山桜桃の花
境内にある山桜桃に白い花が咲き乱れ、良い香気が薫る尼寺の一角。
赤目の辻斬り事件が解決し、翌日の鳳空院の庫裡の一室で、布団にうつ伏せになった竜胆は上半身を脱いで、秋芳尼に刀創の治療を受けていた。
尼僧は般若心経の言霊を唱えつつ、両掌から神秘の緑色の光を放ち、竜胆の自己治癒力を高めた。
赤い筋と針と糸が残るが、かなりの速さで回復しつつある。
「おお……秋芳尼さまのお力で、刀創がだいぶなおったようです。もう、薙刀もふるえそうです」
「ダメですよ、竜胆……もう、傷口が塞がりましたが、しばらく安静にしなくてはいけませんよ。完全に治るまで、わたくしがついております」
「ありがとうございます……秋芳尼さま……でも、私は上半身がこのような姿で恥ずかしいのです……」
竜胆が羞恥に赤面してモジモジと身じろぎする。
「まあ、そうでしたか……それでは、竜胆の恥ずかしさを軽くするため、わたくしも脱ぎましょう……」
秋芳尼が墨染めの法衣をシュルシュルと脱ぎ始めた。竜胆がますます顔を上気させて見上げた。
「ええっ!! 良いのです、秋芳尼さま……そんな事をしなくても……」
「ほほほほほ……女同士ではありませんか……恥ずかしくありませんよ……」
「秋芳尼さまぁぁぁ~~~~!!」
そこへ、渡り廊下をトントンと歩く足音がして、紅羽と黄蝶が障子を開けた。
「竜胆、浅茅さんに薬湯と御粥を作ってもらったぞぉ!」
「兵粮丸と血渇丸も作ってもらったのですぅ!!」
室内で半裸状態でいる竜胆と秋芳尼を目の当たりにして、紅羽が赤面した。急いで黄蝶の背後から両目を覆う。
「ちょっ……なんで目隠しをするのですか!」
「黄蝶にはまだ早い……やっぱり、竜胆と秋芳尼さまがこのような関係だったとは……あたし達は隣で控えているので、ごゆっくり……」
「待て待て待て待て待て! 紅羽、お主はまた、勘違いをしておる!! オッチョコチョイにも、ほどがあるだろう!!!」
竜胆が弁明し、貧血のせいで眩暈がした。
「あらあら、まあまあ……昨日と同じですね、ほほほほほ……」
朗らかな笑いが鳳空院に響き、山桜桃に鶯がとまって鳴きだした。
ともかく、誤解がわかり、秋芳尼の治療が終わり、薬湯を呑み終わった竜胆はまたうつ伏せで休む。
秋芳尼と黄蝶は空の器をもって台所に去った。残された竜胆に紅羽が話しかける。
「なんだ……また、あたしの勘違いか……てっきり……」
「てっきりとはなんじゃ、私と秋芳尼様はお主の考えるような仲ではないわぁぁ!!」
「そう、怒るなよ……でも、竜胆とは豊後の隠れ里でもこんな感じだったなあ……」
「そうじゃなあ……紅羽が悪戯をして、私と黄蝶が巻きこまれて叱られるという思い出が多かったのう……」
「うっ……しょうもねえ事、思いだすけん……もっと、いい思い出があるやろ!」
「いいや、われ(あんた)はしょうもねえ事ばかり、ゆっちょった(言っていた)って……」
「やけん(だから)、もう勘弁しちくり……悪気はないやん」
「それは、わかっちょん……けどな……」
「って、竜胆のお国訛りは、江戸で初めて聞いたよっ!!」
「なああああっ…………お主の訛りがうつっただけじゃ!!」
竜胆が赤面して掻巻(江戸時代の掛布団の代わり)を引っかぶった。
しかし、笑いがもれ、紅羽も笑い出した。
一方、鳳空院階段下にある茶屋の「松葉屋」では、小頭の松影伴内と金剛が煎茶をのみながら今回の事件を話あっていた。
「秋芳尼さまが、四ツ木村に今回の退治の報奨金で赤沼神社を再建しようと言い出したときは参ったわい……」
「さすがに懸賞金だけでは足りませぬからなあ……祠で納得していただけて重畳ですな」
「しかし、紅羽のやつ……ふだんはオッチョコチョイだが、ついに、忍法『紅蓮弾』をつかえるようになるとはなあ……」
「まったく、江戸に来てからの急成長ぶりが頼もしいですな……」
「そういえば、紅羽は太刀を折ってしまったな……」
「はい、今、新しい太刀を作るべく準備中です。腕をあげた紅羽に相応しい武器となるでしょう……」
「うむ、頼むぞ……」
さて、紅羽にも新しい太刀が作られるようで……
天摩忍群くノ一衆の妖怪退治人たちは、次はまたどんな事件に巡り合うのか……それはまた、次回の講釈で……