破れ笠侍故郷に帰る
宿屋や飯屋などの軒先に、提灯の暖かい光が満ちあふれていた。
しかし、人どおりは少ない。
本来ならば、客引きの女中や酔客の喧噪がざわめく宿場も、妖怪騒動で街道を通行制限されたからである。
彼女たちが辿ってきた成木街道(のちの青梅街道)は江戸城建設のため石灰を運ぶために整備されたと前にも書いたが、他にも豊かな自然に育った良質の材木を運ぶ人足、御嶽山の信仰が盛んとなり信者の巡礼や行者、旅芸人などがしきりに往来し、青梅村は宿場町として発展していた。
また、定期的に市が開かれ、錦織物の売買がさかんになって商人の町としても活況となった。
なかでも稲葉家は青梅宿の町年寄をつとめた家柄で、成木(青梅)街道沿いの宿場には土蔵造りの母家、棟割り長屋、土蔵がならび、豪商として有名である。
これは現在も有形民俗文化財として旧稲葉家住宅が残されていて、当時を偲ぶことができる。
おふみたち旅早乙女はソウトメ宿へ戻り、明日は故郷の村へ帰るという。紅羽たちは坂口の手配した宿屋・環屋に草鞋をあずけた。
チャポン……
白い湯気が渦まく湯槽には、三人の若い娘たちが身を浸していた。
頭のてっぺんで総髪をお団子にした紅羽は、湯殿の木枠に心太のようにゆるんだほっぺたをのせて蕩けている。
「いやあぁぁ……ず~~っとキリッとした顔をして、気疲れしたなあ……」
二つ結びをお団子にした黄蝶が可笑しげに両手を口の前によせた。
「ぷぷぷ……破れ笠侍・紅羽はもうお終いですか?」
「さありゃまあな(そうだね)……さっきは急にチヤホヤされて舞い上がったけん……でも、もうお終い……破れ笠侍は引退して、故郷に帰りましたとさ……」
「破れ笠侍、引退するの、早すぎるですぅぅ~~」
「なにをくだらぬ事を……まったく、歯の根が浮くような事ばかり抜かしおって……お主は調子にのりすぎなのじゃ……それに、松田殿に失礼ではないか。後で謝るのじゃぞ」
洗い髪を手拭いで羊巻きにして、後れ毛作りにした竜胆が流し目で注意する。
「ほぉ~~い、わかっちょる、わかっちょる……」
三人は湯船からあがり、水滴をはじく玉の素肌に米糠入り袋をあてて洗いだした。
「紅羽ちゃん、お背中流してあげるですぅ~~」
「おっ、すまんな黄蝶……」
黄蝶が風呂桶でお湯をかけ、紅羽の肌理の細かい背中を、米糠入りの袋を使って、ゴシゴシとこする。
ふにゅうぅっ♡
「ひゃんっ! おいおい、黄蝶……そこは胸乳やわぁ~~…」
「ごめんなのですぅ~~手が滑ったのですぅ♡」
紅羽が黄蝶の額を人差し指でツンと押した。
「こいつめぇ~~こうしてやるぅ……こちょこちょこちょ……」
「ひゃあぁぁ~~ん、くすぐったいですぅ~~」
「あははははは……」
「うふふふふふ……」
陽気にはしゃぐ仲間を見かねて、竜胆が眉をひそめる。
「……って、お主らは祝言したてのオシドリ夫婦かっ! 宿屋の内風呂で破廉恥な真似をするでないっ!!」
「ぴええええっ! ごめんなさいですぅ……お詫びに竜胆ちゃんの背中を磨くのですぅ……」
縮こまって、伏目でモジモジと反省する黄蝶に、竜胆は殊勝さをみた。
「わかればよろしい……これからは注意するのじゃぞ……」
「はいなのですぅ!」
ゴシゴシゴシゴシ……むにゅうぅぅ♡
「ひゃうううっ!!!」
「ぷぷぷ……可愛い声なのですぅ」
豊かな双丘を揉みしだく黄蝶を竜胆が叱りつけ、紅羽の笑壺に入った声が湯殿から響いた。




