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妖霊退治忍!くノ一妖斬帖  作者: 辻風一
第六話 幽幻!呪われた山の土蜘蛛
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霧の童歌

「いえいえ、鞍手殿……この紅羽・竜胆・黄蝶は若くとも百目の通り魔事件、赤目の人斬り事件などを解決した有力な新人妖怪退治屋です。ともに戦った寺社役同心たるこの私が請け負います……」


「これは失礼……長年、寺社奉行を勤める牧野様の御使者が太鼓判を押すのでしたら……」


 鞍手はこれまでの経緯いきさつを妖怪退治人たちに包み隠さず語った。

 関八州同心が追いつめた盗賊・野伏の万吉が、土隠山つちごもりやまで土蜘蛛塚の封印を破り、太古に封印された妖怪・土蜘蛛が復活したこと。

 土蜘蛛が関八州同心や捕り手相手に大暴れして死傷者が出て、復活した妖怪蜘蛛はそれだけで飽き足らず、氷川宿周辺の村々で、牛馬や住民たちを襲いだしたこと。

 八王子の代官・戸須田忠右衛門が抜刀隊・槍隊・弓隊・鉄砲隊を率いて討伐に向ったが、蜘蛛妖怪の剛毛が刃をはね返し、巨体をつかって反撃され、返り討ちにされてしまったことを。


「このままでは伊奈家の……ひいては公儀(幕府)の威信にかかわる……いやいや、罪もなき村民たちの安寧を守るため、どうか方々の力をお頼みもうしあげます……」


 鞍手の熱のこもった弁舌をして頭を下げた。

 まず崑崙坊が口を開く。


「あいや、それは無論のこと、頭を上げて下され……必ずや悪辣な土蜘蛛妖怪を退治して見せまする。ただし、それは拙僧たち盤渓寺退魔僧だけにおまかせください。他の未熟な者たちがいては足を引っ張って、かえって迷惑」


「兄者……この場でそんなことを言っては……」


 寺田五郎右衛門に仲裁されたにも関わらず、またも巨顔の退魔僧がスタンドプレイに走り、八仙坊が苦虫をかんだような表情になる。


「なによっ!! あたしたちの実力を観ておいて、よくいえたものねっ!!」


「何をいうか、盤渓寺がなんぼのもんじゃいっ! たかが土蜘蛛一匹に十人もいらん、羽黒流修験道のわし一人で充分じゃい!!」


 紅羽と轟竜坊が怒り心頭に反論した。


「なんだとっ!」


 大人げなく喧嘩をはじめた個性的な妖怪退治人たちに、鞍手伝兵衛が仲裁にはいった。


「まあまあ……ともかく、せっかく集まってきてもらったわけだし、ここは協力して土蜘蛛退治をですなあ……」


「協力だとっ!! 冗談ではないっ! 大蜘蛛妖怪など、我等『十羅漢』だけで充分だっ!!」


「あたしたち天摩流の真の実力をみせてやるわっ!!」


「ふんっ、ぞろぞろと群れずとも、このわし轟竜坊一人で充分じゃわい!」


 せっかく集まった名うての妖怪退治人たちであったが、足並みをそろえることは難しそうだ。

 困り果てる鞍手伝兵衛を見かねた半九郎が、


「まあまあ……鞍手殿……集団戦は武士のように普段から訓練していないと出来ぬもの……烏合の衆の諺もありますし……それよりも、妖怪退治人各自の個性を発揮させたほうが、成果がでるのではないでしょうか?」


「ううむ……むう……松田殿の言う通りかも……しれんなあ……」


 かくて物別れした妖怪退治人たちはそれぞれ割り当てられた宿屋や僧坊へ引き取り、体を休めた。




 紅羽達が旅の疲れでぐっすりと眠りこけ、まだ床で夢をむさぼっている夜明け前、すでに土隠山つちごもりやまに到着した集団があった。


 杉の木々の合間から墨染めの衣に網代笠を被った退魔僧・盤渓寺十羅漢の隊列がみえる。

 すえた臭いのする腐葉土を草鞋が踏みしめていく。


 彼等は盤渓寺に伝わる短期熟睡法で旅の疲れをすでに癒した。

 人間の平均睡眠時間は7~8時間であるが、ナポレオンやエジソンは4時間ほどの睡眠時間で健康をたもった短眠者ショートスリーパーであった。

 盤渓寺の退魔僧は過酷な修行による体質改善と秘伝法により短眠者となっていたのだ。


 山中は朝靄がたちこめ、二間先しか見えない。

 妖怪は夜行性のものがほとんどであるから、巣で眠りにつく前の隙を狙って急襲するという策である。


 最前列の合谷坊ごうこくぼうが『妖針盤ようしんばん』という、盤渓寺で開発した妖物探知機をもって進んでいた。

 隊列を組む盤渓寺退魔僧の龍源坊りゅうげんぼう金鶏坊きんけいぼう啓明坊けいめいぼうが不敵な面構えでほくそ笑む。


「ふふふふ……しかし、このお勤めで土蜘蛛を退治すれば、我等は源頼光公以来の英雄となるであろうな……」


「鎌倉に居をかまえる我らにとっては、因縁の相手だ。相手に不足はないわい」


「逃げおおせた人々の話をまとめた鞍手殿の話では、土蜘蛛は弓矢鉄砲を剛毛ではね返すようだが、巨体をつかった力押ししかできぬようだ……」


「ならば、盤渓寺流の武術と法術を極めた我らの敵ではないわっ!」


 他の退魔僧にくらべ、朔風坊は浮かない顔をしていた。帰雲坊と連珠坊が気にした様子で、


「どうしたのだ、朔風坊?」


「なあ……お前たちに言わねばならぬことがある……」


「なんだ、朔風坊……改まって……」


「俺が相模の庄屋の次男坊だとは知っているだろう。庄屋を継ぐべき兄貴が五日前に亡くなったのだ……」


「なにぃぃ……そうだったのか……」


「水臭いぞぉ……なぜ早くいわぬ……」


「いろいろあってな……この妖怪退治の任が終わったら、還俗げんぞくして実家に帰る事になった……」


 帰雲坊と連珠坊が目を見開き、顔を合わせた。

 煙霧陣の連携攻撃を得意とする三人は歳も近く、莫逆の友でもある。


「そして、村の幼馴染みと祝言をするのだ……崑崙坊様や盤渓寺の住職様にもすでにその旨、伝えてある……」


「そうか……そうだったのか……」


「朔風坊がいなくなると寂しくなるな……」


 帰雲坊と連珠坊が悄然となる。

 巨顔の退魔僧頭目・崑崙坊こんろんぼうと兄弟子の合谷坊が立ち止まり、隊列を振り返った。

 合谷坊が怖い顔をした。


「これ、やかましいぞ、お前たち! 妖怪に気づかれるではないかっ!」


 退魔僧たちが強張った顔で「失礼いたしました!!」としゃちほこ張る。


「まあよい、合谷坊……許してやれ……そして、朔風坊!」


 崑崙坊の大きな目玉がギョロリと動き、退魔僧たちはつられて首が動きそうになる。


「はっ!!」


「……今までの辛い修行をよく耐えてきた……そして、妖怪怨霊退治で多くの無辜むこの民を救ってきたことを誇りとするがよい……そして……故郷へ帰っても達者で暮らせよ…………」


 うってかわった温顔と慈愛のことばに羅漢衆はぶわわっと滂沱ぼうだの涙を流す。

 厳しい言葉と修行の課題は彼らを思ってのことであったのだ。


「ははっ! ありがたき幸せ。例え還俗しても盤渓寺での日々は忘れません……子や孫に伝えていきまする……」


 感動に浸る退魔僧たち。

 そこに、霧の向こうから誰かの声が聞こえてきた。

 生き残りはすべて青梅村に避難し、無人のはずの土隠山に。


「……いちりっとら……らっきょうくってし…………」


 それはどこか虚ろな女人の童歌わらべうたであった――


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