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妖霊退治忍!くノ一妖斬帖  作者: 辻風一
第六話 幽幻!呪われた山の土蜘蛛
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女怪の呼び声

 その声色はなんとも虚ろで、物悲しい風情の唄であった……百戦錬磨の破魔僧たちも聞き入り、思わず魅入ってしまった。


「……いちりっとら……らっきょうくってし……しんがらほっけきょの……とんがらしんがらほい」


 この童歌わらべうた手毬歌てまりうたでもあり、「しんがら」はモズ、「ほっけきょ」はウグイスの鳴き声を意味しているらしいが、全体の歌詞の意味はいまだにわかてっていない謎の童謡である。


「むっ……あれは女人の声……」


「もしや、土蜘蛛の襲撃で生き残った者がまだ山奥に残されていたのでは……」


「救わねばならん……それが盤渓寺退魔僧の務め」


 十羅漢頭目の崑崙坊が即断し、声を追って山腹をのぼっていた。すると、朝霧ただようひのきの森のなかに、青白い顔をした女が生気のない虚ろな顔で毬をついているのが見えた。

 緋色の江戸小紋にお太鼓結びという高価な衣服を身につけ、気品のある風貌であった。

 島田髷がくずれて、乱れ髪となり、腐葉土を裸足で歩いているのが凄惨だった。

 こんな片田舎の住人にしては、垢抜けて器量よしの美女であった。

 崑崙坊の右腕といわれる合谷坊ごうこくぼうが師匠ににじりよる。


「崑崙坊さま……青梅で世話になった寺院の者に訊いたのですが、日本橋の商家・鈴屋の娘お茉莉まりが胸を患い、養生のために杵村に寮をつくって乳母と暮らしている娘がいるとか……」


「あの高そうな小紋は近在の者ではあるまい。おそらく、その娘であろうな……」


「もしや……妖怪に襲撃された恐ろしさで気がふれたのではありますまいか……」


「むう……なんと不憫ふびんな……連れてきなさい。誰かに青梅村に送らせよう……」


 合谷坊と湧泉坊ゆうせんぼうが虚ろに手鞠歌を唄う女に駆け寄っていった。

 そのとき、山風が吹き、濃霧が崑崙坊たちの視界を奪った。




「おお~~いっ!」


「無事か~~?」


 二人の退魔僧が近づき、生気を失っていた緋色小紋の娘が毬を両手でつかみ、こちらを向いた。

 逞しい豪僧たちの出現に青白い肌に血の気がさし、ニカッと笑みを浮かべた。


「ぬしさんたちは誰ですえ?」


「お茉莉殿か? 我らは盤渓寺の退魔僧だ。妖怪土蜘蛛を退治にきた……もう安心するがよい」


「まあ、嬉しい……こちらへ……こちらへ来てください……」


 合谷坊が赤い小紋の美女の差し出す手を取ろうと近づいた。


「なにっ!!」


 合谷坊の手が空振りした。もう一度ゆっくりとつかもうとして、自分の手が赤い小紋の娘の手を通り抜けたので驚愕する。

 慌てて引き抜くが、まるでかすみまぼろしをつかんだように実体がなかった。


「貴様はいったい……」


「ふほほほほほほほ……」


 娘がけたましく笑い出し、首が右にねじれ、真後ろにねじれ、グルリと一回転した。

 乱れ髪が逆巻き、双眸が白目が黒目に、黒瞳が赤瞳に反転し、口が二倍に開く異貌首となった。


「なっ……化け物め!!」


「おのれ、女怪にょかいっ!!」


 合谷坊と湧泉坊が錫杖をふりあげて、霊力をこめた一撃を妖女に振り下ろした……




 残りの退魔僧たちは濃度を増した霧に閉口しつつ、仲間の退魔僧・合谷坊と湧泉坊を待つ。

 が、やってこないのに崑崙坊たちは不審を抱き、朝靄をかきわけ一同が近寄る。

 霧が薄れ、黒い影法師がふたつ見えた。

 が、硬直したように身動きしない。

 鼻に鉄分をふくんだ嫌な臭いがした。


「この臭いは…………血!!」


 二人の影法師の正体がわかった。

 合谷坊、湧泉坊は股間から口腔にかけて木の杭で串刺しにされた凄惨な死体となっていたのだ。


「し……死んでいる……」


「合谷坊! 湧泉坊!」


「誰がこんな酷い事を……あの娘はどこだ!?」


 そのとき、大地がグラグラと揺れた。退魔僧たちが立っていられず、膝を屈し、四つん這いになる者もいた。

 大地が割れ、腐葉土が盛り上がり、そのなかから毛むくじゃらの巨大な背中が見えて、せり上がっていく。大黒柱のような折れ曲がった歩脚が生えた。


「土蜘蛛だっ!! 地中に隠れていたのだっ!!」


 串刺しになった二人の退魔僧は、木の杭ではなく、土蜘蛛の四対の歩脚よりも小さな〈蝕肢しょくし〉という付属肢で地面から串刺しにしたものであった。


 グオォォォ~~ン……


 巨大蜘蛛は不気味な咆哮をあげ、頭胸部の八つの複眼が青く光る。

 串刺し死体を鋏角うわあごと下顎の間に放り込み、グシャグシャと咀嚼そしゃくをはじめた。

 嘔吐しそうな臭気が辺りに漂う。

 地面に落ちていた妖針盤が狂ったようにグルグルと回転する。

 地中に潜んでいたため、妖気を感じとれなかったのだ……


「よ、よくも……よくも仲間をっ!!」


 突然の衝撃から呆然自失していた退魔僧たちが立ち直り、反撃の準備をした。禅寺の厳しい修行より、なおも過酷な修行で知られる盤渓寺の精鋭〈羅漢〉たちの不屈の精神力は凄まじい。


 退魔僧たちが懐から独鈷どっこという仏具を出して、複眼めがけて手裏剣のように投擲した。

 が、土蜘蛛の前脚が眼を防御し、前脚の剛毛で弾き飛ばされた。


「くそっ……」


「ひるむでない……盤渓寺流法術・光輝天盤斬こうきてんばんざん!」


 崑崙坊が錫杖を振ると、鉄環の先から神気でつくった円形光輪が放たれた。土蜘蛛の前脚二本が切断され、体液が宙に飛ぶ。


 グオオオォォ……


 十羅漢頭目の反撃に、破魔僧たちは喝采し、再び気炎があがった。


「さすがは御師匠さま……たとえ相手が強大な妖力をもつ妖怪・怨霊であっても、ひるまず挑み続ける……それが盤渓寺の退魔僧っ!」


「そうだ、朔風坊……それでこそ拙僧が〈羅漢おとこ〉と認めた弟子たちよ……あれをやるぞっ!!」


 屈強な退魔僧たちの「おうっ!」という声が唱和する。

 崑崙坊、八仙坊、帰雲坊、連珠坊、朔風坊、龍源坊、金鶏坊、啓明坊――退魔僧八羅漢が九字をきり、懐から梵字で書かれた御符おふだの束を取り出す。

 読経の声に反応して、梵字が光り輝いた。


「盤渓寺流法術奥義・霊符破邪封殺陣れいふはじゃふうさつじん!!!」


 八名の退魔僧たちが多数の御符を妖怪蜘蛛に投げつけた。

 霊符は生き物のように跳ね飛び、宙を舞って土蜘蛛妖怪に張り付いていく。

 邪悪な妖怪を大地にふたたび封印する法術だ。


 グオオオォォォォ…………


 さしもの巨大蜘蛛妖怪も霊験あらたかな御札の威力に弱った声を出して、八本の歩脚が乱れて倒れ込む。


「これで終わりだ……降魔調伏! 悪霊退散! 天摩覆滅!」


 蜘蛛妖怪を包み込んだ霊符の梵字から光条が幾重にも放たれた。


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