表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妖霊退治忍!くノ一妖斬帖  作者: 辻風一
第六話 幽幻!呪われた山の土蜘蛛
117/429

変幻自在

 三羅漢は「散ッ!!!」と叫んで、バラバラに駆け出し、煙霧にまぎれて消えた。


「なんだ!? 霧遁むとんの術か?」


 霧遁の術とは、天然自然の霧に紛れることではなく、火薬・薬物を利用して煙霧を発生させて逃げる遁法だ。

 忍術伝書には暗薬あんやくといって、鉄砲火薬の上にヒハツを粉にして作成するとある。

 煙を大量に発生させることが可能だ。


「いや……これは煙ではなく、水蒸気……神気術をつかった法術のようじゃ……」


「それじゃ、この霧にまぎれて襲ってくるかもですっ!」


 三女忍は背中合わせになって、三方を見張った。

 紅羽の前方からシャリン、シャリンと錫杖しゃくじょう遊環ゆかんの音が聞こえ、ザッ、ザッと草鞋を蹴る足音も聞こえた。

 霧中に網代笠を被った黒影が見え、首に三重のいらだかの数珠を巻いているのを確認。


「一人目が来た……連珠坊だっ! あたしにまかせなっ!!」


「まかせたぞ、紅羽。黄蝶、我らは他の退魔僧の気配をさぐるのじゃ……あ奴らは穏形法を心得ておる。気を集中するのじゃ!」


「わかったのですぅ!!」


 紅羽が駆けだして連珠坊の迎撃に向かう。

 左手の赤鳳を前に水平にかざし、右手の紅凰を脇構えにした。

 間合の内に入り、赤鳳の峰を振りかざす。

 それを錫杖が受け、かつと鳴り響く。

 二撃目の紅凰を網代笠に叩きつけにいった。

 が、紅羽の顔が影で覆われた。


「なっ!!」


 意外! 

 連珠坊の背後からもう一人の退魔僧・朔風坊が跳躍してきたのだ。


 動揺した紅羽が背後に飛びすさる。

 が、回避におくれ、菅笠に錫杖の石突が炸裂。

 すげの葉の切れ端が宙に舞った。

 さらに連珠坊の左手から帰雲坊が飛び出してきて、石突を紅羽の脾腹に刺突した。


 カンッと甲高い音が響く。

 帰雲坊の錫杖を竜胆の薙刀の長柄がはじき飛ばしたのだ。

 竜胆は煙霧の中で突如わきでた剣気に気がつき、救援にはせ参じたのである。

 忍び走法『狐走り』で黄蝶の元に戻る竜胆と紅羽。


「ありがと、竜胆……」


「なに、いいのじゃ……しかし、退魔僧め……三方に散ったはずなのに、いつの間に集まっていたのか……」


 煙霧が消え出し、退魔僧を見やると、朔風坊と帰雲坊の錫杖の鉄輪にぶらさがる遊環がいつの間にか、紐でくくり付けられていた。


「あっ! 錫杖の環を紐でくくって、一人だけだと思わせたのか……してやられたぁぁ……」


「うむっ……虚を実と見せ、実を虚と見せる三位一体の攻撃……これは忍術の基本たる『虚実変転の法』……あの退魔僧たちは十羅漢きっての術者に違いない……」


「何を言っているのですか。忍術はこちらの専売特許なのですよっ!!」


 竜胆と紅羽が顔を見合わせ、黄蝶を見やる。


「そうだな……黄蝶の言う通りだ……」


「このままでは天摩忍群の名がすたる……目にものいわせてやろうぞっ!!」


「その意気なのですぅ!!!」


 ふたたび帰雲坊が瓢箪から煙霧をだして、視界を霧で閉ざし、三方に散った。

 ふたたび『煙霧陣』戦法を仕掛ける気だ。

 三忍娘は背中合わせに敵襲にそなえる。


「また同じ手でしょうか……」


「いや、今度は裏をかいて三方からの襲撃かもしれぬぞ……」


 二間先しか見えない白霧の空間。

 すると、今度は三方から錫杖の金輪の鳴る音が聞こえた。


 ちなみに僧侶や山伏のもつ錫杖とは、木製杖の先に大きめの鉄環をつけ、その鉄環に小さ目の遊環を6~12個つけたものである。

 鉄環がシャクシャクと鳴るから錫杖と名づけたという説がある。

 錫杖の鉄環の音は僧侶が山野を行脚する際に、熊・狼・毒蛇などを避けるためであり、托鉢僧が門前で訪問を知らせるためにも使ったという。

 三退魔僧はこの錫杖音をつかったトリックで幻惑させる戦法を得意とした。


 三忍娘が気配を探るが、やはり穏形法でわからない。

 突如、三方向からシャンシャンという音が聞こえた。


「三方から来たのですっ!!」


「いや、待て……黄蝶……もっと、耳をすませるんだ……」


「ほへっ!?」


 紅羽の言葉に、黄蝶と竜胆が忍者耳を最大限にすませた。

 カクテルパーティー効果といって、多人数が談笑する催しの中でも、人間は耳をすませると、ざわめく人々の雑音から任意の相手の者の声だけは聞き分けることができる選別能力がある。

 まして、忍びの聴覚は遠くに落ちた針の音をも聞き分けることができるのだ。


「…………あっ!!」


 何かに気がついた黄蝶と竜胆。素早く耳打ちして作戦を立てた。

 右方の霧中からシャリンシャリンと錫杖音とともに、網代笠の退魔僧が疾駆してきた。

 細長い袋を背負った朔風坊である。

 またも紅羽が双刀を抜刀して退魔僧を迎撃に出た。

 黄蝶と竜胆は別方向の錫杖の音源に走る。

 朔風坊が紅羽を錫杖の本手打ほんてうちで攻撃。


 紅羽は比翼剣・赤鳳でね退け、大地を蹴った。

 飛鳥のごとく華麗に宙に舞う。

 朔風坊の網代笠の真ん中を踏んづけて、またも飛翔する。


「なにぃぃぃ……拙僧を踏み台にしおったなっ!!」


 すると、朔風坊の背後から墨染めの僧侶が跳躍してくるのが見えた。

 ギョッとする帰雲坊の長柄が遅れる。

 彼より高く跳んだ紅羽は赤鳳の峰で網代笠を斬り裂き、紅凰の峰で相手の左脇腹をしたたかに打った。


「がふっ!!」


 帰雲坊が右方にはじけ飛び、さらに飛翔してきた連珠坊に、赤鳳を叩きつける。

 が、杖棒で塞がれて、空宙で交差して着地する。

 煙霧が晴れてきて、二方に散った黄蝶と竜胆が音源の正体を見た。

 それは杉の枝にぶら下げられた錫杖の鉄環と遊環。

 錫杖から金輪だけを外し、帰雲坊が糸で引っぱって鳴らし、本体がいると欺いたのだ。


「ぬうううっ……なぜ、我等の策略がばれた……」


「あんた達の穏形法は完璧だった……でも、三つの錫杖音のうち、ふたつだけが近寄ってこないのが不自然だったからね……それに耳をすませて三人そろった草鞋の足音を聞き分けたのさ」


「我らが三方へ走ったは、策にはまったと思わせるためよ」


「勝負あったのですぅぅぅ!!」


 黄蝶が嬉しげに飛び跳ねた。しかし、悔しげな帰雲坊は瓢箪の栓を抜いて、口を三女忍に向けた。


「ぐっ……いや、まだだ……盤渓寺流法術・帰り雲!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ