようじゃ……ならば……」
竜胆が全身から青い神気の陽炎を発した。
粘着糸が凍りつき、加重に耐え切れずバラバラに崩壊した。
紅羽も赤い闘気を出して蜘蛛糸を燃やし尽くす。
両者は宙を一回転して地面に着地。
轟竜坊は密教の真言を唱え、心に観念をこらす修法で蜘蛛糸の妖術を降伏した。
だが、黄蝶は捕えられたままだ。
黄蝶の得意な風系忍法とは相性が悪い。
鎌鼬による真空刃を発生させても、自らが傷ついてしまう。
杉作・梅吉兄弟と松田半九郎も捕まったままである。
「待っていろ、みんなっ!!」
「お早く頼むのですぅぅ!!」
が、紅羽と竜胆の前に、糸を断たれた土蜘蛛が六体、尻の糸疣から糸を出して、逆さになって地面に垂れ下がり、四つん這いとなって立ち塞がる。
他の四体の土蜘蛛は黄蝶と竹松、梅吉、松田半九郎を繭にして第九、第十の足というべき触肢でつかみあげ、何処かへ逃げていく。
人間ほどもある土蜘蛛が両前肢を紅羽の腹部めがけて槍のように突き出してきた。
が、その槍穂肢が真ん中で両断されて宙に舞う。
妖魔の攻撃より早く紅羽が双剣を抜き放ち、槍穂肢を切断したのだ。
グオオオオオン!!
「そこをどけ、妖怪蜘蛛!! 金剛さん、天摩流のみんな……精魂込めて作り上げた『比翼剣』の、真の力をつかわせてもらいます!!」
紅羽が両手の太刀『比翼剣』を翼のように広げた。
霊刀である『赤鳳』と『紅凰』が地肌の文様にそって、赤い神気で煌めいた。
天摩流忍群の兵器開発・刀鍛冶役である金剛の会心の作刀である。
日本刀の出来のよしあしは材料となる地鉄〈粗鋼ともいう〉が勝負といわれる。
地鉄は、有害不純物(リンや硫黄など)が少ないほど割れにくく丈夫となる。
金剛と伴内は新刀作りのためにまず、炭焼き小屋に隠された「たたら製鉄」の工房で、白水干に侍烏帽子を身につけ、注連縄をはり、炭焼き小屋に祀るたたらの神「金屋子神」と忍術・武術の神にして天摩忍群の守り本尊である「摩利支天」に祈祷の儀式を行った。
原料の砂鉄や鉄鉱石を、木炭を焼いて炉にくべ、低温燃焼で還元させ、純度の高い地鉄を、金剛と伴内が灼熱の炎が燃えあがる工房で、三日三晩不休で「たたら製鉄」の直接製鋼法で作り上げたのだ。
この作業は一度始めると途中でやめることも、やり直しも出来ない過酷で慎重な作業である。
二人は五感の全神経を集中させ、炎の色を見つつ、温度や鋼の状態を把握し、炉に入れる鞴の風の音、砂鉄の「ジジジ……」と焼ける音、たたら鍛冶職人がいう「しじれる」音を聞き分け、臨機応変に作業を続ける、体力・精神力・集中力をつかう高度で過酷な技術なのだ。
金剛は「地鉄は繊細な生き物を育てるようなものだ」と語る。
この刀鍛冶のために金剛は毎朝、長距離を走り、重い分銅を持ち上げて体力作りをし、朝夕毎日、炭焼き小屋に祀るたたらの神「金屋子神」にお参りをしている。
この地鉄に秋芳尼をはじめ、金剛、伴内、浅茅、紅羽、竜胆、黄蝶が霊力をそそぎこんで『霊地鉄』に変化させる。
この『霊地鉄』製法は天摩忍群の秘伝中の秘伝ゆえ、ここにくわしく書けないのが残念である。
ちなみに日本刀の原料となる地鉄は、科学や技術の発達した現代においても質の高い作刀は不可能である。
戦時中に工場で機械による大量生産をされた日本刀は非常に出来が悪い。
上質の日本刀は専門技術をもつ刀工が実際に「たたら製鉄」で地鉄を作り上げ、鍛錬をするしか、生みだす事はできない。
こうしてできた地鉄に、天摩流に伝わる鍛冶技術と水心子正秀の元で学んだ技術をそそぎこみ、熟した粗鋼の両面を金床に敷き、交互に金槌で叩いて、伸ばし、折り曲げて、重ね合せ、打ち鍛えた。
「トンカントンカン」と二人でひたすら地鉄を打ち続け、日本刀の形に整えていくこの作業を『火造り』という。
粘土のような粘り気を持たせつつ、鉄の結晶を微細化して強度を上げ、炭素などの不純物を叩きだし、ひたすら鍛錬していく。
日本刀は外側に硬く、芯金に柔らかい鉄を使用する。
皮鉄・芯金・刃金の三種の鉄を鍛接し、水冷して炭素と不純物を減らすことで、『折れない、曲がらない、鋭く切れる』霊刀をつくりあげることが出来るのだ。
反りを入れ、鞘と柄などを作る作業を含め、半月をかけて『紅凰』と『赤鳳』という二振りの霊刀『比翼剣』は完成されたのだ。
紅羽は忍び走りで土蜘蛛に接近し、両手の太刀を交差させた。神々しいまで赤く美しい霊光が煌めいた。
「ぬおおお……なんじゃ、その光り輝く刀は……恐るべき力を秘めた霊剣のようであるな……」
「ふふふふ……轟竜坊のおっちゃん、天摩流の神髄みせてあげるよ!!」
双剣を滑空する飛鳥のごとく両手に斜め下にかかげ、妖魔の群れに目がけて疾駆する美しきくノ一剣士・紅羽。
「天摩流剣法・双流星斬り!」
土蜘蛛の頭胸部と腹部がそれぞれ真横に両断され、斜めに崩れ落ち、体液を撒き散らして地面に落下し、灰塵となって周囲に舞い散る。
紅羽の背後から、別の土蜘蛛が鎌のごとき鋏角と下顎がガッと開いて紅羽を噛み砕かんと襲いかかった。
「天摩忍法・鬼火矢!!」
瞬時に振りかえった紅羽は、二本の太刀の先から炎の神気があふれ出し、太刀を交差させると、火の玉となって妖怪蜘蛛に撃ちだされた。
鬼火の弓矢は土蜘蛛に命中し、炎を上げて黒こげにした。灰塵と化して崩れ落ちる。
一方、竜胆にも土蜘蛛妖怪が両前肢を頭上から振りかざして攻撃していた。
「紅羽に負けてはおられぬ……天摩流薙刀術・飛燕斬り!」
竜胆の薙刀が土蜘蛛の両前脚を斜めに斬り捨て、すぐに反転させて蜘蛛妖怪を斜めに切断した。
一息つく竜胆の背後の藪から妖魔の影が近づき、口から蜘蛛糸を吐き出した。
が、気配を察した竜胆がふり向きざまに薙刀を打ち振るう。
「天摩忍法・氷柱苦無!!」
竜胆の持つ薙刀の刃先に刺状の氷柱が何本も発生し、それを撃ち振るうと、氷の苦無となって妖怪蜘蛛に投擲された。
命中した土蜘蛛が氷の苦無を中心に氷結。八本の歩脚が加重に耐え切れず、肢が折れ、胴体も地面に落下してバラバラに破損した。
「はん、天摩流ばかりにいい所を見せてられんわい! 羽黒忍法・妖縛条!!」
轟竜坊が懐から取り出した縄が光り輝き、土蜘蛛を雁字搦めに縛り上げ、山伏の真言により増幅された霊力を注入され、黒焦げに炭素化した。
この妖縛条は悪霊妖怪を封じ込め、妖力を無効にする力を持つ。
羽黒山伏の頭上から、ガッと口を開けて襲いかかる土蜘蛛。
それを察した轟竜坊が錫杖を一閃させ、霊力を込めた鉄環を腹部に突き刺す。
痙攣していた土蜘蛛は八つの眼の光が消え、ピタリと生命活動が停止し、ボロボロの灰塵と化して崩れ落ちる。
一挙に六体の土蜘蛛を斃して気勢があがる妖怪退治屋たち。
「ふぅ~~~~…手強い相手じゃったわい……」
「なかなかやるじゃない、山伏のおっちゃん」
「お主たち、てぇ~~ん摩流くノ一もなっ……むはっ……むはっ……むはははははは……」
「それより、二人とも……黄蝶たちを奪い返すぞっ!」
「そうだった!!」
ザザザザザザッ!!
繁みから新手の土蜘蛛軍団総勢二十匹が出現した。
三人を取り囲み、口から大量の粘着糸を吐きだした。
これに絡め取られたら、生気を吸い取られ衰弱してしまう。
「同じ手はくわないよ!」
紅羽は霊刀・比翼剣を前に構えた。
赤い闘気が全身を包み込み、双剣が紅蓮の炎に包まれる。
「天摩流・炎竜破!」
比翼剣から神気の炎が渦を巻き起こし、火炎竜の幻像となって、十体の土蜘蛛軍団を呑みこみ、炎熱で黒焦げにしていった。
山道の真ん中に黒く焼け焦げのあと残る。
「これは凄い……以前の炎竜破よりも倍以上の威力があるようじゃな……」
「霊刀比翼剣のお陰……金剛さんや皆のお陰だよ!」
「むむう……てぇ~~ん摩流も、少しはやるではないかい……」
「それよりも、土蜘蛛どもめ、黄蝶たちをどこへ連れ去ったのかのう……」
「きっと、妖怪の棲み処へ連れ去り、保存食にするつもりじゃい……」
怖ろしい予想に慄然とする一同。
紅羽はキッと、暗雲立ち込める土隠山を見上げた。
遠くでゴロゴロと遠雷が聞こえる。
残り十体の土蜘蛛軍団が牙を剥いて襲いかかってきた。
三人の妖怪退治屋が得物を構え直す。
「そうはさせるか……待っていろ、黄蝶……松田の旦那……杉作、梅吉……」




