迷わし神
紅羽が会話に割ってはいり、おふみたち、旅早乙女たちの黄色い歓声があがる。
「ほう……どうするのじゃ、破れ笠侍どの……」
「妖気をさぐるでござる、竜胆殿。
『迷わし神』は妖術で人間を錯乱させ、前に進んでいると思わせ、いつの間にか逆方向に歩かせているに違いないぞ」
キリッと決め顔の紅羽は、深編笠の松田同心にふり向いた。
「さあ、松田氏……貴殿も妖気をさぐってごらんなさい」
「誰だよ、お前……いや、俺は退魔術に関しては門外漢だぞ……」
「いえいえ、秋芳尼様に座禅を指導され、赤目の人斬り事件で夢想剣を会得した貴殿ならばできるはず。
まず目を閉じて、心を空にするのですよ……キリリッ」
「だから……普通にしゃべろよ……」
半九郎・竜胆・黄蝶が呆れ果てた視線を破れ笠侍におくる。
「何をいう、姉弟子に逆らうか!」
「ちょっと、紅羽ちゃん……調子に乗り過ぎなのですよ……」
黄蝶が見かねて注意するが、半九郎は弟子と言われて、反射的に道場稽古を思い出し、上下関係にうるさい武道男子系スイッチがはいった。
「むっ……確かに……ご指導お願いいたしますっ!」
「あれっ……松田のお兄ちゃん!?」
威勢よくハキハキ答える松田の豹変ぶりに、黄蝶と竜胆が驚く。
破れ笠侍はさも、当然といった風に指示をだす。
「よかろう……まずは目を閉じ、無心になること。わかりやすくいうと、ボォ~~~~っとすることでござる」
「はいっ!! 紅羽師匠! わかりやすい例えです!」
「おっ、清々しい良い返事だ。皆さん方もお静かに……怪異の原因をさぐる術ですので……」
「はいっ、破れ笠侍さまっ♡」
旅早乙女たちは高鳴る鼓動を静めて押し黙った。
竜胆と黄蝶は呆れ果てて押し黙った。
半九郎は目を閉じ、ボォ~~~~っと、何も考えないようにする。
「なかなか筋がいいぞ、松田氏……ときに、誰かに見られていると視線を感じますな。そして、人に指をさされると嫌な気分になることも……」
「はいっ、確かに……そんな感覚はありますなあ……」
「それが『気』でござる」
「えっ、その程度の感覚で『気』?」
「ふふふ……それも『気』でござる。道場稽古で対戦者に『殺気』を感じたこともあろう……さきほどの寺田氏の『威嚇の剣気』も……すべて、『気』……我が流派では『神気』という。さて、それとはまた違う、怪しい気配が感じられぬかな?」
「怪しい気配………………」
ボォ~~~っと、無心になり、気配を探るが、うまくいかない。以前、魔人雷音寺獅子丸と戦ったときは、無我夢中であって、よく覚えていない。
「紅羽師匠、刀を使っても良いですか?」
「うむ、よかろう!」
半九郎は鞘に収まったままの太刀を抜き、体の前に捧げるように垂直に立てた。
一刀流の『金剛刀』の構えである。
半九郎の心は無想状態となり、刀身がアンテナとなって妖気を探る。
「むむっ…………あっち、右斜め上空に癇にさわる気配がする……いや……凶事の起こりそうな不吉な気配……これが妖気なのか?」
「ふふふふふ……さすが、松田氏は呑みこみが早い」
同じく目を閉じていた紅羽が拾った小石を梅林の枝に投じた。
バシンッと何かに命中する音。
キュイィィィィィ~~~~!!
梅林の枝が揺れ、毛皮の座布団のような物体が飛び出し、宙を滑空して逃げ出した。
「おおいっ、テンマルぅ! もう悪さするなよぉぉ!!」
「おおっ!! あれはもしかして……『迷わし神』の正体は、竜胆のいっていた貂の妖怪・テンマル……」
「おそらくそうでしょう……貂が歳経て妖力を高め、前脚と後脚の間にムササビのような飛膜をつけた妖怪になったと思われます」
「松田のお兄ちゃん、伊賀の言い伝えで貂は『狐七化け、狸八化け、貂九化け』といって、狐や狸を上回る変化術や妖術を使うといわれているのですよ!」
「おおっ……姉弟子たちは妖怪に詳しいなあ……さすがだ……」
そして、松田半九郎は禅で心を無にすること、『神気』というものを少し理解した気がする。
「紅羽師匠、トドメを刺さぬのですか?」
「ふふふ……なに、イタズラをするだけの妖怪……殺生をするまでもないよ……キリリッ」
これを聞いて旅早乙女たちが色めきたった。
「さすが、お優しい破れ笠侍・紅羽さま!」
「素敵ぃぃぃぃ!!」
「はっはっはっ……罪を憎んで、妖異を憎まずさ……キリリッ!」
「もしかして、紅羽様たちは奥多摩の土隠山に出た大熊退治に青梅に来たのですか?」
両手を組んで破れ笠侍に問いかけるおふみを、別の旅早乙女が口を出した。
「違うべ、おふみ……大熊ではなく、大蜘蛛妖怪退治だべよ……」
「まさか、そんな大きな蜘蛛がいるわけねえべよ、熊だべさ……妖怪なんて……」
おふみの柔らかい唇に紅羽の人差し指が突きつけられ、彼女は頬を上気させて沈黙した。
「ふふふ……子猫ちゃん、妖怪なんてなんだい?」
「はっ!! そうだべ……さっきまでおら達、妖怪テンマルに道に迷わされていたべ……恥ずかしいべ……」
「そう、妖怪はいるのです。月ノ輪熊ではなく、絵草子にあるような土蜘蛛がね……でも、心配いらない。きっと、私が退治してみせよう! そして、青梅の宿場も元のにぎわいを取り戻す!!」
「さすが、破れ笠侍・紅羽さま!」
「御武運をお祈りしております!」
「はっはっはっ……この破れ笠侍・紅羽におまかせあれっ!」
旅早乙女たちの黄色い歓声に包まれる破れ笠侍を、竜胆と黄蝶はあきれてジト目で眺めていた。
紅羽も半九郎も謎のテンションで別人のような性格となっている。
「なんじゃ……この三文芝居は……」
「……はやく、宿に行くのですよ……」
ともかく、こうして『たどれずの道』は解除され、紅羽たちと旅早乙女たち一行は無事に青梅の宿場に入った。




