山猫の錬造
「大人しく、武器を捨てて、両手をあげろ!」
突然現れた凶漢たちに、半九郎たちは従うしかなかった。
太刀や薙刀を遠くへ放り投げる。
万歳する半九郎が悔しげに、
「しかし、貴様たちは何者なんだ?」
「俺は山猫の練造、そして、こいつは嘉平太という……」
「へへへ……そうさ、俺たちは野伏の万吉の元子分でな……」
「なにぃ……野伏一家の残党か……」
「そこの強そうな黒羽織は役人のようだな……そっちの娘っ子どもはなんだ?」
「……いや、俺は寺社役同心で、彼女達は……」
いいよどむ松田半九郎に、竜胆が割って入った。
「私は見ての通り、氷川神社ゆかりの巫女です。こちらの二人は友人で、杵村の様子を見にきたのです……」
山猫の練造と偽中間の嘉平太は竜胆のとっさの嘘を信じたようだ。
「しかし、練造とやら……なぜその子供たちを人質にするのだ」
「ふふふふふ……土蜘蛛塚を知っているというから、案内してもらおうって心算よ……」
「ほう……亡くなった親分の敵討ちに土蜘蛛退治か?」
「けっ、なにが土蜘蛛だ……この世にそんな化け物いるもんかい、どうせ、少し大型の月ノ輪熊が暴れた話に尾ひれがついて、そんな与太話になったんだろうよ……熊が出てきたら、コイツでズドンよ……」
山猫の練造が短筒を持ち上げ、すぐに竹松の頭に戻す。
短筒とは、馬上での弾込めや射撃をできるようにするため、銃身を短くし、片手で撃てるように作られたもので、馬上筒ともいう。
「じゃあ、なぜ、土蜘蛛塚へ行くんだ?」
「ふふふふ……万吉親分は街道筋で盗んだ金……ざっと、四千両ほどだ……そいつをすぐに俺たちに分け前に出したら、すぐに使ってしまい、関八州の役人に足がついてしまう。だから、万吉親分だけが金を預かって、どこかに隠していた……今度の稲葉家を襲うのを最後に、全員で分けて遠国へ逃げる予定でな……」
「そうよ、この俺、嘉平太様が稲葉家の渡り中間として潜りこみ、引きこむ予定だった。が、もうばれてしまっちゃ、諦めるしかねえ……」
「逃げるとしてもよ、先立つ金がいる。だが、親分は月ノ輪熊に殺されてしまったようだ……隠し場所がわからねえ……」
「だが、俺たちはピンときた。きっと、万吉親分がこんな山奥の土蜘蛛塚まで逃げたのは、その塚に金を隠したからに違いない、とな……」
飛んだ勘違いであったが、人間はそうだと思い込むと、自説に有利な理屈をつけ、妄想が広がり、否定する意見に目をつぶる者もいる。
「それで、仮の関所を遠回りし、ここまで来たのか……」
「俺たちが金を見つけるまで大人しくしてもらおう……嘉平太、奴らを縛り上げろ……」
「へへへへ……合点でさ……おっとその前に、何か隠し武器を持っているかもしれねえ……着物を脱いで貰おうか……」
「わかったから、手荒な真似はよせ……」
松田同心が黒羽織を脱ぎ、袴をとり、着流しを脱ぎ、ふんどし一丁になった。
筋肉質の体を見てしまい、くノ一たちが頬を赤らめた。
「あらやだ……たくましいのね……」
「こんな時に何をいっておる、紅羽!」
だが、盗賊二人組は得心しなかった。
「武器はねえようだな……そっちの娘っ子どもも服を脱ぎなっ!」
「おおお……いいねえ……ぐひひひ……命までは取らねえよ、宝を掘りだすまで荒縄で縛って家に置いとくだけよ……」
山猫の練造と偽中間の嘉平太が下卑た笑を浮かべた。
「なんですって、このスケベエっ!」
「この弩外道どもめ……見下げた輩じゃ……」
「おい、貴様ら……嫁入り前の娘たちを辱めてはいかん!!」
昨日、半九郎が小川で水浴びする三人娘の生まれたままの姿を目撃してしまった事は置いておこう。
「早くしろ、ガキの命はねえぞ!」
嘉平太と練造が兄弟を小突いた。恐怖で震える杉作と梅吉。
「くっ……わかったから、その子達に手荒な真似はしないで……」
三女忍が帯をとき、羽織の襟に手をかける。
バッと羽織が宙に舞い、盗賊たちは薄着姿の娘を妄想した。が、羽織の下は紫紺の忍者装束であった。
「なにっ!」っと、驚く山猫の練造と嘉平太。
「天摩忍法・胡蝶群舞なのですっ!!」
黄蝶が黄八丈の羽織をグルリと回転させると、残像が五色の蝶々(ちょうちょう)となって乱れ飛び、盗賊どもの視界を塞いだ。
その隙に紅羽と竜胆が忍び走りで駆けて、杉作と梅吉を奪いさった。
その間に松田同心が太刀を拾いあげ、嘉平太と練造の腹を鞘ごと叩きつけ、盗賊どもは無様に地面に転がった。
「ぐええええっ!」
「くそっ……殺してやるっ!!」
山猫の練造が短筒を持ち上げ、引き金に指をかけた。
そのとき、側面の藪から、大柄な修験者が飛び出し、錫杖を回転させ、先にある遊環をジャラジャラン! と鳴らした。
「子どもを人質にするとは、ゲスの極み共め……おん・きりきり……おん・きりうん・きゃくうん……羽黒忍法・心の一方!」
練造と嘉平太がビクンと体をしならせ、その場に不自然な姿で立ち止まった。
「むぐぐぐ……うご……けん……」
「……これは……いったい……なんだ……」
「羽黒修験道の秘術、不動金縛りの術であるぞなもし」
本来は人に憑りつかないように、悪霊の動きを封じる霊縛法だが、人間にもつかえ、金縛りは半刻(一時間)ほど続く。
『心の一方』とは、二階堂流剣術の創始者である二階堂主水と、孫の松山主水が得意とした秘術で、「すくみの術」ともいう。
「轟竜坊のおっちゃん!!」
「むははははは……なんだか騒ぎがあるときて見れば、とんだ修羅場だったわいな!」
「こんな所にいたとは……でも、助かったよ」
「うむ……礼をいうのじゃ」
紅羽と竜胆が抱えた兄弟を下ろした。
「なぁ~~に、礼はいいから……ほれっ、服を脱ぐ続きをせんかい……げふっ!!」
「スケベはいいかげんにしなさいっ!」
紅羽の肘鉄が轟竜坊の鳩尾を突いた。
「山伏さん、悪党を金縛りにするなんてすげえなあ……」
「ぜひ、名前を教えて欲しいだよ」
杉作と梅吉が憧憬の眼差しで山伏を見上げた。
「んん~~~わしの名か……わしは出羽国羽黒山からやってきた愛と正義の山伏……その名も羽黒天狗という!」
「ありがとう、羽黒天狗のおじさん!」
「おぉぉ~~~かっけぇ~~三国志の関羽雲長か、水滸伝の花和尚魯智深みたいな豪傑だね!」
「なぁ~~に、羽黒天狗のおじさんは、正義の味方、良い山伏じゃからなあ……杉作に梅吉、氷川郷の夜明けは近いぞ……むはっ……むはっ……むはははははははははっ!」
それを呆れた様子で見つめる竜胆と紅羽。
「なにが、羽黒天狗のおじさんは正義の味方だよ……美味しい所もっていってさ……」
「まったくじゃ……本当は酒好き・尻好きの破戒山伏のくせに……それにしても、男の子の好みはわからんのう……」
竜胆と紅羽と黄蝶が袴の帯をしめる松田半九郎をチラリと見た。
「おい……なぜ、俺を見る…………」
「でも、羽黒天狗って、なんだか破れ笠侍と似た匂いを感じるのですよ……」
「いやいやいやいや……黄蝶、ぜんぜん違うって~~~~!」
ともかく、金縛りで動かない盗賊二人を荒縄で縛り上げ、術を解いてから廃屋の中に繋ぎ止め、後で役人に引き渡す事にした。
松田同心は杉作と梅吉を関所までつれて行き、轟竜坊を加えた紅羽たちは土蜘蛛塚へ行くことになった。
そのとき、天摩流三人娘と轟竜坊が「むっ!!」と振り向いた。
「どうした、お前たち……」
「ただならぬ妖気の気配がします……」
子供達を中心に守護し、五人が円陣を組んで四囲を見回す。
土蜘蛛の襲撃があるに違いない。
が、何処から?
集落を包み込む雑木林や繁みが山風で「ザザザザザッ!!」と揺れた。
「うわあああああっ!!」
子供達の悲鳴で背後を振り返ると、杉作と梅吉が宙に浮かび、天空へ連れ去られる姿が見えた……




