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妖霊退治忍!くノ一妖斬帖  作者: 辻風一
第六話 幽幻!呪われた山の土蜘蛛
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法術・帰り雲

「ぐっ……いや、まだだ……盤渓寺流法術・帰り雲!」


 帰雲坊が腰にぶらさげた瓢箪を手にして、栓を抜き、口をこちらに向ける。

 そこから白い水蒸気が濛々(もうもう)と吐き出された。

 退魔僧が両手で印を結び、呪文を唱えると、水蒸気は収束され凝縮されて大木のような筒になった。

 それは白煙の龍となり、渦を描いて三女忍に向って飛んでいく。


 古代中国では雲は高い山岳の洞穴から出でて、晩になると再び穴に帰り戻ると考えられていた。

 この帰雲坊はその名のごとく雲霧を自在に操る退魔僧なのだ。

 雲龍が螺旋を描いて三女忍に襲いかかる。

 忍びの反射神経でさける三人であったが、雲龍は大きく渦を巻いて三女忍をからめとった。


「みたか、秘術・雲龍搦うんりゅうがらめの法を!」


「しまったっ!!」


「ぴええええっ! 捕まったのですぅ!!」


「あくぅぅぅぅ……」


 蛇体がギリギリと巻きつき、柔肌に食い込んでいく。

 くノ一娘たち達は苦鳴をもらし、なすすべもない。

 雲ならば、ただの水蒸気の固まりであるが、これは神気で練った高密度の雲龍だ。

 荒波や渦潮の水流に巻き込まれたように身動きができない。


「くそぉぉ……こうなったら、あたしの火鼠で蒸発させてやるっ!!」


「待て、紅羽……この雲龍に高熱をあたえれば、水蒸気爆発をおこすやもしれん……ここは私にまかせよ」


「そうか……わかった、頼む……」


「天摩忍法・花冷はなびえ!」


 雲龍に巻きつかれた竜胆の体が青い神気の陽炎に包まれ、冷気が拡散、白い霧を発して雲龍が氷結していった。

 たちまち女忍者たちを締めつけた雲龍が網目状の氷像と化した。

 霜を踏むようにかんたんに雲龍が四散して、破片がキラキラと四散し、地に降り立つ竜胆たち。


「助かった……でも、ちべたい……」


「文句をいうでない!」


「なにっ……わが雲龍を破っただと!! 奴らも神気術をつかうとは……」


「ええいっ、どけっ! 次は拙僧の出番だ!!」


 必殺の術を破られ放心する帰雲坊を押しのけ、朔風坊が背負う細い荷袋の口を開けた。

 まるで風神図の風袋かざぶくろのようである。

 その先を広げてこちらに向けた。


「盤渓寺法術・朔風雹さくふうひょう!」


 ヒュオオオオオオオオオオッ!!


 風袋の口から鋭い風鳴り音がして、寒風が吹き荒れた。

 朔風とは冷たい北風のこと、朔風坊はその名のごとく冷風を自在に操るのだ。

 そして、風の中になつめの実ほどの氷片のつぶて、つまりひょう榴弾りゅうだんがあった。


 弓矢・鉄砲玉と違い、榴弾は広範囲に破片が飛び、対象物に突き刺さるやっかいな武器である。

 そして、雹は積乱雲の中で発生する氷晶であり、直径5cm以上の巨大雹が落下速度100km/hを超えると、屋根瓦や窓ガラス、自動車のボンネットをも破壊し、人間や動物にあたると怪我をさせる。

 巨大雹は天然の榴弾ともいえ、朔風雹は最悪の雹害ひょうがい兵器といえよう。


「散ッ!!!」


 竜胆・紅羽・黄蝶は空中にトンボ切りをして朔風雹の氷晶榴弾を回避した。

 しかし、前より二倍の飛散割合をもつ朔風雹・第二陣がやってきた。宙に逆さまになった紅羽が太刀を構えた。


「今度はあたしにまかせな……天摩忍法・炎竜破えんりゅうは!」 


 紅羽は比翼剣の赤鳳・紅凰を正面で交差させ、〈神気〉を練った赤い闘気が噴出、火焔が渦巻き、紅蓮の竜巻を撃ちだした。


 ジュウウウウウウウウウウウッ!!


 荒れ狂う火龍の熱気が氷雹の榴弾を蒸発させ、濛々と水蒸気がたちこめた。

 ストンと一回転して着地した紅羽は決め顔だ。

 悔しげな朔風坊を押しのけ、連珠坊がいらだかの数珠を一環、首からとり、宙に投じた。


「おのれ……不甲斐ない奴らめ……盤渓寺流法術・光刺連珠こうしれんじゅ!」


 霊妙なる光に包まれた数珠は燦然と輝き、光の宝珠となって飛び散り、退魔僧と三女忍の間の地面にめりこんでいった。


「どこを狙っているのよ!」


 紅羽が比翼剣を、竜胆が薙刀を打ち振るい、連珠坊に肉迫した。

 が、足元に異様な気配を感じた。

 連珠坊は別のいらだか念珠を両手でジャラジャラともみすさり、脂汗を流して念仏を唱えだした。


 数珠(念珠)とは手にかけて仏・菩薩を礼拝するための仏具であり、珠の数は百八個あって、百八煩悩を表し、音をたてずにすり合せて煩悩を消滅させる意味合いを持っている。

 通常は糸・紐に菩提樹や黒檀などの香木や種子・玉石・金属などで作った小玉を連ねて一環とする。


 いらだか(伊良太加・刺高・最多角の漢字をあてる)念珠は修験者が使うものであり、悪魔祓いに使うものだ。

 本来は音を立ててはならない数珠だが、修験道では読経・祈祷のさいに激しく上下に音を立ててもみする。


〈いらだか〉とは、もみする音が高く聞こえることから名づけられたとされ、または梵語の阿唎吒迦ありたかの音を転じたともいわれる。


「二人とも飛ぶのですっ!!」


 黄蝶の声にしたがい、竜胆と紅羽は宙を舞った。

 大地から多数の光り輝く槍状のものが残影を貫く。

 連珠坊の投じた光の念珠が種子となり、光る茨の木となって高速急成長し、動くとげの槍となってくノ一たちを攻撃したのだ。


 竜胆が薙刀を、紅羽が双剣をふりかざし、光る茨の枝を切り裂く。

 だが、切った先から新しい茨の芽が生えて急成長し、きりが無い。

 輝く茨の木が集まり、ねじれ、五指を持つ巨腕となって竜胆と紅羽につかみかかった。


「ここは黄蝶にまかせるのです……天摩忍法・鎌鼬かまいたち!」 


 黄蝶が円月輪を媒介に旋風を発生させて、真空の刃を作りだし、斬撃風刃が茨の大群の根元を切断した。

 輝きを失った茨の巨腕が急速に枯れて、倒木のように大地に転がる。


「でかしたぞ、黄蝶!!」


「えっへん、なのです!」


「やややっ!!」


 さすがに成長の勢いが止まった茨の切り株を飛び越え、紅羽・竜胆・黄蝶が三羅漢に肉迫した。

 そうはさせじと連珠坊・帰雲坊・朔風坊も錫杖をかまえて最終決戦に赴いた。


「あいや、双方とも、そこまでだっ!!」


 腹に響く鋭い気合と大声がして、両手を開いてくノ一と退魔僧の間に割って入った人物がいた。

 さすがに一同が立ち止まる。

 紅羽たちが信じられない面持ちで見つめた。


「あっ! あなたは……」


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