生き残り
「大丈夫かっ!! 黄蝶っ!!!」
紅羽が黄蝶に駆け寄り、抱きとめて納屋の陰に隠れた。
農家の玄関から弓矢と鏃が見えて、こちらを狙い澄ましているのが見えた。
「妖怪め……ここまで来たか……」
射手の声は思ったより幼い声であった。
「子どもか? お~~い、あたしたちは敵じゃないよぉぉ……」
「そうなのです……助けにきたのですよ!」
紅羽と黄蝶の声に射手の態度も軟化したようだ。
竜胆と松田も追いついた。
「……お姉ちゃんたちは……誰だ?」
入口の影から十二歳と十歳くらいの少年の姿が見えた。
角大師という髪型で、毛皮を着こみ、縄を帯にした少年が出てきた。
腰に山刀をさし、弓矢と矢筒を持ち、こちらを睨みつけている。
紅羽と半九郎が二人の少年に近づくが、年上の少年が弓弦に矢をつがえたまま動かない。
混乱状態のようで説得が必要なようだ。
「なんだ、おめえ達は……化け物じゃなかったのか……」
「そうよ……それより、あなた達はもしかして杵村の生き残りの子?」
二少年がうなずく。
「だいたい、お姉ちゃんたちは何者だよ?」
警戒する少年たちに、紅羽がしゃがんで、子供達の目線で、できるだけ優しい声で説得をはじめた。
「あたし達は妖怪退治人……土蜘蛛退治に氷川郷までやってきたんだ」
「妖怪退治人?」
「お姉ちゃんたちが!?」
紅羽が胸をトンッと叩いて、親指を己に向けた。
「そう、あたしは紅羽!」
「黄蝶なのです」
「竜胆じゃ……お主たちは?」
竜胆にうながされ、
「おらは杉作……こっちは弟の……」
「……梅吉だ」
「いいか、坊やたち、俺は寺社役同心の松田半九郎という……これまでの事情をきかせてくれぬか?」
杉作と梅吉の腹が盛大に鳴り、ともかく炊けたご飯を食べさせることにした。
紅羽達も弁当を食べながら、子供達にこれまで経緯を訊きだす。
杉作の話によると、彼等親子は山の上の炭焼き小屋で家族総出の炭焼き作業をしていて、九日前に杵村を土蜘蛛が襲撃したことを知らなかったようだ。
三日前に杵村に炭を運んできて、惨状に気がついた。
街道筋の氷川村の小名宿場も同様で、助けを求めに青梅宿へ行こうとしたが、山林から巨大な蜘蛛妖怪が出てきて断念。
父母は子供達をおぶさって逃亡し、山中の他人の民家に隠れた。
兄弟の両親が二人を床下の炭蔵に隠した。
中は幼い兄弟ふたりでいっぱいだ。
父が「何があっても出てはいけない」といって、蓋をしたと同時に家屋が破壊される音がして、二人は恐怖で気絶した。
目覚めて、炭蔵から出ると、家は半壊となっており、両親の姿は見えず、恐ろしくて、外に出る事ができなかった。
杉作と梅吉は糒や干し肉などの保存食で食いつなぎ、夜は炭蔵に隠れて暮らしたという。
しかし、食糧も尽き、朝方、杵村の自分たちの家に食料を求めてやってきたというわけだ。
「なるほど……幼い兄弟ふたりでよく頑張ったな……青梅宿か、丹波宿に親戚はいないのか?」
「……青梅に叔母さん夫婦がいるだ……」
「そうか……俺が氷川宿を少し行った先に関所まで案内する。役人に話せば青梅宿まで案内してくれるはずだ……紅羽、竜胆、黄蝶、あとを頼む……」
妖怪退治にはりきってここまできた松田半九郎だが、霊力がなく、妖怪探しの素人である自分が率先して子供達を保護する役目をかってでたのだ。
「わかったよ、陽のあるうちに探してみる……あとで、この家で落ち合いましょう」
支度をして、外に出た一同。
「妖怪退治人のみなさん、土蜘蛛の棲み処を探しているの?」
「そうだよ……お姉ちゃんたちが仇を討ってやるからな!」
「……妖怪は土蜘蛛塚の近くに巣があるみたいだよ……」
「なんですって!!」
「おらたちが案内するだよ!」
「いや、危険だから、場所だけ教えてくれ……」
「いんや、おらたちに土蜘蛛塚まで案内させておくれよ……」
杉作と梅吉が家を飛び出して、藪の小路まで駆けた。
「おっと、待ちなっ!!」
急に野太い声がしたかと思うと、藪から単衣を尻端折りに木股をはき、腹に晒し布を巻いたガラの悪い男が二人飛び出し、兄弟を捕まえた。
一人が匕首を梅吉の首に突きつけ、もう一人が短筒を杉作の頭に突きつけた。
「なっ……いったい、誰だ、お前たちは!!」




