第三の人物
「あなたは……三白眼の旦那ぁぁ……」
「誰が三白眼だっ!!」
そこには見知った顔……松田半九郎がいた。
黒羽二重に袴をはき、深編笠を左手にかかげていた。
第三の人物の出現に、退魔僧集団もたじろいた。
「ごめんちゃ……でも、松田の旦那が何故ここに……」
「上司をくどいて、お前たちの後見役として同道することにした」
「後見役って……あたしたち子供じゃないよ~~」
「それよりも、妖怪退治人同士の私怨私闘は御法度である。双方、矛をおさめよ!!」
一同、顔を見合わせ、構えをといた。松田半九郎は盤渓寺の僧侶集団をキッとにらんだ。
「御坊たちは紅羽たちと同じく妖怪退治人と見たが、これはいかなる仔細であるかっ!!」
「失礼ですが……あなた様は?」
巨顔で褐色の肌をした崑崙坊が訝しげに半九郎に訊ねた。
「俺は松田半九郎……牧野豊前守配下の寺社役同心だ」
「むむむ……寺社奉行の……牧野豊前守様の御家臣のお方でしたか……」
牧野豊前守惟成は寺社奉行であり、丹後田辺藩の五代藩主であり、牧野家の六代目である。
江戸橋の西、南茅場町(現在の兜町の大半)に藩邸があり、坂口と松田のつかえる主君であった。
「あの坊さんたちが喧嘩を売ってきたんですよ。あたし達じゃ奥多摩の妖怪は倒せないって……その喧嘩を買ったまでの話です」
エヘンと胸をそらす紅羽。
半九郎は額に手をあてた。
「お前なあ……喧嘩を売られたからって、簡単に買うなよ……それに、竜胆もいながら、なんだこの有り様は……」
「はい、松田殿……しかし、しょうしょう短慮ではありましたが、話の通じる相手ではなさそうでしたので……」
「冷静な竜胆ちゃんまで喧嘩腰になると、黄蝶だけではどうにもならないのですよ……」
「そうか……黄蝶も苦労するなあ……」
松田半九郎の袂を握る黄蝶の頭をなでた。
「でも、押されたとき、黄蝶のお陰でやる気が出たよ!」
「そうじゃのう……」
照れる黄蝶。そして、半九郎は難しい顔をして、盤渓寺十羅漢の頭目株の巨顔の僧をみやる。
「拙僧は崑崙坊と申します……鎌倉・盤渓寺の退魔僧です」
「なに!? 盤渓寺というと坂東でも名の知られた妖怪退治人……すると、こたびは奥多摩の妖怪退治に……」
「はい、御寺社の要請にしたがい土蜘蛛退治をかって出たのです。したが、旅の途中、未熟な腕と見られる妖怪退治人に出くわし、あたら若い命を失うのも不憫とおもい、老婆心ながら注意をしたまでで……」
「ほほう……紅羽達では奥多摩の妖怪に敵わぬと見たか? して、さきほどの試合の様子をみて、どう思う?」
「それは……その……」
言葉を濁す崑崙坊。
「ふふふふふ……意外に腕があると評価を変えたのではないか……崑崙坊」
突如、第四の男の声がして、半九郎も天摩流くノ一たちもギョッとして声の主を追う。
声は庚申堂の階段に腰を下ろした深編笠の武士からだった。
それは、鎌倉街道中道からやってきた盤渓寺一門の後を歩いていた武士である。
この男も気配を消し、完璧な穏形法で無生物の物質となって、視界から消え、路傍の石となってなりゆきを見守っていたのだ……
それに呼応したように深編笠の侍から目に見ない波動のような気配が飛んできた。
杉林でさえずる鳥の声や草叢で鳴く虫の声が消えた。
空地にある倒木の上で日向ぼっこをしていたカナヘビたちが途端に逃げだし、遅れたカナヘビがひっくり返って気絶する。
――殺気! いや、違う……これは……一流の剣客のみが発することが出来るという威嚇にも似た凄まじい『剣気』……
松田半九郎は太刀を構え、はやる心臓を落ち着けるために、口から息をゆっくりと吐き出した。
紅羽・竜胆・黄蝶も寺田の名をきいて、ハッとしたようにそちらを見た。
得物をもちなおし、臍の下にある丹田に神気をためこんでいく。
しかし、彼女らは退魔僧三羅漢との戦いの後で、神気が消耗されていた……
「これは手痛いことをおっしゃる……寺田五郎右衛門殿……」
苦虫をかむ崑崙坊。
だが、松田半九郎が、三女忍が、その名を聞いて驚愕した。
「なっ……なんだとっ!!」




