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妖霊退治忍!くノ一妖斬帖  作者: 辻風一
第五話 斬風!血を吸う妖刀
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天摩流・紅蓮弾

 やはり、液体金属ともいうべき血甲冑も、構造上、脇の下の強度は弱かったのだ。

 円月輪が三分の一も斬り裂いて、黄蝶が鎖を引いて手元に戻す。


 赤沼血汐丸が右手だけで大太刀を持ち――もっとも、十尺の巨人武者ゆえ、普通の刀に見えるが――黄蝶を斬りおろさんと振りあげる。

 が、紅羽が大太刀を受け止めて食い止めた。

 しかし、相手の力が上で、紅羽愛用の太刀が半ばで折れてしまった。


「あっ、刀が……」


 再び大太刀の斬撃が迫り、紅羽と黄蝶は背後に大きく跳躍して飛び退く。

 その隙に右側面に潜んでいた半九郎が、刀を巨人武者の腰から下を守る草摺くさずり佩楯はいだてと足を守る脛当すねあての間にあるはかま部分、つまり内腿に霊刀を斬りつけた。

 これが成功し、巨人武者の自重が崩れ、右に大きく傾いた。


「おのれ、チョコマカと……」


「太刀が折れても、あたしの心は折れない!!」


 その間に枯れ木の向こうに潜んでいた紅羽が目を閉じ、脳内心象イメージの世界で体内をのどかな田園と山岳が広がる風景画として思い描いた。


 心象世界の尾骶骨びていこつで、水車を踏む二人の童子を思い浮かべた。


 〈神気〉が水流となって小川を通り、おへその下にある田園つまり。下丹田に送られる。下丹田いわば、燃える炉である。

 練り上げられ、下丹田に蓄積された〈神気〉は、下丹田から中丹田(心臓)、上丹田(脳)の泥丸宮へ送られ、小川つまり、十二本の神気の通路〈径脈〉から、全身に〈神気〉がみなぎっていった。

 上に昇るほど、心象世界が田園から山岳へと移り変わる。

 そして、赤い陽炎のごとき神気が折れた太刀に集まり、青眼に構え、魔人武者に狙いをつけた。


 それに気がついた巨人武者が大太刀を上段に構えて、紅羽に向って、斬り捨てんと走り寄る。


「竜胆……あたしと同じ天摩忍群の里で生まれ、ともに忍術を学び、ともに江戸へ来て、秋芳尼さまを守るための影護かげもりりの忍びの任についた、大切な仲間……

 彼女を傷つけた雷音寺、そして彼を操った血汐丸をあたしは金輪際ゆるせない……

 でも、黄蝶の言う通り、復讐の鬼と化して、仇討の大義名分のもと、修羅道に堕ちてしまっては、雷音寺や獅子丸と同じ悪鬼と化してしまう……」


 巨人武者・血汐丸の大太刀が紅羽の頭上に向って振りおろされた。


「だから、あたしは貴方の罪を赦す……そして、救いの一撃を送る……」


 紅羽の折れた刀身が神秘的な赤い光明に包まれ、閃光のように輝いた。

 折れた刀先に〈神気〉が集まり、紅い花……蓮の花、すなわち蓮華れんげへと形成されていった。

「蓮は泥より出でて泥に染まらず」という言葉があるように、蓮の花は純潔、清らかさ、聖性の象徴とされる。

 仏教では知恵と慈悲の象徴とされている。

 蓮の花がグルリグルリと回転し、猛火の炎の花へと変化していった。

 火焔の花となった紅蓮は螺旋状に回転し、凝縮された聖なる〈神気〉の弾丸と化し、大鎧武者妖怪の中心点に高速で撃ちだされた。


「天摩忍法・紅蓮弾ぐれんだん!!!」


 赤沼血汐丸の胴丸どうまるの中心に小さな紅蓮の花が衝突し、大きく凹んだ。

 思わず腰をくの字に曲げて苦鳴をあげる巨人武者。しかし、貫通していない。


「莫迦め……そんなもの、三百年を生きた怨霊である余に通じるわけが……」


 しかし、胴丸の凹みにある紅蓮の気弾は回転をやめていなかった。

 ますます回転数をあげ、白煙をあげて『鉄血鎧』に潜りこんでいく。


「……なんだ、これは……ぐああああああっ!!」


 赤沼血汐丸の甲冑を貫通した火焔つつじは、妖怪武者内部から炎気が大きく渦巻き、内部から爆発的に燃え上がり、たちまち、妖怪武者を黒焦げにしていく。

 まるで対戦車榴弾による爆轟波ばくごうはである。


〈神気〉は人間の精神にひじょうに左右される。

 悪しき心で練り上げた〈神気〉は邪気や妖気と化す危険性もあるのだ。

 紅羽が竜胆への仇討ちのため、復讐心に懲り固まった気弾を放てば、怨念の集合体である赤沼血汐丸は逆に負のエネルギーとして力を得たであろう。


 が、紅羽の罪を『赦す』という高邁こうまいな精神が生んだ気弾は、聖なるエネルギーとなって怨霊血汐丸を浄化していった。


「熱い……熱い……体が燃える……焼き尽くされる…………いや、この温かいものは……いったい、なんなんだぁぁぁぁぁ!!」


 三百年を生きた怨霊は聖なる炎に包まれて、全身が灰塵と化した。

 怨みで生きてきた悪霊は、浄化されて、この世から消えていった……


「凄い技なのです、紅羽ちゃん!!」


 呆然自失する紅羽に黄蝶が飛びついた。

 すべての神気を解き放った紅羽が呆けたように膝をついた。 


「やった……やったよ……竜胆…………」


 そのまま紅羽は気を失った。

 黄蝶が「しっかりして」と揺さぶる。それを見て半九郎は、


「これが練丹法の奥義か……敵わないな……」


 と、少し寂しげに微笑んだ。安心すると、左腕の痛みを思いだし、医者にいかねばと心底思う。




 この様子を物陰から覗く人影があった。翼手で逃走した雷音寺を追ってきた寺田五郎左衛門宗有と鷹阿弥、天鬼である。


「寺田様、あの娘はひょっとして……寺田様と同じく……」


「ああ……まさしくあれは、神気遣い……」


「殿への報告はどのようにすれば……」


「なに、見たままを伝えればいい……赤目の辻斬りは寺社奉行所と妖怪退治人が先に斃したとな……」


「妖怪……そんなものが本当にいたとは……」


(おそらく、あの妖怪退治屋の娘は天摩忍群の忍び……松影伴内の弟子かもしれん……)


 天鬼と鷹阿弥が顔を見合わせた。寺田はキッと三者を見つめ、闇夜に消えた。



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