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妖霊退治忍!くノ一妖斬帖  作者: 辻風一
第一話 参上!くノ一三人娘
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天摩忍群くノ一衆

 鳳空院の本堂に秋芳尼しゅうほうにたちは集まった。

 本堂には巨大な異形の仏像が安置されている。

 三つの顔を持ち、八本の腕が生えた女神である。


 三顔の正面と右面は三眼の菩薩相であり、左面は金猪であり、背中に火焔光背がみえる。

 結跏趺坐けっかふざして座り、両手を合掌して、他のそれぞれの六本の腕には宝剣・天扇・弓矢・金剛鈴・金剛杵・針と糸・無憂樹などを持って四方をむいていた。


 これは摩利支天まりしてん像だ――元は古代印度の婆羅門ばらもんの神で、仏教に取りいれられ、仏教の守護神である天部となった。

 現在の日本では大黒天や弁財天とならんで蓄財福徳の神様として人気があるが、中世以降に武士のあいだでも武神として摩利支天信仰がはやった。


 楠木正成、毛利元就、立花道雪、山本勘助、前田利家などが信仰してしたという。

 摩利支天は陽炎を神格化した神で、神通力をもち、穏形の能力があることから忍術の神として忍びの者たちにも信仰されていた。


 尼僧の前に片膝ついて紅羽くれは竜胆りんどう黄蝶きちょうがひかえている。

 その後ろに松影伴内まつかげばんない金剛こんごうがひかえる。

 尼僧以外は全員、紫紺の忍び装束に着替えている。


 彼女たちは天摩忍群てんまにんぐんの下忍で、くノ一組だ。

 松影伴内が中忍の小頭、金剛は紅羽たちと同じ下忍だ。

 秋芳尼は忍者ではないが、上忍である。


「そうですか……竜胆と黄蝶まで妖怪に襲われたのですね……」


「はい……不覚にも邪気を少し浴びてしまいましたが、秋芳尼さまのお陰で助かりました……」


 竜胆は黄蝶に支えられ、鳳空院にたどりつき、住持に治療術をほどこされたのだ。


「よいのです……竜胆が元気になれば」


「しかし、ただでは転びませぬ……妖怪の髪の毛を手に入れました」


 竜胆は油紙につつんだ妖怪の遺留品を前にさしだす。


「そうですか……私たちも襲われた患者たちから、妖怪の体毛を手に入れましたが、これだけたくさんあれば、あの術式がつかえます……」




 天摩忍群は豊後国ぶんごのくに(今の大分県)のとある小藩につかえていたが、秋芳尼がある事情で江戸の谷中で尼寺の住持となることになり、その護衛のために松影伴内は藩の忍び組を引退し、紅羽ら一部の下忍を従えて江戸へ来たのだ。


 ほかにも、いまは買い物で門前町にでて留守であるが、伴内の妻・浅茅あさじがいる。 

 他にも七人の下忍がいるが、七人の忍びは密命をおびて各地に散るか、妖怪退治の修行旅に出ていた。


 元藩主からは陰扶持かげぶちを与えられているが、藩自体も財政が逼迫ひっぱくしているので、ほんの心ばかりのものだ。

 なので、鳳空院の天摩忍群たちは畑を耕し、ニワトリを買い、山菜を採り、魚を釣り、自給自足をしている。


 茶屋の松葉屋はさびれた場所にあるのでたいした収入は見込めない。

 人目をさけた尼寺ゆえ、宣伝などせず、護衛のためのアジトでしかない。

 そこで、鳳空院では悪霊や妖怪退治の副業……妖霊退治人ようれいたいじにんを稼業としていた。


 松影伴内としては忍び働きの副業として、大名や大商人から諜報活動や護衛、あるいは刺客の仕事をしたほうが実入りがよいと思っている。

 が、主人である秋芳尼は威張っている武家や商家、僧侶が大嫌いなのでその仕事を請け負わない。


 彼らは神気術忍法のほかに霊能力を持っているとから、庶民を苦しめる悪霊や妖怪変化を退治して日銭をかせいでいるのだ。

 むろん、庶民ゆえ報酬はわずかなものだ。

 これが鳳空院を万年貧乏としている由縁である。


 松影伴内と金剛が本所深川の妖怪が出た周辺地域を聞き込みして、結果を秋芳尼に報告した。


「秋芳尼さま、おるいのほかにも昨夜は妖怪にさらわれた娘が四人もいるようですじゃい……のう、金剛」


「はい……行方不明者の家族たちが番所に届け出をだしておりました……」


「なんですって……」


 町奉行所も重い腰をあげて捜索をはじめた。

 寺社奉行所じしゃぶぎょうしょも江戸の妖霊退治人に人さらい妖怪退治の懸賞金をだすことになった。

 寺社奉行所は全国のお寺や神社を管理するほかに、山伏や陰陽師、妖霊退治人も管理していた。


「これで鳳空院の財政もすこし上向くというもので……」


「これこれ、伴内さん……吉兵衛さんは今まで貯めたお金で依頼してきたのです……金銭の多い少ないは問題ではありませぬ!」


「ありゃっ……これは失礼いたしました、秋芳尼さま……」


 懸賞金がでると張り切る小頭の松影伴内を、上忍の秋芳尼が「メッ!」とたしなめ、伴内はすごすご引き下がる。

 鳳空院が貧乏寺たる由縁である。


「伴内さん、金剛さん、浄玻璃鏡じょうはりきょうを……」


御意ぎょいっ!」


 伴内と金剛が大きな鏡を摩利支天像の前に運んできた。直径二メートルもある銅版に鏡がはられた神秘の法具だ。

 美麗なる比丘尼は妖怪の髪の毛の束に触れ、念入りにさわり、なにかを読み取っているようだ。

 天摩忍群一同が固唾を飲んでみまもる。


 やがて鳳空院住持は大鏡に両手をかざし、摩利支天の陀羅尼だらにの経文をとなえはじめた。


「ナモアラタンナ タラヤヤ タニヤタ アキャマシ マキャマシ アトマシ……」


 秋芳尼の両掌があわく翡翠色に発光し、それに反応するように本堂の天井格子をうつした鏡面の映像がゆらぎだした。

 やがて、中央に波紋が幾重にも広がる。


「天摩流法術・浄天眼じょうてんがん!」


 鏡面に全く別の映像がうつった。

 それは枯れた葦が広がる原っぱで、近くに切り立った崖があり、岩に隠れ洞窟の入り口が見える。

 これは妖怪が見ていた映像。

 洞窟のなかには岩牢があり、さらわれた娘たちがいた。


 しおれて倒れているが、その頭髪は島田髷しまだまげをほどかれ、童女のように肩までの長さに切られていた。


 なんと、芳尼は触れた物体の残留思念を読み取り、それを映像化することができるサイコメトリー能力をもっていた。

 つまり残留思念の持ち主の現在位置をおしはかる透視・千里眼能力である。

 天摩忍群は摩利支天を信仰することで霊能力や神秘の忍法をつかうことができる。

 天摩の名も摩利支天にあやかったものだ。


「まあ……髪は女の命なのに……誘拐したうえに勝手に髪を切りとるとは酷いことを……」


 秋芳尼も自慢の長い髪を尼削あまそぎして短くしたので、憤然とした様子だ。


「かわいそうに……あたしたちが助けねばっ!」


「そうだね、紅羽ちゃん」


「今度こそ三枚におろしてやるのじゃ!!」


「紅羽、竜胆、黄蝶! 今回はお前たち三人で退治するんじゃい!!」


 三女忍は勢いよく「ははっ!!!」と返事をし、決意を新たにした。


「その意気じゃい! ほかの妖怪退治人が解決する前にたおすのじゃぞ!!」


 


 鏡の映像を分析し、金剛が腕をこまぬきき、


「この山の位置……土手の位置などから隅田川上流のかねぶちが妖怪のすみかのようですな……」


「さすが、金剛さんは江戸の地理にくわしいですね」


「……いや、それほどでも」


 金剛が頭をかき、尼法師は三女忍を見やり、


「では、あらためて……天摩忍群くノ一衆、出動です!」


「「「御意ッ!」」」


 秋芳尼の掛け声で紅羽、竜胆、黄蝶が本堂から影を残して消え去った。


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