霊刀・比翼剣
「おお……その声は紅羽と竜胆だな……」
繁みから何者かが顔を出した。
突然のことで混乱した素っ裸の三女忍は悲鳴をあげて、小川に身を沈める。
「きゃあああああっ!!」
「この痴漢っ!!」
紅羽が思わず川底にあった小石を拾って、男に石礫を投じた。
「ぎゃふっ!!!」
男の鳩尾に命中にして、のけ反ってひっくり返った。
「あっ……あれは松田のお兄ちゃんなのですよ!!!」
黄蝶の指摘どおり、石礫の命中したのは、見知った寺社役同心の松田半九郎であった。
「わああああ……大丈夫ですか、松田の旦那ぁぁぁ……」
「げふっ……いや、いいのだ……それよりもすまん……まさか、行水をしているとは……」
後ろを向く半九郎の背後で紅羽は寺侍姿、竜胆は巫女姿、黄蝶は黄八丈の町娘姿に着替えている。
「それより何か急用では、ないのですか?」
「そうだ、事件だ……奥多摩に巨大な蜘蛛妖怪が出現したのだ……」
「なんですって!!!」
妖怪退治人の出動依頼であった。
ともかく着替えた三人は吾作に急用ができたと断り、鳳空院へ向かった。
茶屋で渋茶を呑んで待っていた坂口宗右衛門にくわしい事情をきいた。
「……それでの、今から一週間前、氷川の宿で関八州廻りに追われた盗賊・野伏の万吉が、奥多摩の土隠山にある『土蜘蛛塚』を暴いてしまい、封印された太古の妖怪が蘇えったというわけでしてな……関八州廻り同心や捕り手たちにも死傷者が出る騒動になりました……」
「土蜘蛛ですか……絵巻物の『土蜘蛛草紙』によれば源平の昔、源頼光が原因不明の病にかかり、床に臥せっていると、枕元に妖しげな法師が佇んでいることに気がつき、頼光が誰何すると、糸を吐いてからめ捕ろうとした……頼光は『髭切の太刀』をつかんで怪しい僧に斬りつける……怪僧は消え、翌朝、源頼光は四天王を連れて、血痕がてんてんと続く道を追ってゆくと、巨大な土蜘蛛の死骸が見つかったとか……」
秋芳尼が知っていることを披露した。
すると、竜胆もそれを受けて、
「はい……土蜘蛛とは在所の古老に訊くところ、大和国(奈良県)の葛城山に数百年も生きた土蜘蛛の妖怪であるとのこと。もとは太古の昔、神武天皇御東征のおりに葛城山で斃された土蜘蛛一族の怨念が、妖怪として復活したらしいという説があります……」
この土蜘蛛一族とは、大和朝廷と相争った日本の先住民だという説がある。
彼等は縄文時代から変わらず狩猟をし、竪穴式住居に住んでいたことから『都知久母』と呼ばれていたといのうだ。
「おお……さすが、秋芳尼殿と竜胆は博識ですなあ……」
松田半九郎が腕をこまぬいて感心する。
その袖がチョイチョイと引かれた。
振り向くと黄蝶の可愛らしい顔がジト目になって見上げている。
「松田のお兄ちゃん、それって、秋芳尼様や竜胆ちゃんは『お利口さん組』で、黄蝶や紅羽ちゃんは『元気だけがとりえのおバカさん組』という事ですか?」
「なぬっ……それは酷いですよ、松田の旦那ぁぁ……第一、松田の旦那もどちらかというと、こちらの組でしょ?」
「俺か? 俺は無論……」
松田半九郎が手をこまぬいたまま、しばし思案すると、カクンと首をたれた。
「うむ……俺も『元気だけがとりえのおバカさん組』であった……」
「何をゴチャゴチャ言っておるか、半九郎……ともかく秋芳尼殿。おそらく、奥多摩に現れた蜘蛛妖怪はその後も近隣の村里を襲い、人を捕えて食べ、または吐いた糸で人を繭玉にして巣に持ちかえるようで、大変村人達が困っている……そこで、多摩の代官が弓矢や鉄砲をもたせた手勢を率いて討伐に向いましたが……しかし、返り討ちにあってしまい、大勢倒され、代官も怪我で寝込んでいるとか……」
「そこで、我等、妖怪退治人に声がかかったのですね!!」
「黄蝶たちは今までもおおきな妖怪を倒してきた実績があるのですっ!」
「うむ……こたびも倒す自信がありますぞ!!」
と、気炎をあげる天摩くノ一三人衆。
が、紅羽がカクンと首をたれた。
「と、言いたいところだけど、あたしの太刀が折れたままで……」
といって、腰にさした刀を右手で引き抜くと、それは木刀であった。
前回の戦いで彼女の太刀は折れてしまったのだ。脇差はあるが、やはり太刀が欲しいところ。
しかし、鳳空院は貧乏ゆえ、代わりの刀がないのだ……
「ふふふふふ……心配はいらんぞ、紅羽!!!」
しょぼくれる紅羽の前に、小頭の松影伴内と先輩忍者の金剛が現れた。
「やっと、今朝、完成したばかりの新刀だ……その名も霊刀『比翼剣』!!」




